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魔王の姉、はじめました。 ──〈魔王がポンコツだから私がやる。〉Re:Novel Edition  作者: さくらんぼん
第02章:【カエデ】ど天然ポンコツ勇者カエデが来たよ。
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#楓001:異世界に舞い降りたスリッパ勇者

 ──ある朝。


 ギィィ……


 ドアノブを回す音。

 いつもの朝、いつもの動作。


 私──カエデは、あわただしく玄関のドアを開けた。


「やばっ、遅刻する! テレビ消して……上着羽織って……」


 その瞬間。


 シュパッ!!!!!


 足元が光った。


「え!?」


 魔法陣。

 青白い光が床から這い上がり、私の体を包み込む。


 視界が回る。

 体が浮く。

 そして──

 

「ちょ、待って!? なにこれ!?」


 ゴチン☆


 突然知らない床に頭をぶつけた。


「いったぁああああ!?」


◇◇◇


 ──魔王の住むタマイサの常闇のダンジョンより、はるか遠く西の地。

 たこ焼きと笑いが支配する、陽気な国──オサカ。



「勇者様や!!」

「出たで! 伝説の勇者様や!!」


 耳に飛び込んできたのは、聞き慣れない言葉と、ソースの匂い。


「召喚陣、反応してるわ!」

「せやけど……あの子、よう見てみぃ!」

「なんやあの装備……!? 右手になんか『黒い棒』持っとるで!?」

「左手には『三角形の刃』や!」

「足元は……布製……!?」

「音を殺す“暗殺用の戦靴”や!!」

「間違いない、フル装備や!!」


「……いや、スリッパやで?」

「黙れ!! 伝承を汚すな!!」


 私は魔法陣の中心で、呆然と立ち尽くしていた。


「え? えええ?……これって!?」


 周りを見渡す。

 ローブを着た魔法使いたち(みんな白と黒のシマシマ柄)。

 石造りの部屋。

 床に描かれた発光する魔法陣。


 自分の格好を見る。


 足元には、愛用のピンクのスリッパ(うさぎの刺繍入り)。

 右手には、テレビのリモコン。

 左手には、なぜかクリーニング屋の黒いハンガー。


「……え? なんで?」


 記憶を巻き戻す。


 そうだ、テレビを消そうとしてリモコンを握りしめ、

 上着を取ろうとしてハンガーごと引っこ抜いて、

 そのままドアを開けたんだ。


「……あ、またリモコンとハンガーとスリッパで出社しかけたのか……」


 私は頭を抱えて叫んだ。


「……ってここどこ!?

 ……もしかして? 異世界転移ッ?……マジッ!?」


◇◇◇


 ──それから数時間後。


 私は城の一室で、窓の外を眺めていた。


 ここはオサカという国らしい。

 たこ焼きの匂いがして、人は陽気で……


 うん、今のところ異世界感が薄い。

 ただの道頓堀かもしれない。


 でも、モンスターが活性化して魔王が復活したとかで、みんな焦っているらしい。

 ……でも本当のところは、誰にもわからない。


 元の世界に帰るには魔王を倒さなければならないらしい。


「はぁ……本当に私なんかに魔王を倒せるのかな……」


 思わず漏れたため息と一緒に、窓ガラスに額を押し付けた。


 冷たい……でもこの感触が、現実味を取り戻させてくれる。


 じわっと、窓ガラスに白い息がかかり、曇っていく。


「帰りたいな……お父さん、お母さん、みんなに会いたい…」


 左手に持ったままのハンガーが、カチャリと窓枠に当たった。

 右手のリモコンを強く握りしめる。


 目に涙が浮かんできた。

 視界が滲む。外の景色がぼやける。


(なんで、私なの……?)


 頬を伝う涙が落ちそうになった、その時だった。


『……おい。泣くなや』


 窓ガラスの曇った部分から、湿っぽい声がした。


「えっ?」


 私は涙をこらえて、窓を凝視した。


 すると、私の吐息で曇ったガラスの表面に、

 水滴でできた小さな顔が浮かび上がっていた。

 半透明で、常にジメジメしていて、なんか涙目だ。


「誰……?」

 私は右手のリモコン、左手のハンガーを構えていた。


『ワイか? ワイは窓の結露の精霊、ケツロウや』


「け、結露の精霊……?」


『せや。結露や。湯気の野郎とはちゃうで!?』


「湯気にも精霊が!?」


 ケツロウと名乗る水滴の顔は、

 ガラス面をツーッと滑り落ちそうになりながら必死に留まっていた。


「え? 精霊ってもっとこう……火とか水とか……結露?湯気?」

 私は戸惑いを隠せなかった。


『アホか! 結露も立派な水属性や!』


 ケツロウさんは窓ガラスの上でプルプルと震えながら反論した。


『お前な、水属性いうても色々あるんやぞ?

 「清流」とか「湧き水」みたいなエリートもおれば、

 「泥水」とか「下水」みたいな汚れ仕事もおる。


 ワイら「結露」はその中でも……こう……「隙間産業」的なポジションなんや!』


「隙間産業……」


『ワイかてな……本当は……』


 ケツロウの声が急に湿っぽくなった。


『本当は……冷たくて美味しい「クリスタルガイザーの精霊」とか「エビアンの精霊」とかになりたかったわ……!

 泣いてへん!!これは結露や!!』


「そうですか……」


『んでな?カエデちゃん、頼みがあるんやけど──』


「え。嫌です」

 私はため息をつき、近くにあった布で窓をサッと拭いた。


『言い終わらせろやァァァ!?』

 ケツロウさんは布に吸い込まれて消滅した。


「……はぁ。異世界の精霊って、なんか世知辛いなぁ」


 私は拭いた窓の外を見上げた。


 涙はまだ頬に残ってるけど、なんだか少しだけ笑えた。

 ケツロウのおかげで、少しだけ寂しさが紛れた気がする。


 ……さようなら、ケツロウさん。


 ──そして、こんなとき、ふと頭の中に浮かぶのは、いつだってあの子だった。


(……サクラだったら、どうするかな)


 私の親友は、いつも強かった。

 いや──本当は強いんじゃなくて、弱さを吹き飛ばす勢いがあっただけかもしれない。


《迷った時はね、私ならどうするか考えなさい。ロクな案は出ないけど、元気だけは出る》


 いつもの呆れた笑顔で、私に言ってた。


「……ぷふっ」


 思わず声が漏れた。

 涙が頬を伝ったけど、今度は不思議と苦しくなかった。


「ほんとサクラって、いつも無茶苦茶だったよね……」


 あの日、「明日早い」の一言で誘いを断った自分を、ハンガーで叩きたくなる。


(会いたいなぁ……サクラもこの世界に来てたりして…)


「まさかね……でもサクラなら……きっと魔王になってるわね……あはは」


 そう呟いて、私は脱いだスリッパを足元に置き、両手に持った「武器」を見つめた。


 ……いや、置いたのは一瞬だ。

 床が冷たくて、すぐ履き直した。

 暗殺用の戦靴、冷えには弱い。


 右手にはリモコン。

 左手にはハンガー。


「私、カエデ。普通の女の子……

 私も、少しだけ無茶苦茶になってみようかな」


 サクラならきっと、泣き言を言う暇があったら敵をぶん殴ってる。


 私は鏡の前でポーズを取った。


 シュッ!


 左手のハンガーを振ってみる。風を切る音がした。


「……これ、普通に強そう」


 ピピッ!


 リモコンの「電源」ボタンを押してみる。


「……魔王のスイッチ、これで切れないかな」


 切れるわけない。でも、なんとなく強気になれた。


「あれ!?すごいことに気がついた!

 スリッパって武器になるよね!?

 足も守れて武器にもなるって凄くない!?」


 スリッパを振ってみる。


 シュッ!!


「あ、これ……強いわ……」


 胸の奥から、確かに勇気が湧いてきた。


 私は三種の神器 (スリッパ・ハンガー・リモコン)を抱きしめたままベッドに倒れ込んだ。


「あ……お腹すいたな……」


 ぽよん☆


 胸が揺れた。

 リモコンの角が脇腹に刺さってちょっと痛かった。


 異世界に舞い降りた女勇者、装備は生活用品フルセット。

 本人は、運命が近づいてることにすら気づいていない。


◇◇◇


 ──その夜。


 遥かな深淵より、さざ波のような声が這い出す。


「……これで、二つめ。鍵は揃いゆく。

 ならば、我らも──抗うとしよう。“闇の底”よりな」


 誰も、まだ知らなかった。


 このあと、この勇者が石ころと会話する奇行に走ることを。

 そしてこの天然勇者の特殊能力が『とんでもなくヤバい』ということを。

 


(つづく)



◇◇◇


──【今週のサクラ語録:カエデの心の支え】──


『迷った時はね、私ならどうするか考えなさい。ロクな案は出ないけど、元気だけは出る。』


解説:

カエデがいつも頼りにしてきた親友サクラの破天荒な名言。

思い出すのは部署異動、警察沙汰、飲み会の修羅場と事件ばかり。

いつだって真っ直ぐだった。

状況は悪化しても、不思議と元気が出る──それがカエデの心の支えだった。

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