#桜004:ツノは生えて胸は出ない。これ、世界征服より深刻な問題だから。
「なんか……どっと疲れた……」
私は石の上に座り込んで、肩を落としていた。
さっきのベヒーモスの衝撃が、
まだ胸の奥でドクンドクン暴れている。
緊張が、ゆっくり溶けていくのがわかった。
「お、お姉ちゃん……大丈夫?」
エストが、ちょこんと隣に座る。
髪の焦げた匂いがほんのり残っている。
頭に手を伸ばす。
アフロは……まあ、どうにか鎮火済み。
その時──指先にひっかかる“異物感”。
根元が妙に硬い。髪じゃない。皮膚でもない。
(……ん?)
つまむ。
カチッ。
(んん??)
オデコの反対側も触る。
カチッ。
指先が“角のライン”をなぞる。
ぐいん、と丸みと硬さが指に伝わった。
「………………」
固まる私。
次の瞬間。
「ツノォォォォォ!!??」
「あ!気づいた?」
エストがにっこりと笑った。
「“気づいた?”じゃねえよ!!」
「うん! ツノだよ! かわいいでしょ?」
「かわいくねぇよ!? なんで生えてんだよ!? 鬼なの!? 私、鬼なの!? なんで人間辞めてんの!?」
胸の奥で、じわっと何かが沸騰する。
「あれ?……ツノが、すっごい赤くなってるよ?」
「赤ッ!? なんでぇぇぇぇ!!!」
エストが指差す方向へ視線を向けると、壁の装飾に使われた金属板がかすかに光を反射していた。
そこに──真っ赤に発光したツノの影が、揺れて映っていた。
「……ホントだ!! 赤ッ!? わぁあああああ!?」
「怒ってるからかな?」
「なるほどねぇぇぇッ!!!」
ツノがさらにギラァァァァッと赤みを増す。
「色でバレバレ! お姉ちゃん怒ってるの丸わかり!」
「え、待って……私の感情、ツノに出るの?これからプライバシーどうやって守ってけばいいの!?」
「あ!ピンクになったよ?」
「はい! 恥ずかしいからねぇえええ!?」
ズンズンと足音を鳴らしながら歩き回ると、床が穴あくレベルでヒビが入った。
「あと、さっきのベヒーモスの時もだけど、筋力おかしくない!?」
私は床のヒビを見てからエストに視線をうつす。
「あ、うん!肉体、私の魔力で作ったから! 強めにしたよ?」
誇らしそうなエスト。
「その“強め”って何!?」
ツノがピンクから赤に変わり──次の瞬間、虹色になった。
「あ! ツノが虹色だよ!? なるほど! 混乱すると虹なんだ!」
手をポンと叩くエスト。
「虹ッ!? 七色!? 面白生物爆誕!!
って誰のせいだと思ってんだ魔王ォォォ!!」
(二回目の人生、早くもハズレ確定なのォォォ!?)
それから私は胸元を見た。……ぺたん。
「ん……?」
(……まさか……)
ゆっくり、ほんの少し期待しながら手を添える。
(……頼む……せめて……B……いやA+でも……)
すぅ……っと深呼吸をする。
──そして。
「なんでぇ!? ツノは出たのに、胸が出てない!?」
『うるさい!それは“進化”じゃなく“淘汰”だ。』
また来たよ無機質やろうが。
私はコイツを天の声と呼ぶことにした。
「ふざけんなよ! 消費者庁! 国民生活センターさぁぁん!?」
「お姉ちゃんの胸は……魂の形が……無胸……で、もともと『ぺったん!』って堂々と名乗ってたみたいだし?」
目を逸らしながらエスト。
「堂々とぺったん言ったことないよ!!」
(……。)
──その瞬間、頭の奥でブチッと何かが切れた。
私の周りの空気が、ぎゅっと冷たくなる。
視線の先、壁際に立てかけられた鏡に、ツノの生えた自分が映っていた。
(この魔王が、身体を作った!?)
ガンッ!! パリーン!!
鏡を叩き割って──私はガラスの破片を蹴飛ばしながらエストを睨みつける。
「お、お姉ちゃん……ツノが真っ赤だよ……?」
「召喚時に身体を作ったって……言ったよね?」
「う、うんっ! お姉ちゃんの魂が死にそうだったから!
魔力で肉体を強くしたの……大変だったけど頑張ったの!
そしたらツノが出ちゃった!」
エストは胸を張ってから、ぺろっと舌を出した。
空気は読めないらしい。
「へ、へぇ?……死にそうに?」
「で、でも! かっこいいよ!? 鬼だし! 強そうだし!」
「ツノの話じゃない!!」
「……ん”? ん”ん”……?」
大きく首を傾げるエスト。
「……ふーッ……落ち着け、私……いや落ち着けるかぁああ!!」
沈黙。
「死にそうな私の“胸”にさ!?
わーい☆ 魔力☆ 注入☆──どーん☆が正解でしょ?」
「なんで!? それに私、そんなにアホっぽく喋らないよ!?!」
(言うよ、君なら言うよ)
「人魚とかラミアとかアラクネとかでも良かったんだよ!?」
「その種族、下半身が魚、蛇、蜘蛛だけど……それでいいの!?」
「べ、別に……良いし……それが私の制約と誓約だもん……」
ツノが、じわっと青くなる。
「お姉ちゃんのツノ……困ると青?」
エストが顔を覗き込んで、さらに追撃してくる。
「お姉ちゃんがさ?五メートルの巨体でも!?」
「ご、ごめーとる……カレピ……無理ぃ……い、いや……でございます……」
小声で敬語に。ツノは青いまま震えている。
沈黙。
──そして。
「はい論破! 結局見た目!
お姉ちゃんも、私くらい可愛ければ文句なかったでしょ?」
エストの口元が、にんまりと持ち上がった。
(ぐぬぬぬ……この小娘がぁあ!?)
私のツノが小刻みに震えだす。
「私が納得してねぇんだから論破じゃねぇだろ!!」
その瞬間、ツノがどす黒く染まった。
「逆ギレ!? お姉ちゃん、ツノの色ヤバい! 避難!」
「逃げるな。正座しろ魔王。今の私に正論は通用しない。」
「わ! 私は! この世界で生きていけるようにしようとしたのぉ!」
「はぁ!? 胸さえあればどこでも生きていけるから!
なんなら文明だって築ける!! クレオパトラ知らないの!?」
ツノから、ぷしゅう、と湯気が上がる。
『クレオパトラにそんな逸話は無い』
「またお前か!! だまりゃ!!」
「お姉ちゃん、なに言ってんの!?」
「あああ!! 転生してもAカップなのかよーッ!!」
膝から崩れ落ちる。
「Aカップ……?」
エストが首をかしげた。
「え? お姉ちゃんの魂に書いてあった『A』って胸のことなの?」
「……魂に書いてあるの……? 何だと……思ってたの?」
声が震える。
「筋力の……A?」
「筋力? 私、女子よ……? 違う。A──カップのA、だよ……」
へたり込んだまま力なく告げる。
「お姉ちゃん、本当に悩んでたんだ……小さいの嫌なの?」
「嫌だよ!!」
思わず、嗚咽まじりに叫んでいた。
「ご、ごめん! 筋力だと思って……
胸だったら……もっと大きくできたのに……」
(は!?)
思考が停止した。言葉が出ない。
「で、できたの……?」
震え声が出る。
「できたよ?」
エストは小首をかしげて、当たり前みたいに言った。
「できたのかよぉお!!」
ちゅどーん!!
ツノが大爆発した。
爆風。天井。悲鳴。あと何か知らんが光る。
「!?!?!? ツノォォォ!! 自爆機能搭載!?」
「爆発したぁああああああ!?」
もくもく……
煙が晴れるのを、しばし待つ。
「……」「……」
煙の匂いだけが残った。
沈黙の中、頭の奥にムダ様のお言葉が響いた。
『理不尽が来た?
喜べ。殴る理由が増えただけだ。』
私は静かに目を閉じてムダ様のセリフを噛み締める。
「オーケー、ムダ様……楽しむよ……」
そして──ゆっくりと目を開ける。
目を開けると同時に、私はもう拳を握っていた。
「……?」
きょとんとするエスト。
「魔王ちゃん、セーブした? どこにリスポーンするのかな?」
にこ、と笑いかける。
「笑顔が怖いぃぃ!!」
エストが壁際まで後ずさる。
「ほら、エストちゃん。そんな遠く行かなくていいよ? おいで?」
ゆっくり一歩、間合いを詰める。
「ひぃい……い、一緒に世界征服してくれたらさ!」
「なぁにぃ? エストちゃぁ〜ん?」
じり、とさらに近づくと、エストが悲鳴交じりに叫んだ。
「き! ききき巨乳にできるかもぉおお!?!」
(きょ!?!?)
「た! たたた! たぶん……だからお願い、殴らな──」
言い終える前に、私はその手を掴み──
「はじめましょう。魔王エスト様。世界征服を。」
「ひぃぃぃぃ──」
チュッ、と軽い音が響いた。
私はエストの手の甲に誓いのキスを落としていた。
「──ん……お姉ちゃん……? せ、世界征服……はじめる……?」
「はい。やりましょう。」
シュイイィィン!!
その瞬間、燃えかすだったツノが高速で再生し、光り輝いた。
こうして私は、食い気味に心からの忠誠を誓ったのである。
──忠誠は速さ。契約は勢い。反省はだいたい後日。
「……」
にこぉ、と笑う。だが、目は全く笑っていない。
「あははははは……どうしよう……」
プレッシャーに耐えられなくなったエストが笑い出した。
「ふはは……じゃない! はははッ! 巨乳があるなら世界なんか余裕だろぉがァァァーー!!」
気づいたら笑ってた。止まらなかった。
バカ二人の笑い声が、石造りのダンジョンに響き渡る。
*
笑い終わったあと、ふいに静寂が戻る。
ダンジョンの冷たい空気と、ほんのり残る余韻だけが漂っていた。
エスト──小さくて、頼りなくて、でも──必死。
──この子は、私だった。
本当は、巨乳になれるなんて最初から本気では思ってない。
嘘。ちょっとだけ期待はしてるかも。
「家族」って言葉が、やけに嬉しい。腹立つくらい。
何千回も「クソだ!」と叫んだはずなのに。
……ずるいよ、ほんと。
ま、そんなの絶対言わんけどね。
また恥ずか死するわ。
(……やば。ちょっと泣く)
(泣いてない。まだ。たぶん。)
──そのとき。
「お姉ちゃんツノいそがし! 何パターンあるの!? あははは!」
──笑われてるのに、胸の奥がほんの少しあったかい。
……こっちは結構必死なんだけど。
「……はは、好きに笑え」
「……ねぇ、お姉ちゃん」
「ん?」
「私ね……父様を探してるの」
「……父様?」
「だから世界征服するの。てっぺんまで行けば、きっと見つかるから」
「……そっか。なら、やるしかないね」
「うん!」
(世界征服? まぁ、やれるとこまで付き合ってみるか)
「……まったく。魔王がポンコツだから、私がやるしかないじゃん」
*
「家族」という言葉で、幼馴染のカエデとツバキを思い出す。
(……アイツら、どうしてるかな)
(……いや)
私はエストを見つめた。
……今はそれで、十分だと思った。
──そして、この世界のどこかで。
あの二人も雑に転がり始めていた。
……誰って?私が“恥ずか死した夜のムダ様祝勝会”を断った、アレな二人よ。
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『理不尽が来た?
喜べ。殴る理由が増えただけだ。』
解説:
ムダ様にとって理不尽とは、
苦しむ理由ではなく、拳を正当化するための自然現象である。
雨が降る。風が吹く。そして理不尽が来る。
彼にとってこの三つは全部同列。
遭遇したら殴っていい。むしろ殴らねばならぬ。
本来、人は理不尽の前で足を止める。
だがムダ様は逆だ。
“殴っていいんだ!”とテンションを上げる。
この価値観は狂気のようでいて、どこか救いでもある。
「戦っていい」「抗っていい」と、自分に許可を出せるからだ。
世界に踏みにじられた時、この言葉は優しく背中を押してくれる。
元気ですか?




