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魔王の姉、はじめました。 ──〈魔王がポンコツだから私がやる。〉Re:Novel Edition  作者: さくらんぼん
第01章:【サクラ】恥ずか死お姉ちゃんとポンコツ魔王の転生録
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#桜004:ツノは生えて胸は出ない。これ、世界征服より深刻な問題だから。

 「なんか……どっと疲れた……」


 私は石の上に座り込んで、肩を落としていた。


 さっきのベヒーモスの衝撃が、

 まだ胸の奥でドクンドクン暴れている。

 緊張が、ゆっくり溶けていくのがわかった。


「お、お姉ちゃん……大丈夫?」


 エストが、ちょこんと隣に座る。


 髪の焦げた匂いがほんのり残っている。

 頭に手を伸ばす。

 アフロは……まあ、どうにか鎮火済み。


 その時──指先にひっかかる“異物感”。

 根元が妙に硬い。髪じゃない。皮膚でもない。


(……ん?)


 つまむ。

 カチッ。


(んん??)


 オデコの反対側も触る。

 カチッ。


 指先が“角のライン”をなぞる。

 ぐいん、と丸みと硬さが指に伝わった。


「………………」


 固まる私。


 次の瞬間。


「ツノォォォォォ!!??」


「あ!気づいた?」


 エストがにっこりと笑った。


「“気づいた?”じゃねえよ!!」


「うん! ツノだよ! かわいいでしょ?」


「かわいくねぇよ!? なんで生えてんだよ!? 鬼なの!? 私、鬼なの!? なんで人間辞めてんの!?」


 胸の奥で、じわっと何かが沸騰する。


「あれ?……ツノが、すっごい赤くなってるよ?」


「赤ッ!? なんでぇぇぇぇ!!!」


 エストが指差す方向へ視線を向けると、壁の装飾に使われた金属板がかすかに光を反射していた。

 そこに──真っ赤に発光したツノの影が、揺れて映っていた。


「……ホントだ!! 赤ッ!? わぁあああああ!?」


「怒ってるからかな?」


「なるほどねぇぇぇッ!!!」


 ツノがさらにギラァァァァッと赤みを増す。


「色でバレバレ! お姉ちゃん怒ってるの丸わかり!」


「え、待って……私の感情、ツノに出るの?これからプライバシーどうやって守ってけばいいの!?」


「あ!ピンクになったよ?」


「はい! 恥ずかしいからねぇえええ!?」


 ズンズンと足音を鳴らしながら歩き回ると、床が穴あくレベルでヒビが入った。


「あと、さっきのベヒーモスの時もだけど、筋力おかしくない!?」


 私は床のヒビを見てからエストに視線をうつす。


「あ、うん!肉体、私の魔力で作ったから! 強めにしたよ?」


 誇らしそうなエスト。


「その“強め”って何!?」


 ツノがピンクから赤に変わり──次の瞬間、虹色になった。

 

「あ! ツノが虹色だよ!? なるほど! 混乱すると虹なんだ!」


 手をポンと叩くエスト。


「虹ッ!? 七色!? 面白生物爆誕!!

 って誰のせいだと思ってんだ魔王ォォォ!!」


(二回目の人生、早くもハズレ確定なのォォォ!?)


 それから私は胸元を見た。……ぺたん。


「ん……?」


(……まさか……)


 ゆっくり、ほんの少し期待しながら手を添える。


(……頼む……せめて……B……いやA+でも……)


 すぅ……っと深呼吸をする。


 ──そして。


「なんでぇ!? ツノは出たのに、胸が出てない!?」


『うるさい!それは“進化”じゃなく“淘汰”だ。』


 また来たよ無機質やろうが。

 私はコイツを天の声と呼ぶことにした。


「ふざけんなよ! 消費者庁! 国民生活センターさぁぁん!?」

 

「お姉ちゃんの胸は……魂の形が……無胸……で、もともと『ぺったん!』って堂々と名乗ってたみたいだし?」


 目を逸らしながらエスト。


「堂々とぺったん言ったことないよ!!」


(……。)


 ──その瞬間、頭の奥でブチッと何かが切れた。


 私の周りの空気が、ぎゅっと冷たくなる。

 視線の先、壁際に立てかけられた鏡に、ツノの生えた自分が映っていた。


(この魔王が、身体を作った!?)


 ガンッ!! パリーン!!

 鏡を叩き割って──私はガラスの破片を蹴飛ばしながらエストを睨みつける。


「お、お姉ちゃん……ツノが真っ赤だよ……?」


「召喚時に身体を作ったって……言ったよね?」


「う、うんっ! お姉ちゃんの魂が死にそうだったから!

 魔力で肉体を強くしたの……大変だったけど頑張ったの!

 そしたらツノが出ちゃった!」

 

 エストは胸を張ってから、ぺろっと舌を出した。

 空気は読めないらしい。


「へ、へぇ?……死にそうに?」


「で、でも! かっこいいよ!? 鬼だし! 強そうだし!」


「ツノの話じゃない!!」


「……ん”? ん”ん”……?」


 大きく首を傾げるエスト。

 

「……ふーッ……落ち着け、私……いや落ち着けるかぁああ!!」


 沈黙。


「死にそうな私の“胸”にさ!?

 わーい☆ 魔力☆ 注入☆──どーん☆が正解でしょ?」


「なんで!? それに私、そんなにアホっぽく喋らないよ!?!」


(言うよ、君なら言うよ)


「人魚とかラミアとかアラクネとかでも良かったんだよ!?」


「その種族、下半身が魚、蛇、蜘蛛だけど……それでいいの!?」


「べ、別に……良いし……それが私の制約と誓約だもん……」


 ツノが、じわっと青くなる。


「お姉ちゃんのツノ……困ると青?」


 エストが顔を覗き込んで、さらに追撃してくる。


「お姉ちゃんがさ?五メートルの巨体でも!?」


「ご、ごめーとる……カレピ……無理ぃ……い、いや……でございます……」


 小声で敬語に。ツノは青いまま震えている。


 沈黙。


 ──そして。


「はい論破! 結局見た目!

 お姉ちゃんも、私くらい可愛ければ文句なかったでしょ?」

 

 エストの口元が、にんまりと持ち上がった。


(ぐぬぬぬ……この小娘がぁあ!?)


 私のツノが小刻みに震えだす。


「私が納得してねぇんだから論破じゃねぇだろ!!」


 その瞬間、ツノがどす黒く染まった。


「逆ギレ!? お姉ちゃん、ツノの色ヤバい! 避難!」


「逃げるな。正座しろ魔王。今の私に正論は通用しない。」


「わ! 私は! この世界で生きていけるようにしようとしたのぉ!」


「はぁ!? 胸さえあればどこでも生きていけるから!

 なんなら文明だって築ける!! クレオパトラ知らないの!?」


 ツノから、ぷしゅう、と湯気が上がる。


『クレオパトラにそんな逸話は無い』


「またお前か!! だまりゃ!!」


「お姉ちゃん、なに言ってんの!?」


「あああ!! 転生してもAカップなのかよーッ!!」


 膝から崩れ落ちる。


「Aカップ……?」


 エストが首をかしげた。


「え? お姉ちゃんの魂に書いてあった『A』って胸のことなの?」


「……魂に書いてあるの……? 何だと……思ってたの?」


 声が震える。


「筋力の……A?」


「筋力? 私、女子よ……? 違う。A──カップのA、だよ……」


 へたり込んだまま力なく告げる。


「お姉ちゃん、本当に悩んでたんだ……小さいの嫌なの?」


「嫌だよ!!」


 思わず、嗚咽まじりに叫んでいた。


「ご、ごめん! 筋力だと思って……

 胸だったら……もっと大きくできたのに……」


(は!?)


 思考が停止した。言葉が出ない。


「で、できたの……?」


 震え声が出る。


「できたよ?」


 エストは小首をかしげて、当たり前みたいに言った。


「できたのかよぉお!!」


 ちゅどーん!!


 ツノが大爆発した。


 爆風。天井。悲鳴。あと何か知らんが光る。


「!?!?!? ツノォォォ!! 自爆機能搭載!?」


「爆発したぁああああああ!?」


 もくもく……


 煙が晴れるのを、しばし待つ。


「……」「……」


 煙の匂いだけが残った。

 

 沈黙の中、頭の奥にムダ様のお言葉が響いた。


『理不尽が来た?

 喜べ。殴る理由が増えただけだ。』


 私は静かに目を閉じてムダ様のセリフを噛み締める。


「オーケー、ムダ様……楽しむよ……」


 そして──ゆっくりと目を開ける。

 目を開けると同時に、私はもう拳を握っていた。


「……?」


 きょとんとするエスト。


「魔王ちゃん、セーブした? どこにリスポーンするのかな?」


 にこ、と笑いかける。


「笑顔が怖いぃぃ!!」


 エストが壁際まで後ずさる。


「ほら、エストちゃん。そんな遠く行かなくていいよ? おいで?」


 ゆっくり一歩、間合いを詰める。


「ひぃい……い、一緒に世界征服してくれたらさ!」


「なぁにぃ? エストちゃぁ〜ん?」


 じり、とさらに近づくと、エストが悲鳴交じりに叫んだ。


「き! ききき巨乳にできるかもぉおお!?!」


(きょ!?!?)


「た! たたた! たぶん……だからお願い、殴らな──」


 言い終える前に、私はその手を掴み──


「はじめましょう。魔王エスト様。世界征服を。」


「ひぃぃぃぃ──」


 チュッ、と軽い音が響いた。

 私はエストの手の甲に誓いのキスを落としていた。

 

「──ん……お姉ちゃん……? せ、世界征服……はじめる……?」


「はい。やりましょう。」


 シュイイィィン!!

 その瞬間、燃えかすだったツノが高速で再生し、光り輝いた。

 

 こうして私は、食い気味に心からの忠誠を誓ったのである。


 ──忠誠は速さ。契約は勢い。反省はだいたい後日。


「……」


 にこぉ、と笑う。だが、目は全く笑っていない。


「あははははは……どうしよう……」


 プレッシャーに耐えられなくなったエストが笑い出した。


「ふはは……じゃない! はははッ! 巨乳があるなら世界なんか余裕だろぉがァァァーー!!」


 気づいたら笑ってた。止まらなかった。


 バカ二人の笑い声が、石造りのダンジョンに響き渡る。


 *

 

 笑い終わったあと、ふいに静寂が戻る。

 ダンジョンの冷たい空気と、ほんのり残る余韻だけが漂っていた。


 エスト──小さくて、頼りなくて、でも──必死。


 ──この子は、私だった。


 本当は、巨乳になれるなんて最初から本気では思ってない。

 嘘。ちょっとだけ期待はしてるかも。


「家族」って言葉が、やけに嬉しい。腹立つくらい。

 何千回も「クソだ!」と叫んだはずなのに。


 ……ずるいよ、ほんと。

 ま、そんなの絶対言わんけどね。

 また恥ずか死するわ。


(……やば。ちょっと泣く)


(泣いてない。まだ。たぶん。)


 ──そのとき。


「お姉ちゃんツノいそがし! 何パターンあるの!? あははは!」


 ──笑われてるのに、胸の奥がほんの少しあったかい。

 ……こっちは結構必死なんだけど。


「……はは、好きに笑え」


「……ねぇ、お姉ちゃん」


「ん?」


「私ね……父様を探してるの」


「……父様?」


「だから世界征服するの。てっぺんまで行けば、きっと見つかるから」


「……そっか。なら、やるしかないね」


「うん!」


(世界征服? まぁ、やれるとこまで付き合ってみるか)


「……まったく。魔王がポンコツだから、私がやるしかないじゃん」


 *


 「家族」という言葉で、幼馴染のカエデとツバキを思い出す。


(……アイツら、どうしてるかな)


(……いや)


 私はエストを見つめた。

 

 ……今はそれで、十分だと思った。



 ──そして、この世界のどこかで。

 あの二人も雑に転がり始めていた。

 

 

 ……誰って?私が“恥ずか死した夜のムダ様祝勝会”を断った、アレな二人よ。



(つづく)



◇◇◇



──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──


『理不尽が来た?

 喜べ。殴る理由が増えただけだ。』


解説:

ムダ様にとって理不尽とは、

苦しむ理由ではなく、拳を正当化するための自然現象である。

雨が降る。風が吹く。そして理不尽が来る。


彼にとってこの三つは全部同列。

遭遇したら殴っていい。むしろ殴らねばならぬ。


本来、人は理不尽の前で足を止める。

だがムダ様は逆だ。

“殴っていいんだ!”とテンションを上げる。


この価値観は狂気のようでいて、どこか救いでもある。

「戦っていい」「抗っていい」と、自分に許可を出せるからだ。


世界に踏みにじられた時、この言葉は優しく背中を押してくれる。


元気ですか?

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