#椿006:聖女は今日も裏返る
「運命の扉が今……開くッ! フエェェッ!」
私の口から漏れたのは、必殺の詠唱ではなく、情けない裏返りボイスだった。
しかし──。
ビーーー♡
左目から放たれた極太のピンク色の光線(ハート型)が、空間を焼き尽くす。
ドガァンッッ!!!
轟音と共に、巨大イノシシは木っ端微塵に吹き飛んだ。
地面が大きくえぐれ、土煙がもうもうと舞い上がる。
静寂。
やがて、村人たちが震える声で口を開いた。
「……す、すごい……!」
「今の光線……確かに“聖女様の呪文”で……!」
「いやいや! 呪文とかじゃないから!!!」
私は慌てて手を振った。
否定しなきゃ。
今の「フエェ」はただのミスだから。
しかし、村人たちの目は信仰の光で輝いていた。
「聞いただろ!? あの“フエェェッ!”という高音!」
「あれこそが……古代の真言……!!」
「たった一言、“フエェ”で魔獣を滅ぼすとは……さすが聖女様だ……!」
「いや! フエェじゃない! 声が裏返っただけ!!!」
届かない。
私の必死の訂正が、信仰心というフィルターに阻まれて届かない。
「裏返りボイス」なんて人生で一番恥ずかしい失敗を、まさか神聖視されるなんて。
もう泣きたい。帰りたい。
その隣では、当然のようにローザが手帳を開いていた。
カリカリカリッ!! と猛烈な速度でペンを走らせている。
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【聖女の御言葉】
「フエェェッ」
【注釈】
⇒ 魔獣を退けし、聖なる裏返りの詠唱。
声なき者の声をも救う、奇跡の音声。
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「ローザ!! お前それ絶対あとで聖典に刷るだろ!!!」
「はい! もちろんでございます!」
キラキラ笑顔で即答された。
「これは聖典の新たな章にすべきですね。“フエェェッの章”……!」
「やめろォォォォォ!!!」
私は全力で突っ込んだ。涙目で。
後世の歴史書に「聖女はフエェと鳴いた」とか書かれたら死んでも死にきれない。
私は咳払いをして、無理やり聖女モードに戻った。
「ふ、ふは……と、とにかく!
貫いたぞ……闇より来たりし獣を……
我が瞳の審判にて……!」
(超マグレだよ! とりあえず良かった……!)
その時、一人の村人がボソリと呟いた。
「……いや、あれ泣き声じゃね? “フエェ”って……」
シン──。
空気が凍った。
──そして。
「異端だッッ!!! 捕まえろーー!!!」
ローザが鬼の形相で聖典を投げつけた。
「えぇ!? いや俺も“フエェ”って言えるよ!? ほらフエェ!」
あっという間に他の村人たちに取り押さえられ、縄で縛られる村人D。
「貴様ァッ! 聖女様をバカにしてるのか!!」
ドゴッ! バキッ!
ローザが分厚い聖典の角で殴打する音が響く。
「してません! してません!」
……。
「うん……ほっとこ……」
私はそっと目を逸らした。
ローザの信仰心は、私にも止められない。
*
イノシシが蒸発した土煙の中で、私は呆然と立ち尽くしていた。
こわかった。心底こわかった。
正直、ちびるかと思った。
(……やった? 私が? 本当に?)
肩は震え、膝も震え、魂だけが宙に浮いているような感覚。
でも、不思議と恐怖だけじゃない。
(初めて……自分の力で誰かを守れた……のかな)
村人たちの安堵の表情を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
演技でも、偽物でも、結果的に人を救えたなら……。
(もしかして、これでいいのかも)
──その時。
脳内にあの“音”が流れた。
テレレレッテッテッテー♪
「のわッ!? なになになに!?」
聞き覚えのある、レベルアップのファンファーレ。
目の前にウィンドウが浮かぶ。
【ツバキのレベルが 3 に上がりました】
【ステータスオープンと言うとステータス確認ができます】
「この世界どうなってるの!?
……ス、ステータスオープン……」
私が恐る恐る唱えた、その瞬間だった。
\\ シュゥゥゥゥ……ギュウゥゥゥゥゥン……! //
「ん?」
\\ キュインキュインキュイン……バリリリリ……ドゴォォォォンッ!! //
「長いな!?」
\\ シュコーシュコー!! ドゴゴゴゴゴゴゴ!!! //
「まだ続くの!?」
\\ ギュインギュインギュイン!!! ホーホケキョ!!! //
「ウグイス鳴いたよ今!?」
\\ チュドーン!!! ピーヒョロロロ……パリィィィン……ズゴゴゴ…… //
……チャリンッ。(※小銭の音)
「最後しょぼ!!!」
壮大すぎる (そして最後だけ貧乏くさい)効果音と共に、ステータス画面が表示された。
── ステータスウィンドウ ──
【名前】ツバキ
【種族】人間
【レベル】1 → 3
【称号】灼瞳の神子(聖女)/寝言の導師/パンの預言者(NEW)
【スキル一覧】
・ホーリービーム♡(左目。気分。たぶん強い)
・中二病話術(自己強化・錯覚型)
・寝言布教(パッシブ・信者が勝手に増える)
・余計な一言(NEW)
→ 寝言や失言が三日後に宗教儀式になる呪いのスキル
(基本的にローザの飯のタネ)
……。
(異能ばかり増えし我が宿命……)
いや、あのさ。
実際このスキル構成どうなの?
普通に……え、いらんくない?
「パンの預言者って何よ……」
私は顔を覆った。
なにこれ恥ずかしい。
いっそ闇に沈みたい。
私が悶絶していると、村長と小さな子供が私のもとにやってきた。
「ありがとうございます、聖女様!
これで安心して森で働けます」
「おねえちゃん、ありがとう!
お父さんも喜ぶ!」
子供の純粋な瞳が、私を見上げている。
(……あぁ、そっか)
称号が変でも、スキルが呪いでも。
私の力で、この人たちが笑えるんだ。
「……うむ。光の加護があらんことを」
気づくと私は、自然と微笑んでいた。
今だけは、演技じゃなくて。
(つづく)
◇◇◇
──今週のカイ様語録──
『あの瞬間、勇気は沈黙し──膝だけが雄弁だった。 (つまり怖かった)』
解説:
TVアニメ《堕光のカイ》第884話より。
神獣との邂逅により完全に黙り込んだカイ様。
だが膝だけがガクガクと震え、「無理無理無理無理無理」と主張していた。
後に視聴者アンケートで「人間味があって良い」と票を集めた伝説の回。




