表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/27

#椿004:聖女の憂鬱と、飲み物としてのプリン

 ──異世界召喚から一週間後。

 カメリア大聖堂・聖女の間。


「聖女様! 朗報です!

 聖典がついに第十章に到達いたしました!」


 侍女のローザが、分厚い羊皮紙の巻物を抱えて、

 部屋に入ってくるなり叫んだ。

 その目は血走っている。徹夜組のコミケ待機列と同じ目だ。


「へぇ……じゃなくて、ほう……我が言葉、そんなに?」


 私は慌てて足を組み直し、左目を手で覆った。


【聖女モード:カイ様Ver.2.0(憂い顔)】起動。


「はい! 第六章から第十章まで、奇跡の言葉の連続です!」


 ローザが震える手で巻物を広げる。


「まずは第八章『夜の闇に抱かれし柔らかき存在こそ、魂の休息の源なり』!」


「……うむ」


(それ、抱き枕のことだね……ニ◯リのNウォーム……)


「そして第九章『朝に焼かれし小麦の薄片を携え疾走するとき、次元の扉は開かれん』!」


「……深淵なる言葉だ」


(遅刻遅刻ぅ〜!って食パン加えて走るアニメあるあるだね……)


「既に信者が実践しております!

 毎朝、パンを咥えて大通りを全力疾走する者が後を絶ちません!」


「うそでしょ!? 危ないから止めて!!」


 私は思わずテーブルに突っ伏した。


 ──あっ、まずい。


 ローザがキョトンとしている。


 私は慌てて体勢を立て直し、気だるげに髪をかき上げた。


「……くくっ。愚かな子羊たちよ……物理的な衝突じこには気をつけるよう伝えよ……」


「はっ! 『物理的衝突への警鐘』……追記しておきます!」


 カリカリカリッ!!

 ローザが猛スピードでメモを取る。やめて。筆圧こわい。


「さらに現在は、未整理の『お言葉』を編纂中です」


 ローザが次のページをめくる。


「第十二章『プリンは飲み物』」


「……」


 部屋の空気が止まった。


「……聖女様。これは……あまりにも革新的な教えです」


 ローザが感極まって、ハンカチで目頭を押さえた。


「えっ」


「固体と液体の境界を曖昧にするその哲学……!

 我々の常識というカップを壊し、魂を流動させよという啓示ですね!?」


「……えっ、あ、うん。……そう、それ」


(違う。スプーン洗うのが面倒だっただけ)


 私は死んだ目で頷いた。


「素晴らしい……! 『固定概念の溶解』として広めます!」


「第十三章『Wi-Fiの届かぬ所に神なし』」


「待って待って」


 私は手を上げる。それはただの現代っ子の悲鳴。


「聖女様、この『ワイファイ』とは……古代語で『愛』のことでしょうか?」


「……えーっと」


 ローザの純粋な眼差しが痛い。

 ええい、ままよ!


「そう……見えざる糸だ。世界を繋ぐ、不可視の波動……」

(間違ってはいない。電波だし)


「おおお! 『愛の波動が届かぬ場所に救いなし』……深い!!」


「第十四章『推しは推せる時に推せ』」


「やめて!」


 私は叫んだ。


「第十五章『詫び石は命より重い』」


「もう止まらない!?」


 私は頭を抱える。


「第十六章『メンテが明けたらどうなる? 知らんのか。メンテが始まる』」


「全部私の寝言だよねぇええええ!?」


 声が裏返った。


 ◇◇◇


 ──こうして、聖典は今日も分厚くなっていく。


 ローザたちが去った後。

 月明かりが差し込む窓辺で、私はカメリア聖典をパラパラとめくった。


「……私の、じゃなくて。我が言葉が、全部……か」


 寝言。独り言。中二病。アニメの引用。ソシャゲの愚痴。

 それが全部、"神の啓示"になっている。


「……でも、信じてるんだよね。みんな、本気で」


 巻末には、信者たちの感謝の声が記されていた。


 『聖女様の闇のお言葉で、私は前に進めるようになりました』

 『ホーリービーム♡を見たとき、心が洗われるのを感じました』

 『"あと5分だけ(二度寝)"の祈りで、焦りから解放されました』


「……本当に?」


 私は窓の外を見た。

 灯る明かりの下、人々はちゃんと生きている。

 私の適当な嘘を杖にして、今日を生きている。


「……だったら、もういいか」


 左目に力を込めると、オッドアイ(カラコンではない)が月明かりに反射し、部屋を怪しく七色に染めた。


「演じるの、しんどいけど……やるしかないか。灼瞳の神子として」


 ベッドに腰を下ろし、月を見上げる。


「……でもホントはさ」


 声が小さくなる。カイ様モード、解除。


「サクラなら『聖女? 利用しろ利用!』って笑い飛ばすでしょ」

「カエデなら『お供えパンはメロンパンがいいよ!』とか真顔で要求するね」


 ……ふふ。あはは!


 誰もいない部屋で、やっと素の自分に戻れた。


「はぁ……アイツらのこと思い出したら元気でた…のかな…」


 深く息をつく。


「明日も、やるしかない」


 心の中で付け加える。

 (バレたら死ぬ。物理的にも社会的にも)


 ──こうして、ツバキは開き直った。

 覚醒 (=あきらめ)たのである。


 コンコン。


 その時、控えめなノックの音がした。


「聖女様、夜食をお持ちしました」

「……入って」


 入ってきたローザが、恭しく銀の盆を差し出す。


「本日のメニューは、聖典第十二章に基づき──ご用意いたしました」


「え?」


 盆の上には、ドロドロに崩されたプリンと、極太のストロー。


「『飲み物のプリン』でございます」


「…………」


 ローザの笑顔が眩しい。一点の曇りもない、信仰の笑顔だ。


「……感謝する」


 私は震える手でストローを咥えた。


 ズゾゾゾゾ……。


 間抜けな音が、静かな聖女の部屋に響き渡った。


 この世界は、誤解と寝言でできている。

 そして私は──自分の寝言に首を絞められている。


 ……誰か、助けて。



(つづく)



◇◇◇



おまけ:現在編集されている聖典候補


・第十八章『エアコンのリモコンは必ずソファの隙間にある』

 →解釈:『幸せは身近な隙間に潜んでいる』という教えとして採用検討中。


・第十九章『勇気とは、半額シールの弁当を奪い取ること』

 →解釈:『好機チャンスを掴む勇気』として騎士団のスローガンに採用。


・第ニ十章『冷蔵庫のプリンには名前を書かねばならぬ』

 →解釈:『自己の確立アイデンティティの重要性』として神学校の必修科目に。


「私いつもどんな夢見てるの!?」

 私の叫びは、防音結界により誰にも届かなかった。



◇◇◇



──今週のカイ様語録──


『この感覚…"天界の焼印"が、我が存在を赦したのか…(つまりパンうめぇ)』


解説 :

TVアニメ『堕光のカイ』第950話「死と光と、あとパン」。

聖都陥落。仲間は全滅。右腕は欠損。魔力は枯渇。

そんな地獄の中、廃墟の片隅で拾った一枚の食パンを、

無言でかじった瞬間に発されたのがこのセリフである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ