#椿004:聖女の憂鬱と、飲み物としてのプリン
──異世界召喚から一週間後。
カメリア大聖堂・聖女の間。
「聖女様! 朗報です!
聖典がついに第十章に到達いたしました!」
侍女のローザが、分厚い羊皮紙の巻物を抱えて、
部屋に入ってくるなり叫んだ。
その目は血走っている。徹夜組のコミケ待機列と同じ目だ。
「へぇ……じゃなくて、ほう……我が言葉、そんなに?」
私は慌てて足を組み直し、左目を手で覆った。
【聖女モード:カイ様Ver.2.0(憂い顔)】起動。
「はい! 第六章から第十章まで、奇跡の言葉の連続です!」
ローザが震える手で巻物を広げる。
「まずは第八章『夜の闇に抱かれし柔らかき存在こそ、魂の休息の源なり』!」
「……うむ」
(それ、抱き枕のことだね……ニ◯リのNウォーム……)
「そして第九章『朝に焼かれし小麦の薄片を携え疾走するとき、次元の扉は開かれん』!」
「……深淵なる言葉だ」
(遅刻遅刻ぅ〜!って食パン加えて走るアニメあるあるだね……)
「既に信者が実践しております!
毎朝、パンを咥えて大通りを全力疾走する者が後を絶ちません!」
「うそでしょ!? 危ないから止めて!!」
私は思わずテーブルに突っ伏した。
──あっ、まずい。
ローザがキョトンとしている。
私は慌てて体勢を立て直し、気だるげに髪をかき上げた。
「……くくっ。愚かな子羊たちよ……物理的な衝突には気をつけるよう伝えよ……」
「はっ! 『物理的衝突への警鐘』……追記しておきます!」
カリカリカリッ!!
ローザが猛スピードでメモを取る。やめて。筆圧こわい。
「さらに現在は、未整理の『お言葉』を編纂中です」
ローザが次のページをめくる。
「第十二章『プリンは飲み物』」
「……」
部屋の空気が止まった。
「……聖女様。これは……あまりにも革新的な教えです」
ローザが感極まって、ハンカチで目頭を押さえた。
「えっ」
「固体と液体の境界を曖昧にするその哲学……!
我々の常識という器を壊し、魂を流動させよという啓示ですね!?」
「……えっ、あ、うん。……そう、それ」
(違う。スプーン洗うのが面倒だっただけ)
私は死んだ目で頷いた。
「素晴らしい……! 『固定概念の溶解』として広めます!」
「第十三章『Wi-Fiの届かぬ所に神なし』」
「待って待って」
私は手を上げる。それはただの現代っ子の悲鳴。
「聖女様、この『ワイファイ』とは……古代語で『愛』のことでしょうか?」
「……えーっと」
ローザの純粋な眼差しが痛い。
ええい、ままよ!
「そう……見えざる糸だ。世界を繋ぐ、不可視の波動……」
(間違ってはいない。電波だし)
「おおお! 『愛の波動が届かぬ場所に救いなし』……深い!!」
「第十四章『推しは推せる時に推せ』」
「やめて!」
私は叫んだ。
「第十五章『詫び石は命より重い』」
「もう止まらない!?」
私は頭を抱える。
「第十六章『メンテが明けたらどうなる? 知らんのか。メンテが始まる』」
「全部私の寝言だよねぇええええ!?」
声が裏返った。
◇◇◇
──こうして、聖典は今日も分厚くなっていく。
ローザたちが去った後。
月明かりが差し込む窓辺で、私はカメリア聖典をパラパラとめくった。
「……私の、じゃなくて。我が言葉が、全部……か」
寝言。独り言。中二病。アニメの引用。ソシャゲの愚痴。
それが全部、"神の啓示"になっている。
「……でも、信じてるんだよね。みんな、本気で」
巻末には、信者たちの感謝の声が記されていた。
『聖女様の闇のお言葉で、私は前に進めるようになりました』
『ホーリービーム♡を見たとき、心が洗われるのを感じました』
『"あと5分だけ(二度寝)"の祈りで、焦りから解放されました』
「……本当に?」
私は窓の外を見た。
灯る明かりの下、人々はちゃんと生きている。
私の適当な嘘を杖にして、今日を生きている。
「……だったら、もういいか」
左目に力を込めると、オッドアイ(カラコンではない)が月明かりに反射し、部屋を怪しく七色に染めた。
「演じるの、しんどいけど……やるしかないか。灼瞳の神子として」
ベッドに腰を下ろし、月を見上げる。
「……でもホントはさ」
声が小さくなる。カイ様モード、解除。
「サクラなら『聖女? 利用しろ利用!』って笑い飛ばすでしょ」
「カエデなら『お供えパンはメロンパンがいいよ!』とか真顔で要求するね」
……ふふ。あはは!
誰もいない部屋で、やっと素の自分に戻れた。
「はぁ……アイツらのこと思い出したら元気でた…のかな…」
深く息をつく。
「明日も、やるしかない」
心の中で付け加える。
(バレたら死ぬ。物理的にも社会的にも)
──こうして、ツバキは開き直った。
覚醒 (=あきらめ)たのである。
コンコン。
その時、控えめなノックの音がした。
「聖女様、夜食をお持ちしました」
「……入って」
入ってきたローザが、恭しく銀の盆を差し出す。
「本日のメニューは、聖典第十二章に基づき──ご用意いたしました」
「え?」
盆の上には、ドロドロに崩されたプリンと、極太のストロー。
「『飲み物のプリン』でございます」
「…………」
ローザの笑顔が眩しい。一点の曇りもない、信仰の笑顔だ。
「……感謝する」
私は震える手でストローを咥えた。
ズゾゾゾゾ……。
間抜けな音が、静かな聖女の部屋に響き渡った。
この世界は、誤解と寝言でできている。
そして私は──自分の寝言に首を絞められている。
……誰か、助けて。
(つづく)
◇◇◇
おまけ:現在編集されている聖典候補
・第十八章『エアコンのリモコンは必ずソファの隙間にある』
→解釈:『幸せは身近な隙間に潜んでいる』という教えとして採用検討中。
・第十九章『勇気とは、半額シールの弁当を奪い取ること』
→解釈:『好機を掴む勇気』として騎士団のスローガンに採用。
・第ニ十章『冷蔵庫のプリンには名前を書かねばならぬ』
→解釈:『自己の確立の重要性』として神学校の必修科目に。
「私いつもどんな夢見てるの!?」
私の叫びは、防音結界により誰にも届かなかった。
◇◇◇
──今週のカイ様語録──
『この感覚…"天界の焼印"が、我が存在を赦したのか…(つまりパンうめぇ)』
解説 :
TVアニメ『堕光のカイ』第950話「死と光と、あとパン」。
聖都陥落。仲間は全滅。右腕は欠損。魔力は枯渇。
そんな地獄の中、廃墟の片隅で拾った一枚の食パンを、
無言でかじった瞬間に発されたのがこのセリフである。




