表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の姉、はじめました。 ──〈魔王がポンコツだから私がやる。〉Re:Novel Edition  作者: さくらんぼん
第05章 : 【カエデ】ど天然ポンコツ勇者カエデ流浪編
22/27

#楓006:焼きたての明日

 こんにちは。カエデです。

 たぶん今、世界でいちばん寂しい体育座りをしています。


「雲は自由に空を飛べて羨ましいな。ね? ウィルソン?」


 私は手のひらに載せた"良い形の石"──ウィルソンに視線を落として、ぼそりと語りかけた。


「元気出せよ……カエデ。」


 石から声が返ってくる。

 当たり前みたいに返ってくるのが、逆に怖い。


「……宿屋……暖かいご飯……お風呂……布団……泊まりたかったなぁ……」


 言葉にしただけで、胃がきゅうっと縮む。

 いまの私には、贅沢じゃなくて"生存"なんだけど。


「そりゃ無理ないさ。あのガチップは異常だった。俺でも引いた。

 そこからの張り手と鉄砲はヤバい。令和だったら逮捕案件だ。マジで。」


「そっか……そう……だよね。

 ……私は……逮捕されないだけ運が良かったのか……」


「おう。そうそう。だから元気……

 おっ? カエデ。誰か来たぜ。」


 その瞬間、私の手のひらが影に覆われた。

 ウィルソンごと、すっぽり。


「見ない顔だけど、どうかしたのかい?」


 影の上の方から、あったかい声。

 顔を上げると、そこに立っていたのは陽気な表情の女性だった。


「……ぇ…………?」


 息が抜ける。

 知らない人。けど、怖くない。


「あ……えっと……どこにも行くところが無くて……

 それに……頼れる人も……居なくて……」


 言いながら、私はまたウィルソンに視線を落とした。

 人の目を見るのが、いまはまだ、怖かった。


「なんだいなんだい! 困ってんのかい? だったらとりあえずウチに来な!」


「……あ……ッ…………」


 次の瞬間、手を掴まれた。強い。

 逃げられない種類の優しさ。


「ウチはすぐそこのパン屋だよ。ほら! そこそこ!」


「パ……パンッ……!」


 パン。

 その一語だけで、世界の色が少し戻る。


 *


 カランカラン……♪


 ドアベルが、幸せみたいな音を鳴らした。

 たちまちパンの香りが私を包む。鼻の奥が、じんと痛い。


「ニャー……」


 足元で、茶色い猫が鳴いた。


「ふわぁ……パンの……匂い……だ……良い匂い……」


 入口で立ち止まって、目を閉じて、吸い込む。

 胸が、ほどけていく。ほどけすぎて、泣きそうになる。


「んー……うんッ!

 まずはお風呂だね! ほら!

 そこの奥がお風呂だから入ってきな!」


「……え……え?……あ、はい。

 ありがとうございます……」


 女性は迷いなくテキパキ動く。

 その勢いに、私はただ流されるしかない。


「着替えはここに置いておくよ! 私のお古だけどね!

 あはは! じゃあほら! 入っといで!」


 ぽん、とお尻を押された。


「えッ? あ! ありがとうございます…!」


 *


 浴室に入った途端、喜びがこみ上げた。


「ぉぉ……お……風呂……だぁ……うわー!うわー!お風呂だー!」


 声を殺して叫ぶ。

 叫ぶな、でも叫びたい。叫ぶしかない。


 久しぶりのお風呂だった。

 私は念入りに身体を洗った。洗っても洗っても、涙と鼻水が止まらない。

 あったかい水が、私を"人間"に戻していくみたいだった。


 しばらくして脱衣所へ出る。

 用意されていたかぼちゃパンツを履き、黒いワンピースを着る。

 なんだこれ。私、いま"可愛くされてる"。


 それでも──嬉しかった。


 店の方へ戻ると、私は耐え切れず頭を下げた。


「お風呂……ありがとうございました。

 ……ホントに……!ホントに!ホントに!

 ……ホントに!ホントにぃ……うっ…うっ…

 ありがとうございました!……ホントに……うっ……うっ……」


 言葉が、繰り返しにしかならない。

 繰り返すしかない。


「なんだい!なんだい! たかだかお風呂で大袈裟だねー!

 あはは!……おッ! 私のお古の服だけどさ! それ、とってもいいよ。あはは!」

 

 私は恐る恐る、尋ねた。


「……あ……あのッ……

 お、お金は払いますので……パンを……

 パンをいただいても……良いですか……?

 ……実は……ここ最近ずっと葉っぱや野草しか食べてなくて……」


「葉っぱ?野草? 何があったんだい?

 まぁそれを聞くのは野暮ってもんか!

 どうぞどうぞ! 好きに食べて良いよ! あはは!」


「……ッ!!!!!」


 声にならない喜びが喉から溢れた。

 手を伸ばす。震える。パンを掴む手が、怖いくらい震える。


 生つばを飲み込んで──


(……ゴクリ……)


 ……パクッ……!


「……ッ!!」


 口の中に、パンの匂いと柔らかさが一瞬で広がる。

 噛むたびに、何かがほどけていく。

 自分の中の"終わり"が、ほどけていく。


「…………う"っ……う"ゔっ……お"……おびじぃ……

 ど、どでぼ…ぼ…美味……じびぃ……でじゅ……」


 久しぶりに食べた"まともな食べ物"。

 涙も鼻水も、止まる気配がなかった。


「あはは! 飲み込んでから話しなよ! パンは逃げないからさ!

 せっかくお風呂に入ったってのに顔がぐちゃぐちゃじゃないか!

 あはは! ほらほら! どんどん食べなッ!」


 パンを食べる私を見つめながら、女性は続けた。


「とりあえず今日は泊まっていきな! 洗濯物も乾かないしね!

 そこの立派な『鎧』は、自分で拭いとくれね!重くて持てないからさ!」


「はい! ありがとうございます!」


 私は元気よく返事をした。

 王様にもらったピカピカの鎧だ。


 すると、アンナさんが不思議そうな顔で、私の手元を指さした。


「……で、あんた。さっきから大事そうに抱えてる、

 その『薄汚れたスリッパ』と『黒いハンガー』と『黒いもの?』は何だい?

 ……魔導具? ……ボタン付いてるけど、ゴミかい? 捨てとこうか?」


「えっ!? ダメです!!」


 私は慌てて三種の神器を抱きしめた。


「これは……私の最強装備なんです!

 鎧なんかより、こっちの方が手に馴染むんです!」


「……はぁ? 鎧よりスリッパが?」


 アンナさんは呆れたように笑った。


「……はい! 私の……

 聖靴スリッパ聖剣ハンガーは自分で洗います!」


(聖盾はリモコンです。……勇者の名誉のために、言っておきます)

 ……これは、私が元の世界から持ってきた、最後の証拠だ。


 ──洗濯。

 私の服は、もう洗われていた。


「何から何まで……ありがとうございます……ぅ……うっ……うっ……」


 *


 パンを食べ終えると、私は女性の胸を借りて、ずっと泣いてしまった。

 女性は何も聞かない。

 ただ私の頭を撫でてくれる。それだけで、十分すぎた。


 しばらくして、男の人がノソっと現れた。


 大きな手に、焼きたてのパンを持っている。

 無言で私の前に差し出した。


「……!」


 私がびくっとすると、女性が笑う。


「ああ!これはウチの旦那よ! 旦那は無口でね!

 でもパンは一流なんだよ! あはは!」


 そう言いながら、旦那さんの背中をぽんぽん叩く。


「自己紹介がまだだったね。私はアンナ。で、あんたは?」


「あの、私、勇者のカエデです! こっちは良い形の石のウィルソン!」


「カエデ……良い名前だね!ねぇ?アンタ! あはは!」


 アンナさんはまた旦那さんの背中をぽんぽん叩いた。

 旦那さんは、無言で受け止めた。


「ニャー……!ニャー……!」


 茶色い猫が鳴いた。


「ああ!あんたもいたね! チロ! あはは!」


 私は入口に立てかけてあるモップを見つめた。

 なんでか分からないけど──ここに住み込み、配達の仕事をしようかな、と思い始めていた。


 外を、若い男の子が荷車を引いて通り過ぎる。

 荷車の車輪が魔導石で光ってる。


 空には飛行船。

 ここは異世界なのに、生活の匂いがする。


 パン屋さんの名前はパパパパパパパパパパパン屋……。

 思い切った名前だなぁ。


 そして、床から声が聞こえた。

 ……いいえ、違う。


 さっき旦那さんから落ちた床の粉が、喋った。


『……ワイは小麦粉の精霊、コナモンや! 旦那の肩が定位置やったのに……落とされたわ……』


「まぁでも、この名前のパン屋があったら私は入るよね?」

 私はパン屋のメニューを見てウンウンと頷く。


『ちょ、無視せんといて? ワイ、粉やけど精霊やで?

 さっきから足元におるで?』


「サクラは焼きそばパン好きだったなぁ」


『ちょいちょい? 聞いてる?』


(……サクラの名前を口にした瞬間、胸がちくりと痛んだ)


「……よし。焼きそばパパパパパパン、作って恩返ししよ」


『……そらそうや。今日は、聞かんでええ日や。

 野暮やったなワイ。……良かったな。ほんまに』


 その声だけ残して、粉は床の隙間に消えた。



(明日がある。そう思えたの、久しぶりだ)



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ