#桜013:泣き虫魔王と恥ずか死の姉、世界を殴り返す
魔王の間。
クマ肉を食べて"冬眠"と"鮭取り"を覚えた。
残るのは、部屋に漂う肉の匂いと、妙に静かな時間だけだった。
あの謎スキルの通知音も、もう鳴らない。
代わりに、胸の奥がやけにうるさい。
……クマ食べて冬眠と鮭って、どんなRPGだよ。
いや、もはやギャグだろ。
『お前の存在がギャグみたいなもんだろ』
またこいつか……天の声!!
「っさい!!」
*
火の落ちた石板コンロの上で、串の先が冷えきっている。
私はぼんやりと、空になった皿を眺めていた。
……まぁいい。
冬眠でも何でも、エストを守るためなら使いようだ。
それに──守るって、そう簡単に言える言葉じゃない。
だからこそ、ちゃんと"決意"に変えなきゃいけない。
魔力灯の淡い光が、石壁をゆらゆら照らしていた。
まるで夜の焚き火みたいで、少し落ち着く。
「……まぁ、いざとなったら私が大魔王やってもいいけどね?」
クスリと笑う。
その独り言に、隅で座っていたエストが顔を上げた。
「ねぇ、お姉ちゃん……
わたし、ほんとは……もっと強くて、
かっこいい魔王になりたかったんだ」
彼女の声はか細くて、まるで灯の揺れみたいに頼りない。
「……お姉ちゃんが……
私に召喚されたの嫌だと思ってたら……やだな……って」
私は、しばらく黙っていた。
そして、乾いた笑いがこぼれる。
「……そんなの、最初から分かってたけど?」
「えっ……?」
「ポンコツで泣き虫なのは、見れば分かる。でも──」
私は立ち上がり、魔力灯の光を背に彼女を見下ろした。
「勝手に喚んで"お姉ちゃん"なんて言われたら……
もう引き受けるしかないでしょ。誰が妹を置いてくもんですか」
「お姉……ちゃ……」
「……あーもう!
また涙ぐんで! 湿っぽいのは禁止!」
エストは唇を噛みながら、それでも小さく呟いた。
「……もし……お父様が戻ってきたら、
わたし……また捨てられるのかな……」
胸の奥がギリッと鳴った。
「……はぁ???
小娘! 自分が何を言ってるか分かってんの?」
「親に捨てられたとか、そういう話は小娘のせいじゃないから!!
ちっちゃくて、バカで、ポンコツで──
あぁ、もう!──笑うとアホみたいに可愛い魔王の、何が悪いっていうんだ!」
言葉が止まらない。もう止められなかった。
「家族を失うのがどんなに辛いかも、
残された者がどんな気持ちになるかも、全部知ってる」
色々思い出してしまった。
「誰にも『おかえり』って言われない夜が、いちばん冷えるんだよ!」
ムカつく──何に?自分自身にだ。
「だからこそ言える。残された家族を放っておく親なんて、
魔王だろうが何だろうが、ぶん殴ってやる」
言葉を吐き出したあと、涙が溢れてきた。
「それに──ムダ様が言ってたんだ。
『親は選べないが、殴るかどうかは選べる』ってね」
「エスト様を泣かせた責任、きっちり取らせてやるから」
涙がこぼれないように──見られないように上を向いて、深く息を吸った。
守るって決めたんだ。今。
「──それが、私の世界征服。"大切な人を失う世界"なんて、私がぶっ壊してやる」
ドゴォン!
拳を突き出すと、空気が震えた。
魔力灯の光がビクリと揺れて、二人の影が壁に踊る。
エストは目を見開いたまま、しばらく私を見つめていた。
やがて、視線を落とし、小さな手で私の腕をそっとつかんだ。
「……それって、すっごく……わがままで、でも、あったかい」
「……っ、な、なにそれ……は?……知らないし……」
「──ありがとう、お姉ちゃん」
一拍置いて、その小さな頭をぽんと押さえた。
「……ったく、ほんとチョロいんだから」
悪くない。いや、悪くないどころじゃない。
むしろ──少しでも長く、この手を離したくない。
……でも。
その温もりの裏で、胸の奥が少しざわついた。
怒りも、悲しみも、後悔も。
全部、まだ拳の中に残ってる。
そのとき、ムダ様の声が頭に蘇った。
『ストレスを溜めるな。拳で昇華しろ。筋肉は感情を代弁する』
「……あー、やっぱムダ様、天才だわ」
そうだ。
このざわつきはきっと、ストレスだ。
なら、解消法はひとつ。
「うん。ストレス解消も、征服のうちってことで」
「……え、いま急にテーマ軽くなった!?」
「違う! ムダ様の教えに従っただけ!! 拳で世界と、自分を鍛え直すのよ!!」
「お姉ちゃん、それただの筋トレでは……?」
「筋肉は世界を救う哲学ッ!!」
「哲学なんだ……!?」
「そう、筋肉は裏切らない。裏切るのは大体、人間だけ!!」
ドガァァァン!!
机を殴って壊す音。
「お父様の机がァァァァ!?!?」
「……」
沈黙。
「……あ」
粉々になった机を見つめる。
「……これ、お父様の……」
「そうだよ!?」
「……」
冷や汗。
胸の奥がちくっと刺さった。やり方、間違えたかもしれない。
「……いや、むしろ良かったんじゃない?」
「え?」
「だってさ、エスト様を置いて行った親の机でしょ? こんなもん残しておく方がおかしいわけ」
「過去に縛られてちゃダメなの。前を向くために、机も過去も全部ぶっ壊す! これ、ムダ様の教えね」
「そんな教えあったの!?」
「今作った」
てへぺろ。
「作るな!?」
「でもほら、これでエスト様も、過去に縛られなくて済むでしょ?」
「いや! 縛られてないから! 普通に使ってただけだから!?」
「それに私、さっき宣言したじゃん。"エスト様を泣かせた責任、きっちり取らせてやる"って」
「机に責任取らせてどうするの!?」
「机から始まる報復。これが私の世界征服」
「征服関係ないよね!?」
沈黙。
「……胃が痛い」
「今更!?」
「……うん。明日からレベル上げ再開だな」
ストレスも拳も、動かしてナンボ。止まったら腐る。ムダ様もそう言ってたし。
「よし。世界征服──まずは腹筋300回から始めよう」
『物語の方向性、迷走中』
「っさい!!」
別に世界なんか欲しくないっての。
でも、まぁ、あの子が笑って生きられる場所くらい……
私が殴ってでも作ってやんよ。
……なーんて。言わんけどね。やっぱ恥ずかしいし、ね?
*
ムダ様の言葉は、いつも乱暴で、でも真っ直ぐだ。
殴れって、きっと暴力の話じゃない。
"どんな過去でも、自分の意思で上書きできる"ってことだ。
親がいようがいまいが、泣き虫な魔王がいようが、関係ない。
私は、私の手で、この世界を殴り返す。
守るために。笑うために。
今日も拳を握る。
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『親は選べないが、殴るかどうかは選べる。』
解説:
血は水より濃いが、拳はそれより早い。叩け。
血縁は宿命だ。逃げられない構造だ。
けど拳には"今"がある。
過去に殴られたままの自分を、今、殴り返せる。
ムダ様にとって殴るとは、報復じゃなく更新だ。
一発で血の呪いをリロードする儀式。
親でも運命でも、ぶん殴った瞬間に「お前の人生」になる。
だから叩け。速さこそ自由だ。あと殴るとスッキリする。




