#桜011:理不尽ダンジョン点火スイッチ
「食料も尽きそうだし?
そろそろ本格的に "魔王軍っぽい" アクションを起こさないとですね……」
「うんっ☆ じゃあ今日から "世界征服" 開始っ☆」
というわけで、世界征服 ≒ 食糧調達のため、
私たちはダンジョン最深部の探索に乗り出した。
今いるのは、仮に名付けるなら【魔王の間】──
そんな雰囲気の場所だ。
この魔王の間の『ものものしい扉』を押し開け、外に出てみた。
──ギギギギギ……
扉の外には、青白く光る結晶が天井からぶら下がっていて、
地下宮殿を無理やりダンジョンにしたみたいな通路が、ずっと奥まで伸びていた。
*
ダンジョンを進んでいるとエストが声をかけてきた。
「……ねえ、お姉ちゃん?」
「はい?」
「……なんで私が前で、お姉ちゃんが後ろなの?」
コウモリが飛ぶ音が響く。
「え?
こないだまで令和のOLよ?
舗装されてない道なんて歩けるわけないでしょ?」
魔王の背中に隠れながら歩く私。
だって主従関係を考えると、エストがモンスターの前に立つべきじゃない?
そう思いませんか? ねぇ?
「いや……私を守る……感じで……
この異世界に喚んだんだけど……」
「……はぁ……仕方ないな……」
私は笑顔のまま目が死んだ顔をしたが、暗いし見えていなかったはずだ。
さらにダンジョンを進んでいくと、クマ型のモンスターがウロウロしているのが目に入った。
足音を殺しながら観察すると、腕が4本はある大型のクマ。
その毛並みは黒く、赤い目が暗闇で光っている。
(……いやベヒーモスからのクマって、敵のチョイスどうなってんのこの世界……?)
「エスト様、クマ型のモンスターが居ます!
モンスターはまだこちらには気付いていないようです!
これはチャンスです! 奇襲を仕掛けましょう!!」
私は最高の笑顔でグッと親指を立てた。
「奇襲好きだね☆」
「ええ。なぜなら──」
私は脳内でムダ様の教えを反芻する。
『奇襲はマーケティング。市場が気づく前に市場を潰せ』
「──奇襲はマーケティングですから」
私は自信満々に言い切った。
「は?」
エストの歩みが止まる。
小首をかしげて、紅い瞳が私を見つめる。
「市場が気づく前に市場を潰す。これが基本です」
さらに自信満々に胸を張る。完璧な理論だ。たぶん。
「お姉ちゃん、今何を言ってるの?」
エストの声が若干引いている。
「……知らん。でも勢いがある。勢いがあるから正解」
「ホントに何を言ってるの!?」
エストが本気で困惑している。
「……ホント私、何を言ってる?」
沈黙。
暗いダンジョンに、私たちの呼吸音だけが響く。
「……とりあえず、奇襲するってことでいい?」
エストが諦めたような声で聞いてくる。
「はい」
「……じゃあ行こう?」
エストが怪訝そうな目で見てくる。
*
「じゃあ気を取り直して! ……行くよ☆ ダークアロー!」
「了解!」
エストの掌から放たれた黒い矢が、闇の中を一直線に走った。
ギィン! と空気が裂ける音。
矢はクマ型モンスターの肩で爆発した。
ボボボボボンッ!!!!!
爆発。
視界が真っ白になる。
熱風が吹き抜け、石壁がビリビリと震えた。
「ガウウウウウウウーッ!!」
クマモンスターは叫ぶと同時に消えていた。
いや、消し飛んだ。
床に魔方陣が焼き付き、放射状に亀裂が走っている。
焦げた匂いが鼻を突く。
「は? え?」
目の前で起きた凄惨な光景に脳が追いつかない。
「あ、あれ? あれぇ? また……爆発しちゃった……」
首を傾げるエスト。
「ん……ん? ……また?今の暴発……?いつものことなの?」
「爆発する魔法じゃないのに……教科書の通りに魔法撃ったのに、失敗かぁ…」
もしかして、エスト──天才肌なのか……!?
いつもアホの子だと思ってた。
「こ、これは……ちょっと優しくしとくか……」
私は小声で誓う。強いものには巻かれよう。
「ん? お姉ちゃんなぁに?☆」
「い、いえ。ナイス魔法でした!」
*
そうこうしてると今の爆音でクマ型モンスターが更に一頭、顔を出した。
ウロウロしている。こちらに気付いていないようだ。
「チャンス!」
【スキル:《怪力》発動】
私は地面を蹴った。
前回のベヒーモスでは必死で分からなかったが、自分でも驚くほどの速さだ。
地面を蹴る感触が心地よい。
空気を置き去りにしていく。
これが鬼の身体か……。
クマは悲鳴を上げて振り向いた。だが、遅い。
「まずは──挨拶代わりに!」
私は全体重を乗せて、クマの胸元に跳びかかった。
「ドロップキィィィィック!!」
私の両足がクマの胸に叩き込まれた。
ズドォォン!!
鈍い衝撃音。
骨が軋む音が聞こえた気がした。
「ガウウー!?」
クマの身体が後方に吹き飛ぶ。
まるで糸が切れた人形みたいに、ぐるぐる回りながら。
「すまん! クマ! こっちは食糧事情がかかってんだ……!」
私はすかさずダッシュで間合いを詰める!
逃げようとしたクマの足をガシィと掴む。
【スキル:《怪力》── お腹減ったモード】
「筋肉の栄養は筋肉で取る。それが食物連鎖ってやつだ……!」
『血糖値の落ち込みが筋肉を刺激する。サクラの出力+100%。理屈はない』
「さあ次は! 必殺・関節破壊コース!」
「喰らいなさい! 私が最も尊敬するプロレスラー! ザ・グレート・ムダ様の──魂を込めた見よう見真似の──!」
叫びとともに、私は身体ごとクマの足を捻りあげる!
「──ドラゴン・スクリュー!!」
私はクマの右足を掴んで一気に身体ごと捻った。
体重を乗せる。
全身の筋肉が一つの目的のために動く。
グルンッ!! ガギィッ!!
関節が悲鳴を上げる音。
クマの巨体が宙を舞う。
(……手応えあり)
この感触、何度もムダ様の試合で見たやつだ。
そのままモンスターの勢いを利用して──
「地獄へ、ダイブ!」
ドグシャッ!!
「ガウ……ッ!」
地鳴りのような衝撃。
土煙があたりに舞う。
「お! おぉぉぉぉーかっこいいッ!!」
深呼吸。
鼓動が少しずつ落ち着いていく。
拳に残る熱が、まだ冷めない。
私は優雅に立ち上がると、倒れているモンスターを見下ろしながら呟く。
髪を後ろに流し、埃を払う。
「ふふ……戦う私は美しい……」
「うん、強い。美しいかはさておき」
「……ちっ」
*
さらにダンジョンを進んでいくと、またクマ型のモンスターがウロウロしているのが目に入った。
(……あれ? ついこないだまでファミレスでドリア食べてたのに……なんで、こんな暗いダンジョンで食料調達してんの!?)
(ファミレスと言えばメニュー裏の間違い探し……)
(あれ、毎回最後の1個がどうしても見つからないんだよッ)
【スキル:《怪力》── ファミレス間違い探しモード】
『制限時間を超えた焦燥感がサクラの筋肉を覚醒させる。出力+500%。理由:人類の業』
「ドリア冷めたじゃねーかぁッ!?」
理性が飛んだ。
気づいたら地面を蹴っていた。
ドグシャッ!!
拳がクマの顔面に突き刺さる。
「クマッ!?」
クマの目が点になる。
完全に意味が分かっていない顔だ。
気付いたらいきなりクマをぶん殴ってた。
ファミレスの恨みは深い。
「……時間返せよッ!! 間違い探しの難易度高すぎんだよッ!!」
「ガウッ!? ガウウッ!?」
叫ぶと同時にクマは地面にめり込んだ。
……ガ……ガウッ……
クマさん納得いかないまま撃沈。
涙目でこちらを見てくるクマさん。
「でもドリアとサラダは美味しくて好き!!」
「お姉ちゃん! クマさん絶対に納得いってないよ!?」
「知らん! 理不尽を食らうのがダンジョンの定めだッ!」
深呼吸。
怒りは毒だ。でも私には、それが燃料になる。
恥も怒りも理不尽も──ぜんぶ私の点火スイッチだ。
……だったら、この世界は私向けってことだよね。
──その時。
──ぽぽぽぽっ ぽぉんこっつー♪
空気が震えて、金色の光がエストを包み込む。
レベルアップのテレレレッテッテッテー♪のリズム。
「おっおっおーッ!? お姉ちゃん! レベルが10も上がったよ~☆」
エストは嬉しそうにピョンピョン跳ねている。
赤い瞳が星のように輝き、小さな手足を無邪気に動かす姿。
ふふふ……可愛い。
こうして見ると、とても魔王には見えない。
経験値の美味しい小さな女の子だ。
私のレベルは上がらなかった。
妹のアゴなら上がるのに……世界って不条理ね……
が、適当に話を合わせておいた。
「やりましたね! 私も似たような感じでした」
効率的にはエストのアゴを狙うのが良いと分かった。
そうだ! 成長したエストアゴを狙おう。
その小さな顎には、無限の可能性が詰まっている。
「どしたのお姉ちゃん? 私のアゴになにかついてる?」
「いえいえ」
(あのアゴ……世界の経験値テーブル……)
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『奇襲はマーケティング。市場が気づく前に市場を潰せ。俺、今何を言ってる? 知らん。でも勢いがある。勢いがあるから正解。ホント俺、何を言ってる?』
解説:
これは「理屈が崩壊した成功理論」だ。
ムダ様は常に"勢い"を神格化する。勢いが真実を上書きし、論理を蹴飛ばす。
その状態を「マーケティング」と呼んでいる。
つまりこれは、戦略でも哲学でもなく、熱量で現実を書き換える祈祷だ。
「俺、今何を言ってる?」という自問は、本来"混乱"のサインのはずなのに──ムダ様にとっては悟りの瞬間。
思考が崩壊して、脳が"勢いだけの生物"になる。
そこに余計な理性がない。
つまり、理屈を捨てた結果としての正気。
それがムダ様流のマーケティングだ。
勢いとは点火だ。理屈を焼き払い、世界を捻じ曲げる火だ。
……まあいいや。勢いがあるから、きっと正解なんだろう。




