#桜008:世界征服計画、開始前に魔王のアゴで頓挫の危機
「いやマジで、魔王軍所属なのにレベル100の勇者になったとか意味わからんのだけど……」
床に座り込みながら深呼吸する。深呼吸しても全然落ち着かない。
それでも目の前にはポンコツ魔王(妹)が白目をむいて転がっている。
そして《世界一タフな性格》が、勝手に発動した。
──はい、頭の切り替え完了。
「……はぁ……妹がポンコツだから、休む間もなくお世話係ですよっと……」
私はしゃがみ込み、気絶してるエストの頬をペチペチ叩いた。
「おーい、エスト様ー? 大丈夫ですかー? 聞こえてますかー?」
反応なし。
「……うーん……ダメか」
仕方ない。
「はいはい搬送しますよー」
私はズリズリとエストを布団まで引きずる。
力を込めた覚えはないのに、すごく軽い。
(……あぁそうか、これが”鬼パワー”か)
「まったく……妹になったからって、お姉ちゃんは甘やかさないからな……」
ドサッ。
とりあえず布団に放り投げた。
「……これで終わりじゃないんだよなぁ」
私は再びしゃがみ込み、エストのほっぺを両手でムニムニしながらペチペチ。
「起きろー。ポンコツ魔王ー。おーきーろー。ほっぺビンタだぞー」
「……ふにゃ?」
薄目を開けたが、まだ寝ぼけているらしい。
沈黙。
「……なんかアゴがジンジンする☆」
「はい目覚めた!! 事故です、幻覚です、夢でしたー!」
エストが意識を取り戻した。
よかった、目を覚ました……と、思った次の瞬間だった。
「ふらふら〜☆」
エストは立ち上がろうとして、ふらりと前のめりに倒れ込んできた。
「あぶな──」
──ゴンッ。
エストのアゴがヒジに直撃──
「またアゴッ」
そう言うと、静かに崩れ落ちた。
私は固まったまま、右ヒジと崩れ落ちた妹を交互に見比べた。
「………えぇ?」
そしてまた、頭の中であの嫌がらせファンファーレが鳴った。
──ぺったん ぺったん ずんどこどーん♪
【サクラのレベルが120に上がりました】
【光魔法:ライトアローを習得しました】
「………えぇえええええ?」
い……今ので倒したことになるの……?
そして光魔法……勇者……っぽいね……。
(ねぇ誰か説明して? 私の人生で遊んでるヤツいない?)
「条件どうなってんの!?」
──その時、私は気づいてしまった。
「……この子、アゴ……脆すぎない……?」
私は寝転がるエストのアゴにそっと指を伸ばした。
「……アゴ……さ、触るとどうなるのかな?」
──コツン。
「……アゴ」
エストが寝言でつぶやいた。
──ぺったん ぺったん ずんどこどーん♪
【サクラのレベルが125に上がりました】
「……上がったぁぁあああ!! どういう仕組み!?」
ちょっと待てよ。これ……連打すれば999まで行けるんじゃ?
そう思った瞬間、人差し指がぷるぷる震えた。
「……いや、やめとこ……犯罪臭しかしない……」
二十歳超えて幼女魔王のアゴ連打とか、もう人として終わってる。
◇
静かになった。
エストはまだ寝てる。
小さな寝息が、魔王城の冷たい空気を揺らしていた。
その音を聞いてたら、胸の奥がちょっとだけ痛くなった。
(この子、ほんと寂しかったんだろうな)
こんな薄暗い空間で何年もひとりで……
私がバカやって笑わせてる間、きっと怖いことだってたくさんあったはずだ。
(……守るって、こういうことかもね)
拳を握った。
殴るためじゃない。支えるために。
『天の声:いや、養分にしただろ』
「っさい! またおまえか! 事故だろ!」
沈黙。
焚き火が消えたあとのような静けさが、魔王の間の空気に漂った。
ふと、頭の中でムダ様の声が響いた気がした。
『焼肉を奢れ。皿を円形に並べろ。それが魔法陣だ。罪が消える。』
「……さすがムダ様。確かに私なら焼肉奢られれば全部許すわ……」
私は気絶したエストを見下ろして、小さく呟いた。
「……このあとは焼き肉にしよう。
って、異世界に焼肉ある?
まぁでも肉焼くのが文明だろ。つまり焼肉=文明。あるでしょ」
*
そして、エストが目を覚ました。
「……やっぱりアゴがジンジンする☆」
「夢です。幻覚です。事故です」
すべて偶然で押し通す。これ基本。
無言で見つめ合う私たち──
「そうだ! お姉ちゃんのレベル上がった?」
「ええ……まぁ……少しだけ」
誤魔化す為に「少し」なんて言ったが、実際は120。
数字だけなら化け物だ。
けどここで正直に言ったら絶対ややこしいことになる。
「おお! じゃあまたスパーリングで──」
「はい中止。ご飯食べましょう」
慌てて話題を変える。
エストの目がキラッと輝いた。
「うん! お肉!!」
再び沈黙が走る。
「……でもさっき起きた瞬間、またアゴに衝撃が──」
「夢です。幻覚です。事故です」
食い気味にかぶせる。絶対にアゴの話は広げさせない。
「そっか! ごめんなさい☆」
(よし、勝った)
『この人は20歳超えた大人です』
「っさい!!」
*
その後──。
魔王と勇者が並んで焼肉していた。
「ねぇ……これ、世界征服の食卓っていうより、ただの焼肉女子会じゃね?」
「焼肉から始まる世界征服もあるんだよー!」
「いや聞いたことないよ! ……いや、世界征服ってそういう感じでやるんだっけ?」
「兵站の確保は大事なのー」
「兵站って言葉の意味知らないでしょ?」
「ご、ご飯のことでしょ!?」
こうして魔王軍の夜は平和に更けていった。
*
『この物語、本当に征服する気あるのか?』
『だがこの日の一撃こそ、後に“魔王の致命的弱点・ガラスのアゴ伝説”と呼ばれる始まりである。正気か?この設定』
『──ともあれ。ここから“魔王と勇者のレベル上げ編”が幕を開ける』
(なんか天の声がうるさいけど、焼き肉食べてるから私は機嫌が良い。無視無視)
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『焼肉を奢れ。皿を円形に並べろ。それが魔法陣だ。罪が消える。』
解説:
俺は一回、焼肉屋で皿を円形に並べた。
店員が「何してるんですか」って聞くから、
「魔法陣です」って答えた。
「やめてください」って言われた。
でも続けた。
出禁になった。
レジ横のミントガムをいまだに忘れられない。




