#桜005:魔王軍始動!(ただしLv.1)──勇者ハニトラ提案会議(即詰み)──
世界征服を宣言した私は、早速デスクの前に正座していた。
魔王の部下として、提案書を出すのだ。
社会人経験の見せどころである。
「部下」を演じるため、まずは深く一礼。
エスト様は魔王様。敬語、礼儀、儀式、大事。
「エスト様、提案がございます」
ぺこりと頭を下げると、玉座代わりの大きな椅子に座っていたエストが顔を上げた。
「うん? なぁに?」
読んでいた本──【よいこの魔法辞典】──をぱたんと閉じて、紅い瞳をこちらに向けて微笑む。
よし、今だ。
「まずは、勇者に奇襲を仕掛けて潰します」
私は最高の笑顔をエスト様に向けた。
「ん?……えッ……?」
エスト様の目が、ぽかんと見開かれる。
戸惑いが丸見えだ。
所詮は小娘。
この発想は無かったのであろう。
知らんけど。
説明を続ける。
「勇者が強くなる前に摘む。脅威になる前に刈り取る」
私は拳を握った。
「殺られる前に殺る! つき進みましょう……冥府魔道を」
再びニッコリ笑って、グッと親指を立てる。
勝ち逃げ、先手必勝。それが私の正義。
勝てば官軍、負ければ賊軍。
正義は歴史が決める。
だから弱いうちに潰すッ!!!
「話を戻すと、『正義とは最初に殴った方に宿る!』──グレート・ムダ様の名言です」
私はゆっくりと頷き、拳を握りしめた。
沈黙。
「ムダ様って!?……ち、ちょっと待って!」
エストがわたわたと手を振る。
無視。
「さて、勇者の野郎への奇襲の件ですが、説明しますね」
「え? え? う、うん……?」
きょとんとするエストを横目に、私は話を続けた。
「──勇者を潰す気満々だっただろって思いますよね? その通りです。が、惜しいんです」
「えっ?」
私は拳をぎゅっと握りしめ、エストの目を真っ直ぐに見据える。
「……男の脳は“乳・尻・太もも”でできてる。ハニートラップで勇者を籠絡──これしかない」
エストは腕を組んで、首をこてんと傾げた。
「う、うん……?」
沈黙。
エストの目が、うっすら引きつっていた気がするが知らん。
私は意気揚々と胸を張り、ポーズを決める。
もちろん筋肉もアピールだ。
「さぁ! サクラさん式ハニートラップよ! いざ参る!!」
腰をひねり、片足を出し、謎の誘惑アピールポーズ。
※本人談:グラビアポーズ。客観的事実:ほぼマッスルポーズ。
「お、お姉ちゃん……そのポーズ、全く効果ないよ……」
エストが困惑顔でつぶやく。
「舐めるな! 小娘がッ!! この私の肉体美に不可能は無い!」
私は優雅にポーズを維持する。肩、上腕、腹筋、全部見せていけ。
「気分は……グラビアアイドル」
《天の声:違う、筋肉だ。》
「っさい!!」
「そ、それ本当に大丈夫? だれも騙せな──」
「この作戦しかないの! 世界征服はまず誘惑からだ!!」
私は必死にポーズを続ける。エストはしばらく黙ったまま、じーっと私の「誘惑」を見つめていた。
「ねえお姉ちゃん、そもそも“勇者”ってどこにいるの?」
「…………」
無言で誘惑アピールポーズ維持。
──ブンッ!
背後で、魔法冷蔵庫が元気よく稼働音を鳴らした。
「だってここ、ダンジョン最深部だし、私たちしかいないよ?」
「………………」
まだポーズ維持。
──チンッ!
今度は魔法レンジが完成を告げる。
「まず勇者探そうよ?」
「………………」
まだポーズ維持。
──ピーピー、と魔法洗濯機が洗濯終了のお知らせ。
「あと、勇者は男とは限らないよね?」
「………………!?」
誘惑アピールポーズのまま、肩だけピクッと揺れた。
遠くでピーポーピーポー、ウーウー、と正体不明のサイレン音まで聞こえてくる。何だここ本当に最深部か。
「勇者が男って決めつけるの、時代的にどうなの? 配慮の時代だよ?」
「………………。」
私は、ゆっくりとポーズを解除した。
遠くでブーン! スタタン! と、新聞配達じみた音がした。※何かは不明。
「あと、“乳・尻・太もも”の全部ない人がハニトラするのって、たぶん詐欺だよ? 筋肉で釣れるのはベヒーモスじゃない?」
ぐさぁ……。
「……やめて……今、心が砕けそうだから……」
虚ろな目でうつむく。完全沈黙。
……
そして、エストはビクビクしながら話題を切り替えた。
「あ、あのね……まずは地上に出て、魔王軍を作ろうよ。そしたら世界征服!」
(は?)
「魔王軍を作ろう? え? 今はエスト様と私だけなのですか?」
「うん」
(んー……? は? ぼっち? 怖い人いないの? よし敬語やめよ)
「なんだよー! 怖いモンスター軍団率いてたり、ドラゴンとか配下に居たらどうしよう?って思ってたわー!」
ふんぞり返る私。
「いきなりのタメ語きた!?」
エストが目を丸くする。
私はエストをじっと見つめた。
「なぁ? お茶が飲みたい」
「パシリ!? ……そ、それで……お姉ちゃんも私もレベル1だからね?」
「は?」
エストを二度見する。
(は?)
「……今なんて?」
「ダンジョンの外に出るためにレベル上げしないと……」
エストは焦ったようにウィンクしながら、目の前で斜めピース。
──次の瞬間、自分の目に指がズブッと刺さった。
「あいた!?」
「動揺してるのかな?」
沈黙。
(んー?)
「ん”? レベル1? レベル上げ?」
私は首を傾げる。
「う、うん……」
「なんで? 魔王って最強じゃないの?」
「ち、違うの……」
困ったように首を振るエスト。
「魔王なのに?」
「なのに……」
「えぇ……?」
告げられた超絶メンドくさい事実。
「あ、あれ? ここ、ダンジョンの最深部だよね? モンスターたくさん?」
「うん! 最深部! モンスターたくさん!」
(……。)
「そ、それって……詰んでね……?」
「詰め将棋の初手だよ! 頑張ろうね! お姉ちゃん」
遠くで、モンスターの叫び声が響いた。
私たちの視線が絡まる。
「勇者奇襲作戦中止。魔王軍、解散」
私はそう宣言すると、そのまま布団にダイブした。
「結成5分で!?」
「週休ゼロ日、有給ナシ、残業代ナシ……ブラックすぎ……」
布団を頭までズボッとかぶる。
「さて、魔王軍2名・レベル1、ダンジョン最深部で出口不明、世界征服計画、はじまります」
「聞こえない聞こえない……」
布団ごとゴロリと転がる。
「ちなみに外のモンスター、最低でもレベル100くらいあるよ」
「ひゃ……?」
布団の隙間から、半目でエストを睨む。
「大きいクマのモンスターとかベヒーモスが歩いてるよ」
──ズシン、ズシン。
遠くで、巨大な何かが歩く鈍い音が響いた。
「え?……は?」
私は再び、布団を深くかぶり直した。
レベル1。ダンジョン最深部。外はレベル100。
詰んだ。これで世界征服、終了。
(つづく)
──その時。
ココアの匂いが、ふわっと増した。
(……ん?)
どこか遠くで、聞き覚えのある笑い声と悲鳴が重なった気がする。
カエデとツバキ?
(……いや、まさか。ここ異世界だし)
……でも、あの二人ならやりかねない。
(……また何か始まってんな、絶対)
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『正義とは、最初に殴った方に宿る。
その後、炎上したら誇れ。それは正義が世に届いた証だ。
あと、ネットはしばらく見るな。』
解説:
世の中の正義は、いつだって"最初に動いた奴"が決める。
拳でも、言葉でも、先に放った方が世界を動かす。
「話し合おう」は理想だ。
だがムダ様曰く、それはもう"防御姿勢"だ。
正義は譲り合いではなく、奪い合い。
だから迷うな。痛くても殴れ。
その一撃が、自分の信じた正義の形になる。
そして"炎上"とは、世界がその衝撃を受け取った証。
届いたからこそ、燃える。
火がつくのは、誰かの中に火薬──感情や恐れ──があったからだ。
ムダ様はそれを称賛として受け取る。
「炎上した? なら効いたな。正義が世に響いた証拠だ」
──そして彼は、少し間を置いてこう付け加える。
『……あと、ネットはしばらく見るな』




