#椿003: パンに栄光あれ!ホーリービーム♡、今日も誤解を生む
──我が名はツバキ。闇を纏いし、灼瞳の神子。
されど世の愚かなる者どもは、我を「聖女」と呼ぶ。
聖女でないとバレたら即処刑なので、今日も必死にキャラを作って生きている。
◇◇◇
私は夢を見ていた。
元の世界で大好きだったアニメ『堕光のカイ』の主人公・カイ様と一緒に、闇の洞窟を冒険する素敵な夢だ。
「……んぅ……黄昏の紫炎に舞う影よ……時の狭間に響く我が言霊は……」
寝言が漏れる。
ふと気配を感じて目を開けると──枕元に、誰かいた。
「聖女様! また素晴らしき神託を賜りました!」
「うわぁっ!?」
飛び起きた私の目の前に、侍女のローザがいた。
朝食の盆を持ち、神妙な顔で筆を走らせている。
私の第一信者にして、世界最大の誤解者だ。
「な、何だと? 昨夜の……啓示が、汝の耳に届いたのか?」
心臓がバクバクしているが、必死にキャラを維持する。
「はい! 就寝中も枕元で聴いておりますので!」
「寝ぇッ!?!?」
思わず素が出た。慌てて咳払いをする。
ゴホン、ゴホン!
「──ふん、我が……あの……眠りの中で見た夢を……いや、眠りの底から出る啓示を……汝が聞くとは」
「はい! 毎晩、就寝の時間から聖女様の御枕元で待機するよう、大司教様より命じられております!」
「な……! いつからそんな……えっと……儀式? が行われるように……いや、執り行われるようになったというのだ?」
「ホーリービーム♡の奇跡の翌日からです!」
(プライバシー!! 私の安眠と人権は!?)
脳内で頭を抱えたくなる。
いや、もう抱えている。
「それで……私……いや我が……その……眠りの言葉とは?」
恐る恐る尋ねると、ローザは巻物を広げて読み上げた。
「『黄昏の紫炎に舞う影よ、時の狭間に響く我が言霊は──』」
「ぐは!?」
「『現世の責務とは逃れられず……うーん……あと5分……』まで」
「最後おかしいって気付こう?」
それ、カイ様の名セリフからの、ただの私の二度寝願望。
だがローザの目は真剣そのものだ。
私は慌てて中二病モードに戻す。ここで「ただの寝言です」なんて言ったら、聖女の威厳が崩壊する。
「ふん……その葛藤こそ、闇と現世を繋ぐ試練……知性なき者には理解できまい」
「素晴らしい御思索でございます!」
ローザの反応に、顔を片手で覆って隠す。
よくカイ様がやる「ククク……」のポーズだ。実際は冷や汗を拭っているだけだが。
「……闇の深淵よ、我を包め……いや、抱け、だな」
「承知いたしました! では、本日の儀式は大聖堂での説教から始まります」
「んん!? 説教!? 私が!? 何話せば!?」
「聖女様のお言葉なら、何でも!」
「責任重すぎるよ……いや、“責務”……重すぎるのだが……」
◇◇◇
そして数時間後。
私は大聖堂の演台に立っていた。
ぎっしり満員。
文字通り立錐の余地がない。
私の逃げ道も、ない。
黒装束の裾を踏んでよろけたのを、誰も見てないと信じたい。
(マジでどうすんの? 私が? 説教を? ガチで?)
不安で膝が震える。
頭の中も震えてる。何を話せばいい? 聖書の言葉なんて知らないし、そもそも宗教が違うし!
話せることなんて、今朝食べた朝食のことくらいしかない。
(……いや、もうそれでいくしかない。カイ様なら、朝食の話すら伝説にするはず……!)
「…………」
壇上から会場を見下ろす。
観客は、水を打ったように静まり返っている。
全員が、私の言葉を待っている。
(いける……いや、いく……いくしかない──!)
私は、大きく息を吸い、喉を震わせた。
降りてこい、私の中の『堕光のカイ』!
====================
……集いし者たちよ、沈黙せよ。
語る者はこの身なり。
呼ばれし名はツバキ──“異界に咲きし灼瞳の神子”。
この地に召喚されて幾星霜。
時は未だ定かならぬが、我が魂は既に多くの覚醒を経た。
汝らの“魂の器”は安寧か?
我は今朝、ひとつの奇跡に遭遇した。
それは──《神域の輪環》。
外殻は“サクリファイス・クラスト”、内核は“フワリス・エンジェリカ”。
触れし瞬間、記憶と感覚が次元の狭間で融合し、我はこの世界を一時、忘却した。
それはまさに──
“俗世の枷を断ち切る、禁断の芳醇”。
再び、あの聖なる断片を口にせし日を願っている。
されど──
何故、この世界には《沙士縛鎖麺包》が存在せぬのか。
あの甘辛の旋律は何処へ。
《暗黒の双角》も《天使の臓腑》も、未だ見ぬ幻。
これは……この世界の“喪失”か……それとも、我への試練か……。
嗚呼──
不覚……またしても“穀霊の啓示”ばかりを口にしてしまった……。
我が言霊は、今宵も暴走する宿命にあったらしい……。
──時は満ちた。
これ以上語れば、言葉は虚無となるだろう。
ここで、我が言葉を封印する。
聞き届けてくれたこと、深く感謝する。
(翻訳 :
……こんにちは、みなさん。
私の名はツバキと言います。
この地に召喚されてから、もう幾日かが経ちました。
皆さん、お元気ですか?
私は今朝、とても美味しいパンを食べました。
外はサクッ、中はふわっとしていて、ほんのり甘くて──
あの瞬間だけは、異世界だとか聖女だとか、全部忘れられました。
またあのパンを食べたいなと思っています。
焼きそばパンとかは無いんですかね?
チョココロネとか、クリームパンとかも好きなんですよね。
あっ、すみません。パンの話ばかりしてしまって。
……そろそろ話すことも無くなってきたので、ここで終わりにさせていただきます。
聞いてくださって、ありがとうございました。)
====================
──以上である。
中身ゼロ。ただの朝食の感想とリクエストだ。
しかし、振り返ると信者たちは震えていた。
「そして我らは──虚無を恐れるな!!!
なぜなら……このツバキの左目が──」
私は感極まって、つい最後のアドリブを入れてしまった。
カッッッ!!!
「あ」
ビーーー♡
ドゴォォォォォン!!!
左目から放たれた極太レーザーが、天井を直撃した。
石造りの天井がバゴンと吹き飛び、一直線に空へ抜けていく。
パラパラと瓦礫が落ち、ポッカリ空いた穴から、美しい陽光が差し込んだ。
「…………」
神々しい光に照らされた私は、ただ呆然と立ち尽くす。
静寂。
そして──爆発。
「わあああああああああ!!!」
信者たちが一斉に立ち上がり、歓喜に震えた。
「ツバキ様ー!」
「うおおおッ!!!」
「今のが、神……」
「まさにホーリービーム♡ッ!!」
熱狂の渦。
その中で、片隅にいた男がボソッと言った。
「……なぁ? 今の、ただのパンの話じゃなかった?」
「黙れ! 深淵を感じろ!!」
すぐに隣の信者に殴られて黙らされていた。
ありがとう、狂信者。
「ライブ会場みたくなってる!?」
私は引きつった笑顔で手を振りながら、心の中で安堵した。
(助かった……ビーム様々……)
◇◇◇
──その夜。
「本日の闇の説教、大成功でございました!」
自室に戻ると、ローザが満面の笑みで紅茶を運んできた。
いつもどおりテンションが高い。
「ふん……じ、序章に過ぎぬ」
なんとかクールぶって返すが、内心は冷や汗でびっしょりだ。
「それと、聖典の進捗報告です」
「……また増えたの?」
「はい! 第四章『天を貫く灼眼』が完成しました! 本日のビームの軌跡を詳細に記しております!」
「……ま、うん。すごい速い。神速。たぶん」
「さらに昨夜の分も、『黄昏の神託』として第五章に収録されました」
「……君たちは……暇なのかな……?」
私のツッコミも虚しく、ローザはキラキラした目で続けた。
「あと、“新たな儀式”が信者の間で流行中です」
「……儀式?」
嫌な予感しかしない。
「はい。“朝、あと5分だけ”と唱えることで、夢の叡智に触れるとか」
「それ……ただの二度寝だよね!?」
私が今朝、無意識に言った言葉だ。
「教団では“夢と現の狭間を行き来する神秘の旅”とも呼ばれております」
「詩的に……しないで……!!」
こうして、私の惰眠と食欲は、次々と神聖な儀式へと昇華されていく。
カメリア聖典が完成する頃には、私は人間としての尊厳を失っているかもしれない。
私は紅茶を一口飲み、遠い目をした。
窓の外には、今日も美しい月が出ていた。
(カイ様……この世界、チョロすぎて辛いです……)
(つづく)
◇◇◇
──【今週のカイ様語録】──
『黄昏の紫炎に舞う影よ、時の狭間に響く我が言霊は──あと5分。』
【カメリア聖典 第五章・黄昏の神託】
聖女ツバキ様は語った──
「現世の責務とは逃れられず。故に、魂は5分の猶予を求める」
よって二度寝は神聖なる儀式。
遅刻ではない。それは“狭間の旅”である。
ツバキ「遅刻です!!」




