#桜001:恥ずか死 ──ここから私は“ひとり”を終わらせた
──未来の私は、異世界の空を殴っていた。
……でも、今の私は──
真夜中の住宅街。
空手イケメン、ボクシング女子、そして私はなぜかプロレス構え。
三人、戦闘態勢。流派はバラバラ。風がヒュゥゥゥ……
(……なんで私まで構えてんの!?)
──その瞬間。
ワンワンッ!ニャニャッ!ガシャン!
犬が吠え、猫が叫び、どこかの窓が開き──
「もしもし、警察ですか……住宅街で三人が決闘してまして……」
おじさんの通報が響いた。
「警察はやめて!?」
私は叫んだ。
……風だけが吹いた。
「なにこれなにこれなにこれぇえ!?」
次の瞬間、羞恥心が限界を突破した。
(死ぬほど恥ずかしい……あ、これ無理)
そう思った瞬間、恥ずかしさが胸を殴った。
心臓が変な音を立てる。ドクン……ドクン……
「ゴングを……」
ドクン……
心音が途切れた。
「……にゃらせ……」
プツッ。
最期のセリフを噛んだと同時に胸のスイッチが切れた。
*
死因:恥ずか死。
……はい、笑っていい。私ももう笑ってる。
──私は“恥ずか死”した。
プロレスのファイティングポーズで立ったまま。
………………
…………
……
私は佐倉 桜。二十二歳。
ブラック企業のOL。
毎日終電、仕事の刃──無限残業編。
私にとって、社会はリングだ。
上司というヒール、納期というゴング。
唯一の救いが、深夜プロレス中継で出会った、
プロレスラーのザ・グレート・ムダ様。
私の人生の光……そして胃痛の友。
『完璧超人は孤独だ!
だが、完璧超人も胃酸には勝てない!
胃薬と共に勝利を掴め!』
私は泣いた。ムダ様も私と同じで胃が弱かった。
身の回りのものは全てムダ様グッズ。
会社で開くと“宗教?”と聞かれたけど──
「違う。これは生き様だ」
胸張って言った。誰にも響かなかったけど。
……で、問題の“昨夜”だ。
ムダ様の試合は、文字どおり“伝説”。
魂が震えた。マスカラは滝。床に黒い涙の湖ができた。
試合後、私は幼馴染のカエデとツバキにメッセージ。
『祝勝会!今日こそ語ろう、ムダ様の胃酸との戦い!』
二人の返事は、ものすごくあっさり。
『明日早いのごめん』(カエデ)
『寝る』(ツバキ)
「いいもん。一人でやるもん」
声に出した瞬間、胸の奥がちょっとだけ冷えた。
まずは、ひとり焼肉。
「じゅうじゅう」が祝砲みたいで、少しだけ嬉しかった。
向かいの席は誕生日ケーキ。私の席にはカルビだけ。
その後は、ひとりカラオケ。
マイクを握った瞬間、魂が暴れ出した。
「俺の敵は胃酸だけ〜♪
熱い魂、胸焼けと共に〜♪」
……胃薬の歌じゃない。プロレスラーのテーマソングだ。
ここまでは、完璧だった。
テンションが振り切れた私は、夜中の帰り道でアンコールを始めた。
「俺の敵は胃酸だけ〜♪」
歌い終わった瞬間──スイッチが入った。
【ひとりプロレス】の開幕だ。
「ムダ様スペシャル!
必殺ッ!ドラゴン・スクリューッ!!」
くるり、クルクル──ガンッ!!
電柱に激突。
「痛ッ!?」
オデコをさすりながら、レフェリーのカウントの真似をして電柱を叩く。
パンパンパン!
「決まったぁ!ワンツースリー!」
「勝者ぁ!ザ・グレート・ムダぁああ!!」
くるりと振り向き、ガシィッと空をつかむ。
決めポーズ。
息を吸い込み、魂の絶叫。
「……胃薬と共に……勝利を掴むッ!!」
完璧にキマった。
私史上、最高に輝いた瞬間だった。
……ほんの数秒間は。
ふふっ、と余韻に浸っていたら──
そこに“アイツら”──空手イケメンとボクシング女子の格闘技カップル。
風だけが、冷たく吹き抜けた。
(……見られてた。全部、見られてた)
血の気がすうっと引き、足が硬直する。
*
──そして、死んだはずなのに意識がある。
何故か見慣れた自分の部屋。
布団の上に座って、朝のニュースを見ている。
……でも、違和感がある。
空気が冷たくて、音が遠い。
まるで、水の中にいるみたいだ。
ピロリロリーン♪
軽快なジングルと共に、聞き慣れた音楽が鳴り響いた。
テレビの画面には、朝のニュース番組。
そして、アナウンサーが読んだニュースから地獄が始まった。
『昨夜、都内で女性がプロレスのテーマを熱唱し、
ファイティングポーズのまま立った状態で心停止。
ネットでは “令和の弁慶” や “Japanese BENKEI” と、
話題になっています』
アナウンサーの声が、笑いを飲み込んで震えた。
(……え?)
ガバッとテレビにかじりついた。
画面の右上に、SNSの反応が踊っている。
『#令和の弁慶』
『#JapaneseBENKEI』
『#恥ずか死』
「待って!! これ私!?」
スタジオが、どよめいた。
テレビの向こうで、二人のアナウンサーが固まる。
“笑ってはいけない朝のニュース”が、始まってしまった。
『ぐッ……きッ、つ、次のニュースです!
う、上野動物園で、パンダの赤ちゃんが、う、生まれました!』
『……ふ、ふふ……パ……ンダ……っぷ』
アナウンサー二人が半笑いで番組を進行する。
そして──
ポーン♪
『今日の占いカウントダウ〜ン♪』
キラキラの画面。マスコットキャラの占いが始まる。
『一位は!?A型のあなた!!
ラッキーアイテムは〜弁慶です!』
(……奇跡!!弁慶、アイテム枠!?)
──その瞬間。
アナウンサー二人が同時に吹き出し、机に突っ伏した。
──そして、画面がキレイなお花畑映像に切り替わる。
【しばらくお待ちください】
プツン。
そのまま、番組が終わった。
テレビの世界と、布団の上で固まってる私の距離が、やけに遠い。
「……。」
私は呆然とテレビを見つめた。
そして──。
「……私……放送事故を……
起こしちゃった……朝の……全国放送で……」
がくり、と膝が落ちる。
テレビからはドラマの軽快な音楽。
外からは明るい日差し。
世界はいつも通り、残酷なほど平和に回っている。
……私の放送事故だけ、取り残して。
待て。いや待って。今何が起きてる?
「……いや、でもさ……」
「令和の弁慶……Japanese BENKEI……」
(ごくり)
「……カッコよくない?」
腕を組んでドヤ顔。
沈黙が流れる。
「……いや、やっぱ恥ずッ!?」
ずこー!!と床に崩れる。
すると──
バタン、と何かが閉じる音。
テレビも空気も、全ての音が消える。
*
いつの間にか──私は知らない空間にいた。
「……ここどこ?」
心臓の代わりに、静寂だけが鳴っていた。
寒い。暗い。
“いつものひとり”の感触だけが、ゆっくりと戻ってくる。
嫌だ……。
もう、ひとりは嫌だ……。
「……ひとりは慣れた」って、何度も言ってきた。
でも、慣れたんじゃなくて──諦めただけ。
本当は、誰かと笑いたかっただけ。
闇の中、音が吸い込まれていく。
再度、周囲を見回す。
静かだ。
「……だれか?……いないのかな」
自分の声だけが、やけに響いた。
ふふ……まったくねぇ。やんなっちゃうよねぇ。
すぅ……っと大きく息を吸う。
……ぅぅぅ……まだ吸う……ッ! ぴたっ。
喉の奥に熱いものが込み上げる。
「──し、死にたくないよぉお!後悔しかないよぉおおおーッ!!」
じたばたじたばた暴れ回る。
肩で息。
(言っちゃうぞ……!!)
「ボウズヒゲマッチョのカレピッピ欲しかったよぉおおお!!」
(……よし!あ、あと! これも言っちゃうんだから!!)
顔が熱い。
本当の未練を、口にするのが怖い。
「ち、ち、チュー……」
耳たぶまで真っ赤になる。
「チュー、してみたかったんだよぉおお!!!」
両手で顔を塞ぐ。
「きゃー!!きゃーー!!
恥ずかしいぃぃぃ!!」
ドタバタ、ドタバタ!!
「あと!!SNSで港区女子ぶりたかった──」
『うるせー!!』
──え?
「……だれ?」
次の瞬間、私は叫んだ。
「今の聞いてたの!? 忘れろ!!削除しろォォォ!!」
『サクラ。お前死んだぞ。死因は「恥ずか死」だ』
「…………知ってる」
「ねぇ?」
『なんだ?』
「私……ほんと、恥ずかしかったんだよ……」
『恥ずかしい? それはお前がまだ死んでない証拠だ。
誰かと繋がってる限り、人は死なん。……だからお前はまだ終わってない。』
「今、死んだって言っただろ!?」
『お前の脳じゃ理解できんか。まぁいい』
「ディスられた!?」
『埼玉県民のお前が港区女子? SNSのフォロワー業者だけだろ』
「柔らかいとこ殴るなァァァ!!」
しん──。
……世界が、黙った。
『……魔王が今、召喚してる』
(魔……?)
「は?」
『お前の転職先は「魔王軍」な』
「魔王軍に転職? 何それ!? 令和のOLに何言ってんの?」
『とりあえず魔王のところに行ってこい』
「いやに決まってる!!」
『はぁ……じゃあ本来の転生ルートにするか?』
「え? 他にルートあるの?」
まさかの転職メニュー方式。
それなら条件の良い方を選ぶよね。
『本来の転生ルートは
【今度は異世界サバイバル!ズンドコ☆サクラさん〜ドス恋♡相撲編〜】
で、赤子で異世界に放り出す。はいズンドコスタート』
「ん?」
(……ドス恋?……相撲?……赤子で?……金太郎かな?)
一瞬、思考が白く飛んだ。
「まままっ! 魔王ーーーッ!!
早く!! 私を召喚しろぉおおお!!」
『うん。魔王のとこで頑張ってこい』
(──異世界転生、開始。)
「マジで行くの!?
待て!──待って!!
まだカレピッピチューの件がぁあ!?」
『ホントうるさいな』
「未練は叫べ。ずっとフラバするんだよ。あの焼肉が。だから叫べ。それが供養だ。──ってムダ様も言ってたのよ!」
『……誰だよムダ様』
「推しだよ!!」
『ズンドコするか?』
「……魔王様!今行きます!魔王様万歳!」
その瞬間、世界が──ズレた。
視界がぐにゃりと歪む。
足元が消えていく。
感覚が、遠のいていく。
「あ……」
消える。
本当に、消えるんだ。
そう実感した瞬間──
口から出ていた“どうでもいい言葉”が、全部止まった。
カレピッピとか。港区女子とか。推しとか。
……違う。
最後に言いたいのは、そんなことじゃない。
喉の奥に引っかかっていた、熱くて、痛い塊。
飾り気のない、本当の心残り。
「……待って」
私は歪んでいく空に向かって、必死に手を伸ばした。
「分かったから待って!
最後の……本当の未練だけ、言わせて!!」
ふざけた声じゃない。
絞り出すような、私の本当の声。
「……おじいちゃん!おばあちゃん!
私なんかを拾って、家族にしてくれて!!
本当にありがとう!私、幸せだったよ!!」
涙で視界が滲む。
もう、誰の返事も聞こえないかもしれない。
それでも、叫ばずにはいられなかった。
「届け……届いてよ!!この想い……!
会いたい……二人に!!
二人に、また会いたいぃいいいいい!!」
「……ほんとに…………会いたいよ……」
静寂が降りた。
歪んだ空間に、私の嗚咽だけが残った。
『…………伝えといてやるよ』
ぶっきらぼうなその声が、現世での最期の言葉になった。
──笑いながら、涙がこぼれた。
(……二人とも、ありがとう)
やがて世界が光に包まれる。
光の中で、ココアの香りがした。
(ココア……? おばあちゃんの匂い……)
甘い。寂しい。
──それでも、おばあちゃんの匂い。温かい。
(おばあちゃん……ありがとね……)
じんと胸が熱くなる。
でも──
(……ごめん。正直、今はネギ塩の口だわ)
(あの時のカルビ……追加しとけばよかった……)
こうして、恥ずか死した私の異世界生活が始まる。
第二の人生。
この先、何が待っているのかなんて知らない。
でも──
今度は、ひとりじゃない人生を。
……だから──これは、私が“ひとり”をぶん殴る物語。
*
(……って、なんか……落ちてない?)
「落下してるぅううう!?」
ヒュォォォオオオオ……!
(やばい! スカート!? 全空にパンツ晒してる!?
……いや、ジーンズだ!!セーフ!!
って、まずは受け身だッ!!
漫画で読んだ五点着地思い出せェェェ!?)
「ムダ様ァァァァァァァァ!!」
私は叫びながら、異世界の空を落下した。
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『未練は叫べ。ずっとフラバするんだよ。
あの焼肉が──。だから叫べ。それが供養だ。』
解説:
吐き出さなかった後悔は、一生フラバする。
ちなみに俺は18の時に遠慮したカルビが今でも夢に出る。
恥?知らん。フラバの方が地獄だ。だから叫べ。寝ろ。




