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過去のかけら

「ひかる!」

少し声を張って話しかける。段々とはっきりと見えるようになる。光がふりかえる。立ち止まる。手が震えて日傘が落ちる。線路の上で、光は、

腕から血を流しながらこちらを見ていた。

見つめあう。ビー玉のようにまんまるで、森の緑を閉じ込めたような瞳に吸い込まれて、一つになってしまうような、そんな感覚。

「………っ、ぁ」

喉がカラカラと渇いて何かが張り付いているように声が出ない。心臓の音がやけにうるさい。聞きたいことが山のようにある。なんで血が出てるの、痛くないか、大丈夫?なんでそんなめに、

全部、言葉にできない。

風が吹いて、髪を揺らす。世界がスローモーションに動いていく。木のざわめきも、蝉の鳴き声も、いつもに比べて静かに感じる。一歩ずつ、ゆっくり光に近づいていく。どれだけ時間が経ったのかが分からない。数秒のことなのか、数十分のことなのか。時間の流れが空に溶けていく。判断能力の鈍りを感じる。

光の目の前につく。俺の陰で光が暗い色に染まる。彩度が下がった瞳は焦茶色で、全てを飲み込んでしまいそうに見える。

「…たいよう」

見つめあう。指一つ動かすのも一苦労だと思ってしまうぐらいに、目が離せない。

「……………ひかる?」

やっと出せた声は死ぬ寸前の虫のようにか細いものだった。光はにへらと笑う。

「これ、父親にやられたんだけどさぁ、見た目よりも痛くないんだよね」

痛い、痛くないの問題ではないのだ。お前が、今こうやって血を流していることが何よりも心配なのだと心の中で叫ぶ。もう、誰かがいなくなるのは嫌だ。そう思った時には、身体が動いていた。

「お前が!怪我してるのが何よりも問題なんじゃアホ!何ぼけっと立ってんねん!」

リュックサックに中から水筒を取り出して、水筒の水をじゃばっと光の腕にかける。悶える声が聞こえたが聞いていないフリをする。ポケットから乱雑にハンカチを出し、丁寧に傷口を拭く。血も止まりかけだし、すぐ治るだろう。

「ねぇ、たいよう」

「……………なんだよ」

水の冷たさで頭が冷える。なんだかすごいことをしてしまった気がして、光の方を見ることができない。

「昔と変わんないね」

「は」

勢いよく顔を上げると案の定光はこちらを見ていて、目があって。俺を向かせるための口から出まかせなのではないかと思ったその時、光が目を逸らしながら言葉を発した。

「……いや、やっぱりなんでもない」

「え?……は?」

「そういえばハンカチ汚れてない?大丈夫?」

話を逸らされる気がして急いで言葉を続ける。

「ね、昔っていつ?前に会ったことある?」

「んーーー、秘密」

「え、ちょっとまって!」

その場から去ろうとする光の手を握って引き留める。一瞬驚いたような表情が見える。

「どこが昔に似てた?」

光は少し考えて、口を開いた。

「……………方言」

「……っ……ぇ」

なんで、光が知ってるんだろう。昔の俺のこと。ずっと出さないようにしてきた方言。母さんが父親のことを思い出しちゃうから、頑張って標準語にして、隠してきたのに。なんで?

冷や汗が流れる。

いつから出てたんだろう、もし母さんが聞いてたらどうしよう。嫌な思考ばかりが頭を蹂躙する頭がぐらぐらして、呼吸が上手くできているかさえわからない。どうしよう、ほんとに。

痛みで現世に戻される。手を見ると光が、少し強く俺の手を握っていた。爪が食い込んで痛みを発する。

「たいよう、大丈夫だから」

目の前が霞んで見える。安心と心配と、強い不安でぐちゃぐちゃになる。淡い焦茶色が俺の瞳を撃ち抜いて殺してくれればいいのに。この場で意識を飛ばしてしまいたい。


その後のことは、よく覚えていない。



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