左の青色
朝の課外というものは、どうしてこんなにも憂鬱なんだろう。周りに気づかれないように少し抑えながらため息をつく。正直に言って、とんでもなくめんどくさい。公立高校に入ったことに後悔はないが、課外がないところを探せばよかったと今になって思う。機嫌が悪いのを誤魔化すように左手を見つめる。昨日までにはなかった、青色の時計。光が長い間つけていたからなのか、腕なじみがよくなんだかしっくりくる。
「たーいよ!」
「うわっ」
背後からいきなり抱きつかれた反動で頭を机にぶつけそうになる。茶色で少し傷んでいる髪が耳に当たってこしょぐったい。
「おはよん」
「……ふじ…おはよう」
小学生のような驚かし方をしてきたのはふじこと藤山一。気怠く着崩した制服に、人懐っこい性格。笑うと眩しい笑顔がチャームポイント。目立たないように校則をきっちりと守っている俺とは大違いだ。
「なにしやんのん?」
「なーんもしてない」
「お、太陽おは。ふじは今日も元気いっぱいだね」
「みゃあ!おっはよー!」
そう言いながら藤山の背後からひょっこり現れるのはみゃあこと宮内真悟。少し長い前髪に四角いメガネ、机に置かれたほっそりとした指。
こんな正反対のように見える3人の仲がいいように見えるのには理由がある。
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あれはちょうど三ヶ月前のこと。
五月は体育祭の時期。林田達の体育祭は普通の高校と変わらず赤、青、黄、緑の四つのブロックに分かれて優勝を目指すというものであった。皆が血眼になって勝とうとするのには理由がある。
「優勝したブロックの生徒は一年間、学食が半額になる」という食べ盛りの学生と、その親にとってありがたい景品が待っているからだ。そうなったらもう性別なんて関係ない。どんな生徒であろうと本気で勝ちに行くので、試合はもはや戦場かというぐらいの真剣さで臨む。あの、小学生が和気あいあいとするドッチボールでさえ死を覚悟して試合に出る生徒もいる程。
「林田くん、次ドッチボールだって」
「あ、うん。……藤山、大丈夫?」
「いやぁ、ちょっと怖くってね…」
普段自分から話しかけることがない林田でも藤山の様子がいつもと違っていることに気がついていた。クラスの誰にでも話しかけ、人にとって態度を変えることは決してしない。
林田は、そういう心優しい藤山に対して好意を抱いていた。
いざ試合が始まると、やはり男だけでは手加減など微塵もない。当たったら骨でも折れるんじゃないかと思うぐらい速い球が次々に投げられていく。どんどん仲間が減っていき、残りは林田と藤山、男子生徒二人の四人へと追い込まれていた。
「ねぇ!林田くん!!なんでこんな青ブロ弱いの、っうわ!」
「俺に言われても…」
話しながら身軽に避けていく二人に少しずつ注目が集まっていった。気づけばギャラリーができていく程。
「おーい、ふじかんばれー」
「あ!先輩!あざす!」
藤山がよそ見をした瞬間、バシッという渇いた音が運動場に響き渡る。林田が藤山に当たるはずだったボールを取った音である。一ターン遅れて半ば怒号のような歓声が聞こえてくる。
「…林田くん?」
「怖いんでしょ、気をつけて」
結局青ブロックは逆転できずに負けることになるのだが。藤山の林田への好意は急上昇していた。
………女子生徒からの好感度も上がっていたが、それは置いておくことにしよう。
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「てか今日みゃあ来るの早くない?」
「いや?いつも通りギリギリ生活でっす」
そう言いながら机に鞄を下ろす宮内を見ながら、二人はあることに気づいた。待てよ?みゃあが来るってことは…………
「授業始まるくね?」
「俺は太陽と席隣だから」
「あ」
気づいた時にはもう遅い。
昨日と同じ道を、昨日よりも少し軽い足取りで歩く。ちょっと、いやかなり光に合うのが楽しみだ。また会えるように、と渡された青色が左でキラキラと光る。昨日までには無かった爽やかな時計。多分、気が緩んでいたんだと思う。同い年とはいえ、初対面の相手とあんなに話すことがあったか。否、今までで一度たりとも無い。話しかけられたら話すけど、自分からは話しかけることはさほど無い、そういう人生だった。
でも、光に対しては、何故だか話しかけたくなってしまう。
その理由はまだ分からない。
空には入道雲が立ち上っている。太陽という名に相応しく無いような日傘をさしながら、光がいるであろうあの線路に向かう。何を話そうか。どこの高校なのか、イヤホンはちゃんと持ってきたか、好きな食べ物は何か。何を話すかを呑気に考えていたら遠くに影が見えてきた。後ろ姿が見える。背後からいきなり現れて驚かせてみようか。
そういう甘い考えはすぐに打ち壊されることになることを、その時の俺はまだ知らなかった。




