第3話「珠実様、勇者との話が思ったよりも長くなる」
「そちらこそ、その大きな耳は伊達ではない様ですね。私が隠密に接近を試みて尚、姿を見せる前に気取られた経験などこれまでにはありませんでしたので……と、申し遅れました。既にご存じかとは思いますが、私はエレナ・ホワイト。先の試練により勇者として選ばれた者です」
ともあれ、そうして珠実から自身の技能を褒められた勇者……もといエレナはそれに応える様に珠実の能力への称賛を返すが、初対面の挨拶をしなかった事までは倣うつもりは無かったのかそれを途中で切り上げると、既に自らが相手にとって既知の存在になった瞬間を目の当たりにしていたにもかかわらず、自らの口から改めて丁寧に自己紹介をする。
とはいえ、発言の順序を、少なくとも当人の中では間違える等、それは「勇者」とまで呼ばれる者にしては妙に滑稽にも思える言動ではあったのだが、それが本当にその心のままを表しているかは兎も角、何を口にする時にもそれを豊かに変化させていた珠実とは対照的に、その間もエレナの表情はこの場に現れた時から変わらず、どの様な感情を抱いているかが全く想像出来ない無表情のままだった。
「いや、お主が人間にしては気配を断つのが上手いのは確かじゃが、あまり妾の事を見くびって貰っては困るのう。妾はお主が『隠密に接近を試み』ようとする前には疾うにその存在に気付いておった故、どうせなら林に入る前にはそうしておくべきじゃったな。尤も、それでも最終的な結果は変わらぬが、もう少し気付かれるのを遅らせる事位は出来ておったかもしれぬぞ」
一方、その話を聞いた珠実の方はと言えば、やはりエレナとは対照的にそれに対する感情を、則ち露骨な不満を隠そうともせず開口一番にその内容に反論したばかりか、仮にも相手が自己紹介をしたにも、そしてつい先程自身が礼儀についてサラに苦言を呈したばかりであるにもかかわらず、それに応えるでもなく相手の発言の一部への訂正に終始したかと思うと、明らかに上からの視点でエレナの行動の改善点を指摘する。
「それは失礼をいたしました。そしてご助言をありがとうございます……と言いたい所ですが、貴方の存在に気付いた事で気配を断つ事を試みたのであれば、それ以前にはその様な事を考えないのは当然の事ではありませんか?」
とはいえ、未だ自らは名乗ってもいない事も含め、仮にも助言の形を取っているとはいえその珠実の言動はお世辞にも礼儀に則っているとは言えないというか、自身がたった今苦言を呈した「相手を見くびる」という事を絶賛実行中としか思えないものであったが、それを受けたエレナは相変わらず涼しい顔をしたままあっさりと自らの非礼を詫びると、その上から目線の助言にも素直に感謝の言葉を返す……が、流石にその話に存在していた論理的な綻びには目を瞑れなかったのか、それについて至極尤もな指摘をする形で自らの行動には非が無かった旨を主張する。
しかし、その一連の、この世界にその様な概念があるかは不明だが所謂ノリツッコミの様な言動も、何処か勇者という称号には不似合いにも思えるものだったが、その様な決して堅苦しい人物ではない事を感じさせる言葉を口にしながらも、やはりというかその表情には変化は見られなかった。
「おっと、それは確かにお主の申す通りじゃな。じゃが、逆の立場だった時に妾ならば林の外からでもその存在を感知する事は容易である故、つい……な。まあそんな事は兎も角、折角曲がりなりにも自己紹介をして貰うたという事であるし妾もしてやっても構わぬのじゃが、その必要はあるか?」
一方、そのエレナのツッコミを、いや別に当人にはそのつもりは無いのかもしれないが、まあそうと取れなくもない指摘を受けた珠実は「痛い所を突かれた」という様な反応を、最早わざとらしいとさえ思える程に見せながらも、意外にも直ぐに先の言葉の誤りを自身でも認める。
が、その意外な言動に、未だ出会って時が浅いとはいえその性格をある程度は知ったサラが「謙虚な所もあるのか」と感心したのも束の間、珠実はすかさずそれを自身の感知能力の誇示へと結び付けてそう続けると、その落差に付いていけない傍観者を尻目に更に話題を変え、これまで後回しにしていた自らの自己紹介についてそう尋ねる。
いや、そんな問い掛けをする暇があるならば、相手もそうした以上は珠実もさっさと自己紹介をすれば良いのでは? とはやや遅れて何とか思考が追い付いたサラも思う所ではあったが、当然ながらそんな事は当の本人が最も良く分かっている為、要するにその質問はそれに対するエレナの答えも珠実には既に予測が付いている事を意味していた。
「いえ、それには及びません。図らずもお二人のお話を耳にしてしまった事により、貴方が何者であるかは既に存じておりますので。『妖狐』の『タマミ』さん、でしたね」
そして、何を根拠にしたのかは不明だがその予想通り、その質問を受けたエレナは直前の嫌味には一切反応せずに即答でそう答えると、続けて珠実の名と身分を口にする事でその言葉に嘘が無い事を証明する。
斯くして、傍で聞いていてかねてから気になっていた自己紹介の件についても、まあその根拠は不明なままではあるものの一応は解決し、相変わらず両者共に穏やかな口調での会話を続けている事は確かではあったが、両者の高い戦闘能力がそうさせるのか、或いは全く変わらないエレナの表情のみを目にしている為か、両者の遣り取りを珠実の後方から見ているサラは妙な緊張感というか、何となく落ち着かない様な気分を感じ始めていた。
とはいえ、そんなものを感じるだけの確かな理由には心当たりがある訳でもない事もあり、最終的にはそれを既にその圧倒的な力を実際に目にした珠実と、こうしてこの世界に於いては最も有名な、そして高名な人物であると言っても過言ではない「勇者」エレナと初めて会い、その様な自らとは釣り合わない両者の遣り取りに立ち会っている為であると判断したサラは、現状ではその会話に割り込む程の勇気などは持ち合わせていない、という事で変わらずその成り行きを見守る事にする。
「まあそうじゃろうな。ところで、先程から訊きたかったのじゃが、この様な場所でもお主は何故裸足で居るのじゃ? 危険……であるかは兎も角、足が汚れるのは気にならぬのか?」
その事を知ってか知らずか、エレナの返答を聞いた珠実はやはりそれが予測済みであった事を匂わせてそう答えるが、その時点で既にその話題に対する興味を失ったのか、エレナが最後に口にした自身の正体についての確認にさえ答えずに勝手に話題を変えると、その二つ名ともなっているエレナの「裸足」についてそう、矢継ぎ早に二つの質問を投げ掛ける。
相変わらずと言えばそれまでではあるものの、そのあまりに自由な珠実の言動には、その要因について一応は納得する理由を見出したとはいえ、抱えていた緊張感自体が消え去った訳ではなかったサラは今度こそエレナの怒りを買ってしまうのではないか、という不安を抱かずにはいられずに自らの鼓動が早まる事を感じながらその反応を注視していたが、その不安とは裏腹に今回もエレナの表情は微かにも動いてはいなかった。
「……一つ目の質問からお答えしましょう。とはいえ至極単純な話で、この状態が私自身の能力を最も発揮する事が出来る為です。具体的には、当然ながらこの状態が最も足が触れている場所の状態を良く感知する事が出来ますし、少なくとも私の場合は……の話ですが、靴等の履物を履くよりも此方の方がより上手く地面を掴む感じがするというか、平たく言えば動き易いものでして」
とはいえ、何も思う所が無かったという訳でもないのか、或いは単に珠実の質問にどう答えるかを考える為に必要なものだったのか、その質問を受けたエレナは珍しく一呼吸程の間を置いてから口を開くと、先ずはその一つ目から答える旨を宣言した上でその答えを、つまり自身が何故この様な林の中に於いてでも素足で居るのかについて丁寧に説明する。
しかし、それが予想以上に丁寧な説明だった事もあり、自らの質問への答えを得た珠実も、役得……という訳でもないが意図せず「勇者」の二つ名の由来を知る事になったサラもその説明には自然と頷く等の一定の納得を示していたが、先述の通りの文化的な背景の差があれども、その時点では両者共に共通した
思いを抱かざるを得なかった。だからと言って普通は実際に外を、少なくともこの様な林の中を裸足で歩く事にはならないだろう、と。
尤も、未だエレナは質問の一方にしか答えていない為、残るもう一方への回答によりその謎は解けるのだろう、と考えた珠実達は、いやサラの方はまた別の理由で元よりそのつもりも無かったのだが、何れにせよ両者共に特に口を挟む事も無く、大人しくエレナの次の言葉を待つ。
「そして二つ目の質問についてですが、当然ながらその答えは肯定となります。というのも、私とて一定の常識や文化は有しているつもりですので、地面そのものは兎も角としても、そこに無数に点在する物の中には不潔な、或いは危険な物がある事位は承知しておりますので」
しかし、直ぐに口を開いたエレナは特に勿体ぶる事も無く珠実の二つ目の質問への答えを口にすると、やはりというか続けてその理由までをも丁寧に説明するが、それでもその答えは珠実達の予想を、或いは期待を裏切るものだった。
というのも、一般的な感覚ではたとえ素足で居る方が動き易いとしても、当人の言葉で言えば地面やそこに点在する物の不潔さやら危険さを考えれば履物を履くという結論に至るのだから、そうではないという事は則ちエレナはそれとは異なる感覚を持っている、と考えるのが自然ではあったのだが、その説明は少なくともエレナがその「一般的な感覚」を持っている、或いは少なくとも知ってはいる事を意味していた為、にもかかわらずエレナが現在素足で居る理由は分からずじまいだったのである。
とはいえ、エレナが質問に答えていないのかといえばそうではなく、珠実の二つの質問には何れも不足無く、どころか懇切丁寧とも言える説明までをもおまけしてくれているからには文句の付けようも無い為か、元より口を挟む気も無いサラは当然としても、これまでの言動からして基本的に口さがない方である珠実もその事に対して不平を漏らす事は無かった。
「おっと。その様な顔をなさらずとも無論話は未だ終わっていませんのでご心配なく。それを理解していても尚、何故私が素足で居るのかを知りたいのでしょうが、それは極めて単純な理屈です。勇者として……という以前に戦いに身を置く者として、自らの力を十全に発揮出来ない事に比べればその様な地面の危険性や足の汚れなどは些末な問題に過ぎない……と、私は考えているだけですので」
が、その事への不満はしっかりと表情には出ていたらしく、それを読み取ったエレナはその事を指摘しつつも未だ話は終わっていない旨を告げると、別にそれを隠すつもりも無かったという事か、自身が地面の危険を、つまり素足で居る事の問題点を承知していても尚靴の類を履いていない理由を、特に惜しむ事も無くそう説明する。
しかし、そのエレナの説明により遂に全ての疑問への十分な回答が与えられた事は確かではあったが、今日つい先程までは何だかんだ平和な生活を享受して来た事もあり、仮にも正式に冒険者になった、つまりエレナの言う「戦いに身を置く者」になったとはいえ、未だ本格的な戦闘を行った事の無いサラとしては、やはり「そこまでする必要があるのか」という思いは否めなかった。
というよりも、結果的に戦闘にこそならなかったものの、実際に珠実の助けが無ければ助からなかった程の危機を味わった事は確かである為、本来であればその考えは、つまり「命の掛かった戦いへの影響を優先する」という考え自体はサラにも理解出来ない事は無い筈だったのだが、そもそもサラとしては普通に靴を履いている状態の方が走り易い上に、地面の危険や汚れを気にしながら戦闘をする方が余程難しく感じられた為に、そのエレナの話を聞いてもピンと来る事は無かったのであった。
「成程、その考えには妾も概ね同感じゃな。足の汚れを気にした結果討ち取られました、では笑い話にもならぬからの。とはいえ、見ての通り実際には妾はとてもそこまで徹底しようとは思ってはおらぬのじゃがな」
則ち、そのエレナの話は地面の汚れ程度ならば兎も角、エレナは戦闘をしながらもそれに影響する様な地面の危険を察知する事が出来る、或いは素足の状態でもそれを気にせずとも戦える手段を持っている事を意味していたのだが、それを聞いた珠実はサラとは対照的に深く納得した様子で頷くと、どうせ良く分っていないであろうサラへのサービスなのかその主張を軽く補足した上で同意を示す。
が、その両者の話の共通点を聞いたサラが「達人ともなればそんな事も可能なのか」と感心したのも束の間、良く考え……るまでもなく本来は気付いておくべき事ではあったのだが、続けて口を開いた珠実は
そう言いながら足を上げて自身の、とても運動には向いているとは思えない草履の様な履き物を示す。
つまるところ、珠実は「エレナの考えに理解を示した上で自身にはそれは不要である旨を示す」事で自身の優位性をアピールしたに過ぎなかった訳だが、ただでさえ駆け出し冒険者の自身から見れば雲の上の様な両者の前で甚だに緊張している上に、珠実特有の……という訳ではないものの、まあ少なくとも当人の周囲では一般的とは言えない言い回しにより、最早サラの理解はその発言の内容に追い付けてはいなかった。
「随分とご自身を信じておられる様で羨ましい事です。私も……少なくとも勇者と呼ばれる様になって以降は戦いに於いて後れを取った事などはありませんが、それでも未だに『裸足の』などという恥ずかしい二つ名が付いてしまう様な習慣を止める事が出来ないのは、偏に私が未だ見ぬ強敵や危機への恐怖を捨てられぬ為ですので」
一方、その珠実の不遜とも言える発言を向けられた張本人であるにもかかわらず、エレナは相変わらず余裕のある、或いは感情を表に出さない態度でそう答えると、それ故に付けられた自身の二つ名を含むその習慣を恥じる言葉を述べるが、珠実の言葉にも怒りや呆れといった態度を見せないのと同様に、その言葉とは裏腹にその羞恥の情もまたその言葉自体以外からは感じられなかった。
「別に恐怖を持つ事は悪い事ではなかろう。それを持たぬ者が淘汰された結果、地上で最も進化した生物が、もといその一端がお主ら人間なのじゃからな」
尤も、そんな事は些末な問題である……というよりも当人にとっては心底どうでもいい事なのか、その「勇者」らしからぬとも言える告白を聞いた珠実はそう即答すると、つい先程まで自身が身を置いていた世界の知識で「それ故に進化したのが人間だろう」という旨の言葉を続けようとするが、その途中で「自身が当然の様に受け入れられている=この世界には亜人の類も存在する」という推測に気付いた、或いは思い出したのか、そこに僅かに言葉を付け足してそう続ける。
が、それが良い事を、或いは尤もな事を口にしている様ではあるものの、その直前の態度との落差というか、自身を持ち上げたり相手を認めたりと今一つ掴み所のないその言動に翻弄されているのか、未だに緊張と混乱の中に居るサラは当然としても、これまでは淡々と問答に応じていたエレナもその珠実の発言には即答する事は無かった。
「ともあれ、じゃ。もう一つ尋ねたい事がある……というよりも正直に言えば此方が本題なのじゃが、構わぬか?」
尤も、世界が異なれば紡がれた歴史や形成された文化も当然ながら異なる上、同じく当然ながら個々人が持つ知識にも差異があって然るべきである為、両者共に……もといエレナにとっては単に「進化」という単語が聞き慣れなかっただとか、或いはその意外な発言に感心していただけかもしれなかったが、何れにせよそれも当人にとっては気にすべき事ではなかったのか、程無くして口を開いた珠実は構わずに再度現在の話題を勝手に打ち切ると、もう一つの疑問の存在を明示した上でそれを口にする許可を求める。
「無論構いません。何をお聞きしたいのでしょうか?」
しかし、訊きたい事があるならば、答えて貰えるかは兎も角取り敢えず口に出してみれば良いだけの話である上に、かつ当人のこれまでの言動を考えればとても遠慮などするタイプではなさそうな珠実がわざわざその様な回りくどい言動を取ったからには、自分には分からないが何かしらの理由があるのだろう、という様な事を少し立ち直った頭で考えたサラの「だとすればどの様な反応になるのか」という一抹の不安とは裏腹に、その質問を受けたエレナは即答でそれを快諾すると、迷う事無く珠実の疑問の内容を尋ね返す。
「いや、今更じゃがお主は何の為に此処に来たのか、と思うての」
すると、その意外さ故に再度混乱状態に陥ったサラを文字通り尻目に、エレナの質問を受けた珠実も先の回りくどい言い回しは本当に何だったのか、という位に同じく迷う事も無くそう即答で、一度は何故か濁していた疑問の内容を明かす。
「それは――」
「あ、私を助けに来て下さったんですよね!? ほら、盗賊に追われてるっていう話を街の人から聞いて!」
と、それもまた特に隠すつもりは無いのか、それを受けたエレナはこれまでと同様に即答でその質問への答えを口にしようとするが、今度に限ってはこれまでとは異なり、それまではずっと口を噤んでいたサラが突然珠実の背後から、位置関係的に仕方が無いもののそう大声で珠実達の会話に割り込むと、そのエレナへの質問に対し勝手に当人に代わりそう答える。
いや、両者の会話に口を挟むのは畏れ多いのではなかったのか、という事は人の心は変わり易いものだという事で措いて置くとしても、別にそんな事をせずとも今まさに問われた本人であるエレナが答えようとしていたのに、わざわざ他者が口を挟む必要などあるのかという話であり、当然ながらそうした本人以外の全員が実際にそう思っていたのだが、此方も当然ながらその行動には当人としては相応の理由があった。
というのも、一見すると珠実とエレナの会話は至極……かどうかは兎も角和やかなものであり、かつその質問も珠実の立場からすれば至極当然のものではあったのだが、それを聞いた瞬間、合理的な理由がある訳ではないものの「その答えをエレナに口にさせるべきではない」と直感的に感じたサラは、気付けば半ば無意識にその様な畏れや礼儀等の一切を一時的に無視した行動を取っていたのであった。
尤も、その直感は当人としては間違いなく「相応の理由」たり得る程のものではあったものの、ではそれを実際に言葉で説明すれば両者の納得が得られるかと言えば、客観的な根拠が無い以上はどう考えても難しいとは本人も思っている為、下手をすれば勇者と恩人の双方の不興を買ってしまう可能性は否めなかったのだが、無論そうはならない事を祈りつつではあるものの、我に返った後もサラはその大それた行動を不思議な程に後悔はしていなかった。
「……そうですね。確かに、私がこの林に来たのは貴方の仰る通り、盗賊に追われているという冒険者をを助ける為でした……が、状況を見るにどうやら遅きに失してしまっていた様ですね」
とはいえ、妖狐である、つまり自身を助けてくれた時の様な超常的な力の持ち主である珠実と、勇者として既に多くの人を助けた実績もあるエレナの話に無謀にも割って入った事は確かである為、特に珠実からは何かしらの叱責を受ける事は避けられないかもしれない。という本人の予想に反し、その意外な言動に多少の驚きはあったのか少々の沈黙を挟みこそしたものの、やがて先に口を開いたエレナはやはりいつも通りの冷静な口調でサラの言葉を肯定すると、既に珠実によって救助済みであった事を指してかそう、少しだけ声の調子を落として続ける。
「うむ。ずっと叫んでいたのに全然助けが来ずに流石に気の毒であったのでな。まあ理由はそれだけではないのじゃが、少なくとも結果としては妾が助けてやった、という事は間違いないのう」
すると、その前から、則ちサラが発言した時点から身体の向きを変え、サラとエレナの両者を左右に見る形となっていた珠実も同じく予想に反し先ずはそれに同調した後、何やらその行動には別の理由がある事を匂わせながらも、自身がサラを助けた事に関しては素直に認める。
「その事については私からも礼を言いましょう。無論単に人助けをして下さった事もそうですが、この時勢に於いて冒険者の道を選ぶとは、そちらのサラさん……でしたか、彼女もまた私と同様に人々を助けようという志を持っている様子。今はそう呼ぶには未熟かもしれませんが、未来の同志を助けて頂きありがとうございました」
とはいえ、当人も認めている事に同調しただけではあるものの、その珠実の言は要するに「お前は間に合わなかった」と憚らずに言っている様なものであったのだが、当のエレナはその嫌味にも動じずに素直にその行動への礼を言うと、それが単に自身に代わって人助けをしてくれた事だけではなく、冒険者の道を選んだサラの能力は兎も角、選択と人格は自らの同志たり得ると認めた上で、改めてその身を助けた事への礼を言う。
尤も、言われてみれば確かにそうとも言えない事もない上に、そもそもこの一連の騒動の原因を考えれば一定の正義感を持っている事も確かではあるものの、冒険者の道を選んだ事にはまた別の理由があった当人からすればそのエレナの言葉は寝耳に水に近いものだったのだが、サラはその事に一定の申し訳無さを感じつつも、他ならぬ「勇者」エレナに認められた事への誇らしさと気恥ずかしさに浸り、やや顔を伏せながら何やらもじもじとした動きを繰り返していた。
そのサラの満更でもない様子にか、或いはその原因となったエレナの言葉の方に対してか、それらを見聞きした珠実はいつもの様にその呆れ具合を隠そうともせずに溜め息を一つ吐くが、その割には特に悪態を吐く事も無く、その話に続きがある事が分かっているかの様に口を閉じたままだった。
その事に、つまり珠実の沈黙には若干の違和感を覚えながらも、一連の会話の内容や場の決して悪くはない……と少なくとも表面上は感じられる雰囲気から、やはり自身の直感など当てにはならないのか、或いは自身の行動が功を奏したのかは不明なものの、一先ず悪い予感は当たらなかった事に安堵したサラも恩人に倣って一つ息を吐いた時だった。
「……しかし、私がこの林に来た理由が今述べた通りである……つまりサラさんの救助である事も、それを代わって下さった貴方に心から感謝をしている事も確かですが、既にその身の無事を確かめたにもかかわらず私が未だ此処に残っているのは他に明確な理由が……目的が出来た為です」
身に余る言葉を受けたサラが謙遜の言葉を口にするよりも、そして何か言いたげな顔をしている割には相変わらず閉口したままの珠実がそうするよりも早く、再度口を開いたエレナはこれまでの言葉には嘘が無い事を改めて示しつつも、自身が此処に居る事にはまた別の目的がある事を、つまり当初の珠実の質問への答えはサラが代弁したものとは異なっていた事を明かす。
しかし、そのエレナの予想外の言葉に、再度先程と同様の……いやそれ以上の嫌な予感がしたサラであったが、今度は当然ながらその先を代弁出来る程に予想が付いている訳でもない……という事を措いても、先程とは異なり自身の方に向けられたエレナの視線に気付くと、とても口を挟む様な事は出来なかった。
とはいえ、別にエレナは威圧的な表情をしていた訳でもなく、そもそも実際にサラの発言を牽制する為に視線を向けていたのかも不明ではあるのだが、何れにせよその高い戦闘能力故にかエレナ自身の雰囲気そのものが既に鋭利に感じられていた事もあり、その視線に射抜かれたサラの口は既に碌に開く事も出来なくなっていた。
「というのも、私は先程気配を断っていた際……と言っても貴方には筒抜けであった様ですが、時間もあったので貴方の活躍の痕跡をじっくりと観察させて頂いたのですが、あれは見る程に目を疑ってしまう光景でした。周囲の状況から一目で何らかの炎の魔法……もとい『妖術』が使われた事は理解出来ましたが、その場には被害者の骸はおろか、装備していた筈の武具の類すら見当たりませんでしたので」
一方、珠実は状況的に当然ながらそのエレナの鋭い視線を受けてはいなかったものの、仮にそれを受けていたとしても、同じく性格的に当然ながらサラとは異なりそれに怯んだりする筈などない、つまり現状でも平常心を保っている筈であり、先の言動からして今思えばそのエレナの目的とやらにも、少なくとも薄々とは気付いている筈であったが、相変わらず口を開く事も無くただエレナの方に視線を向けていた為、その意図を察したエレナはそのまま話を続ける。
「尤も、良く見れば僅かにその痕跡が、つまり何かしらの金属の欠片の様なものが点在してはいたのですが、これはその『妖術』による炎は彼らの肉体を一瞬にして蒸発させてしまったのみならず、その装備すらも、つまり鉄等の金属ですら一瞬にして溶解……もしくは蒸発させてしまったという事でしょう。それだけの力の使用には流石に何らかの制限があると信じたい所ですが、何れにせよそれ程の熱を発生させるとは事が出来るとは恐ろしい力です。……そう、『勇者』としてはとても看過出来ぬ程に」
そして、そこまでを語っても未だ変わらぬ珠実の様子に、またも返事を待たずに口を開いたエレナは先の出来事の痕跡についての自身の考察とそれを生み出した珠実の「妖術」に対する感想を、自らの願望を混じえながらもその内容とは裏腹に淡々とした口調で語ると、最後に一連の話の核心に迫る言葉を付け足す。
しかし、流石にこの辺りまで来ればサラにもその言わんとする所には、つまりエレナの目的にも殆ど見当が付き始めていたが、未だそれが確定したという訳でもなく、何より直接の対話相手である珠実本人が未だ口を開いてすらいない以上は、既にその鋭い視線から解放されていても尚、相変わらず口を挟む事など出来なかった。
「とはいえ、私の持つ力も一般人から見れば十分に脅威となり得るものですので、たとえそれが如何程に禍々しいものであったとしても、私もその力のみを以てして判断を急ごうとは思いません。故に、こうして実際に言葉を交わす事で貴方の――」
「もう良い。先程から長々と回りくどいのう。そんなに気が進まんのならば今日の所は止めにしておいてはどうじゃ?」
そして、此方は可能か不可能かの話ではないのだろうが、相変わらず珠実の方からも返答は無かった為、最早それを待つ事も無く口を開いたエレナは更に話を続ける……が、その沈黙は当人の忍耐の結果だったのか、遂にその話に口を挟んだ珠実は開口一番にそう言ってエレナの話を強制的に中断させると、最早自身が相手の目的を察している事を既に明言していたかの様な体でそう言い放つ。
「……いえ。気は進まない事は確かですが、勇者として……いえ、自らの意思で彼の試験に参加し、それに選ばれた者として、人々の、もとい全ての生物の平和を脅かす可能性のある存在を捨て置く事は出来ません。先の炎の妖術一つだけを取っても、貴方ならばこの林を焼き尽くす、或いは付近の都市を滅ぼす事など容易い事でしょうから」
その突然の発言に、或いはその内容自体に驚いた、或いは何か思う所があったのか、それを受けたエレナは珍しく暫しの沈黙を経てから口を開くが、それが善意からのものであるとは限らないものの仮にもその形は取っていた珠実の助言を否定すると、此方も最早その目的を明言した様な体で、その理由として自らの正義と珠実という存在の脅威としての度合いを語る。
「でも! 珠実様は私を助けてくれましたし、そんな酷い事をする人ではない……と思います!」
すると、この頃には流石にその「目的」についても完全に察しており、その態度からも「気が進まない」という発言が事実だと判断したサラは、悪い予感を感じながらもそれまでは閉じていた口を遂に開いてその話に割り込むと、助けられた当人である自身の視点から珠実についてそう語る事で、自身の恩人と勇者の敵対という最悪の未来の回避を試みる。
「……そうですね。仰る通りである可能性は私も否定はしませんし、そうである事を願ってもいますが、こうして実際に本人とお話をさせて頂いた結果、私はその逆の可能性も同様であると判断しました。今回の様に誰かを助ける事も、その為に灰となった盗賊達と同様に人々の生命を呆気なく奪う事も、この方であれば何れも気紛れに行い得る、と」
だが、その決死の……とまでは言わずとも、勇者の言葉を否定するという当人としてはそれなりの覚悟を要した大それた説得にも、それを受けたエレナは一定の理解を示しこそしたものの、最終的には当人との対話を通して得た「珠実であればその逆も容易に行い得る」という分析を口にする事により、実質的にその説得には応じられない旨を示す。
「でも――」
「良い。勇者とは人を見る目も確かなものなのか、こやつは正しい事を申しておるのじゃからな」
しかし、その分析には自身も心当たりは無い事もないというか、自身を助ける為とはいえ盗賊達の命を奪った際の珠実の様子を思い出せば、それは確かに否定の出来る様なものではなかったものの、あくまであり得るという可能性の段階で自らの恩人を、いやそれに限らず一個の知能ある生命を討伐しようという判断には流石に承服しかねたサラは思わず再度の反論を試みる。
が、サラがそれを言い終える前、どころか本題に入るよりも早く、他ならぬその議論の、そしてエレナからすれば討伐の対象である珠実自身がそれを制すると、そのエレナの分析の正しさに当人の立場から太鼓判を押してしまう。
「それに忘れたか? 『強い奴が居らんで詰まらぬ』と自らを封印までした妾の前に、こうして『勇者』というお誂え向きの者が現れ戦いを挑もうとしてくれておるのじゃぞ。妾から折角の機会を奪う気か?」
その意外な言動に、話に割り込まれたサラは勿論エレナもそれぞれに度合いの違う驚きの表情で珠実の方を見つめるが、当の珠実はそれに構わず、或いはそれに応えて話を続けると、サラの方を向いて勇者との戦いは自らも望む所である旨を明言する。
「それと、お主の方にも一言申しておきたいのじゃが、勇者というものは他者を侮る癖でもあるのか? 妾ならばこの林やら都市どころか、国の一つ位であれば数日もあれば綺麗さっぱり滅ぼせるわい。何なら今から実行してみせてやろうかの?」
その言葉に対しての反応はそれぞれであったが、命を懸けた戦いを自ら望むという事への理解は難しかったのか、何れにも共通していたのは沈黙であった結果、更に話を続けた珠実は今度はエレナの方に向き直ると、その先の発言で自身を軽く見られた事に噛みついて最終的にはそう脅迫染みた質問を投げ掛ける。
「……それは困りますので、やはり私は貴方を討たねばならない様です」
尤も、珠実はそれを本気で言っている訳ではない、という事は場の全員が直感的に理解してはいたのだが、一連の言動からの推測もありその言葉の意図を察したエレナは自身の立場からそれに正直な答えを返しながら腰に差していた細身の剣を抜くと、遂に自身の目的を明言した上でその切っ先を珠実の方へと向けるのであった。




