転生先は乙女ゲームらしいがどの層への需要なのか分からない
中庭で1人の少女を囲んで見目の良い男たちがキャッキャウフフをしている。その中にうちの寄親のご子息がいないことを確認して「ッシャ!」と勝利の雄叫びを上げると、同じように観察していた奴が崩れ落ちた。あの家は宰相のとこが寄親だったはずだ。逆ハーメンバーですね、ご愁傷さま。我がボス、辺境伯の四男様は今日も元気に訓練場で剣を上下に振り回しているのだろう。無骨で堅実な人柄で大変助かります。
異世界転生したけど全く分からないゲームの世界らしい。というのを、同じく転生したらしい女が次々と恋愛イベントを起こしてるのを見て理解した。
他人事だとこんなに異常に見えるんだな……魔女の呪いとかじゃないか? あれ……。俺がそう思ってるくらいだから、俺より賢いこの世の大半のもの達はもっと警戒してるし怪しい状態なんだろうな……。
なんだか大人たちが動いてるぞ、という事が部外者の俺も肌で感じられたので、一応の確認で覗いてみたが安心安定の非攻略対象者だったらしい。自分とこの関係者、しかも自分より偉い立場の人がひっかかってたら「何故お前が止めなかった」って因縁つけられかねないからな。崩れ落ちてるクラスメイトに、「一旦家名いれて教頭に嘆願書出しとけ、あの女怪しいから調査してくれって。あのお方がこのような真似をなさるなんて有り得ない! とでも書いとけ。水とか垂らして涙の跡偽造してさ……」とアドバイスをすると、「マジ助かるありがてえ……」と拝まれた。俺もクラスメイトが連座で散ったら嫌だしさ。責任はより大きなものへ擦り付けるに限るってはなしだ。
中庭で何も知らずにはしゃいでる、たぶん同郷の人。なんで一人に絞らないんだろう。全然趣味の違う複数の高位貴族が突然同じ人間を好きになったら異常すぎる。実際、なにかの呪法とか使ってそう……。
「エッホ エッホ」
「おうどうした淑女、走るな走るな」
廊下の端から友人が鈍足で走ってくる。マナー講師にバレたら自前の鉤爪で八つ裂きにされる所業だぞ。あの人のネイル、あれこそがこの世の全てのマナーに反してると思うんだがなぜ許されているんだろう。
くりくりの金髪をほわほわと揺らしながら、異性の友人は俺の前に駆け込んでくる。彼女なりの最速なのだろうが、普通に歩いた方が速そうだ。
「ああ~~! ロイル様、お宅でシルクのハンケチを量産していただきたいんですのよ~」
「ドレスシーズンからズレてるから可能だが、契約書は家に頼むよ。幾らくらい必要なんだ?」
「300枚ほど! 出来ればひと月以内に!」
「刺繍を考えると無茶が過ぎるな」
「いいえいいえ、刺繍は必要ありませんの。無地の白いハンケチを300枚! お代はこの位で……」
「なんの悪巧みだ?」
ペラリと出された計画書に提示された金額は、特急料金を抜きにしても割高だ。無地なら生産も問題ないが、どうして必要なんだ?
「わたくしの下僕に持たせますのよ、もうすぐ必要になりますからね。稼ぎ時ですわ~!」
「一切分からないがここを濁すということは貴族的なアレだな?」
「うふっ!」
あら素敵なウインク、可愛いね。まあよくわからないけどこっちも損をしない契約だろうから、一筆書いて家に連絡しておく約束をして見送った。
そんなこんなであれから1ヶ月。元同郷の人(仮)が断頭台の露と消えました。魅了の術を使ってたらしい。嘘かもしれない。複数の権力者に睨まれたらこうなる。
俺はパンフレットに書かれている彼女の経歴を見て、男爵家の娘と聞いていたけどまさかの養子だとはじめて知った。ということは平民では? その立場だと学園へは生徒ではなくて下僕の立場じゃないと入れないはずだが、彼女は一体なんだったんだ。迷い込んだ猫みたいな存在だったのかな。あの制服も随分改造してると思ったが、コスプレだったのかも……。
人々の笑い声が響く中、顔見知りと挨拶をしながらあちこちを見て回る。処刑はイベントなので刑場の少し外では出店が並ぶし大道芸人がいるし、教会の聖歌隊が歌っていて通行人がうっとりと聞き入ったりしてる。
俺もソーセージマルメターノを食べ歩きしながら処刑を終えたばかりの刑場を散策して、婚約者殿がここに居てくれたらなあとちょっと寂しい気持ちになったりした。彼女は俺より3歳年下だからまだ学園には入学出来ていないのだ。手紙のやり取りだって、辺境すぎて中々届かない。新聞社の速達便を使えば三日で届くが、冒険者経由の通常便だと10日はかかるしたまに配達人が賊に襲われて届かないこともある。手紙自体は魔法が掛けられているから受取人以外が開けると爆破四散して開けた奴ごと木っ端微塵になるから問題は無いけど、入学した時に速達便使いすぎて家に高額請求来てからお母様直々に次やったら殺すと言われてんだよな……。死にたくはないからな……。
考えながら歩いていると、長蛇の列が続いているゾーンに入った。ここら辺は出店がなくなって、あるのはこの列だけだ。俺の目的はここなので、気にせず進み続ける。
「並んでくださいまし~~! 先着400名ですわよ~!」
「使用人の方は右の列に! 直接購入は左の列へ!」
「買えた買えた!」
「早く帰ってばあちゃんに渡そう!」
友人とその下僕がハチマキを巻いてハンカチを売り捌いている。そんな八百屋みたいにハンカチ売る人初めて見たが、通り過ぎる幼い兄弟は嬉しそうに飛び跳ねていて微笑ましい。
「おつかれ」
「あら、ロイル様! ごきげんよう! ガッポガッポですわ~!」
「げへへ、今日で1年分稼ぐでヤンス」
「下品なフィンガーサインと今まで使ってなかった謎の語尾をやめろ」
親指と人差し指で丸を作り指を擦り合わせる友人と、真顔のまま聞いた事のない口調を出す彼女の下僕がいる。今日も元気そうでなによりだ。
高貴な方の使用人達はなにかの書類にサインをしてすぐに去っていくが、平民たちは木綿のハンカチを次々に購入していった。こっちはうちで作ったやつではないから、他の家とも契約したのか。ということはシルクの方は高級商品扱いなんだろうな。
断頭台から滴る血をつけたハンカチは次々と買われていく。そういえば、罪人の血って縁起物だったな。俺も欲しいと言えば「特別ですわよ♡」と普通に金を取られた。特別にこの場で渡すという意味だったらしい。しっかりしてる。
「病避けになりますので身につけてくださいまし。洗ったら効果が落ちますわよ!」
「炎避けにもなりますので、その場合は家屋の床下に埋めてください」
「最近乾燥してるからな、炎避けで使うとするよ。これ向こうで売ってたやつ、良かったらどうぞ」
2人に焼き鳥と鈴カステラを渡してさようならと手を振る。朝から働いていて食べる暇も無かっただろうから、これで少しでも体力を回復させて欲しい。
友人とその下僕は「ありがとうございますわ~!」「大変ありがとう助かりの極みです」とニッコニコで受け取ってくれた。へへ、良いんだって。俺たち友達だろ。
もう少し暗くなったら花火も上がるらしいから楽しみだ、処刑って楽しいな。月イチくらいでやってほしい。
いったいどんな乙女ゲームだったんだ……? この世界……。
俺
異世界転生した記憶があるけどあまりにも薄らなので妄想かなと思いつつ生きていた。辺境に領地を持つ田舎貴族だがシルクの生産地なのでドレスメーカーが多く、流行の生まれる場所として栄えている。年下の婚約者は宝石鉱山持ちなので、ふたつの領地で流行の『全て』を掌握しようと誓いあってる。ラブラブ。
友人
小柄で金髪くりくりの可愛らしい印象の女性。刑使の家系で家族の仕事の手伝いをしている(処刑補助)稼げる時に稼ぐスタイル。
友人の下僕
左目が義眼の青年。なんでもやるしなんでも食べる。稼げる時に稼ぐスタイル。
たぶん同郷の人
乙女ゲームの世界に転生したと思って違法魔女(対価さえ貰えば何でもする人の法の外の者)から魅了の術を貰ったが、対価を「なんでもいいから」といった為に今後全ての幸いを対価として奪われてなんやかんやして死んだ。どんぐりひとつでも『対価』ならそれで済ませてくれる魔女だったのにヘタこいたね。