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君は私

 少女は足を止め、煩わしそうにこちらを向く。


「…………どこにあるの?」

「目の前の建物だけど」


 それを聞いた少女はふん、と鼻息を鳴らす。


「そうだったんだ。じゃあ早く行きましょ」


 特に驚くこともなく言った少女は、家の角を曲がって表口の方へと向かう。エリュは慌てて柵から飛び降りると、少女の方へと駆けた。

 追いついたエリュは、少女の隣を歩く。


「ちょっと待ってよ」

「なに?」

「いや、聞きそびれたんだけど、前に記憶持ちの友達がいたの?」

「その話? いたよ」

「この世界に記憶持ちって珍しいの?」

「まぁ、珍しいんじゃない? でも、全然いないって訳じゃなくてたまに出てくる」

「そうなんだ」


 少女の話を聞いてエリュはほっと安堵した。

 今聞いた話が事実ならば、記憶持ちであることは開示しても問題なさそうだ。


「ところで君ってこの村の人? 記憶にある限り、あんまり見たことがない気がするんだけど」

「え? そうだね……一応この村の住人かな?」

「そうなんだ。じゃあ、引っ越ししてきたばっかりとか?」


 エリュの質問に、少女は小さく微笑む。

 それをエリュは《肯定》ととった。


「そうなんだ。そう言えば、まだ自己紹介してなかったね。俺はエリュ。エリュ・アドミス。よろしく」

「そう。よろしく、エリュ」


 少女はそう言いながら、家の正面の角を曲がった。そのまま、玄関の方へと少女は直進する。彼女の方から自己紹介をするつもりはなさそうだ。


「待ってよ。君の名前は?」

「私?」


 質問の意図は分かっているはずなのに、少女は困った顔をする。そして、足を止めると数秒黙り込んだ。


「……言いたくない」

「なんで?」

「言えない事情があるの。聞かないで」


 その言葉には、強い拒絶が含まれていた。どうやら彼女の身分は随分と特殊らしい。

 実名を呼べないのであれば、仮の名を付けるしかない。


「……じゃあ、他の呼び方でも良いのかな? あだ名みたいな感じで」

「あるなら聞くけど」

「そうだね……じゃあ、ゴンザレス」

「ぶっ飛ばすよ」


 素早い回答が返ってきた。言葉には多少の怒りが混じっている。


「一応聞くけど、なんでゴンザレス?」

「……思いついたから?」


 それを聞いた少女は大きなため息を吐いて、首を横に振った。


「分かった。エリュにはネーミングセンスがない訳ね。それじゃあ、レーンって呼んで。この国に住んでいる人間なら一番一般的な言葉でしょ?」

「ん? そうだね?」


【この国に住む人間なら一番一般的な言葉】と言われても、エリュにはその辺りの知識がない。だからレーンの言いたい意味は理解できなかった。

 しかし、『レーン』という名はそれなりにハマっている。だから特に違和感を抱くことなく頷いた。


「いい名前だと思う。よろしく、レーン」

 そう言って、エリュはちょうどたどり着いた自宅のドアを開いた。


「それじゃあ入って」

「ええ。お邪魔します」


 レーンは礼儀正しく言うと、そのまま土足で家の中に入ろうとした。


「ちょいちょいっ! 靴を脱いでよ」


 エリュの家は土足厳禁だ。なぜなら、この家はフィーネとの二人暮らしには大きすぎる。土足で生活すると、掃除が大変なのだ。

 しかし、一般的な村人の生活方式と違う事を強要されたレーンは静かに首を横に振った。


「……無理。靴を脱げっていうなら魔法は教えない」

「ええ。困るよ。土が入ったらお姉ちゃんに怒られる」

「大丈夫。私が土足で上がっても家は汚れない」

「それって、魔法的な?」

「そう。そんな感じ。だから気にしないで」


 意地でも靴を脱がなそうなレーン。

 エリュは諦めて自分だけ靴を脱いだ。


「分かった。もし汚れてもバレる前に掃除するし気にしないで」

「別に気にしてないけど、早く部屋に案内して」

「あ、うん。分かった」


 妙にドアの方をチラチラと見てレーンはエリュを急かす。急かされたエリュは、階段を登って自室へレーンを招いた。

 自室に着くと、レーンは先行して部屋に入り、エリュの部屋を興味深そうに見回す。


「ここがエリュの部屋?」

「そうだけど……なに?」

「いや、女の子にしか見えない外見と違ってちゃんと男の子してるんだって思って」

「……自分で言うのもなんだけど、よく男って分かったね。あっさり部屋に招かれるし、もしかしたら女の子だって勘違いされてるかもって思ってた」


 普通、初対面の男の子の部屋に女の子が招かれるという事態はなかなか発生しないだろう。そう考えたら、同性同士と勘違いしていたと考えたほうが納得できる。

 しかし、そうしたエリュの考えた方をレーンは鼻で笑った。


「間違えることなんてない。あなたが隣に来た瞬間から、男の子って知ってたよ」

「そ、そう? なら、ちょっと嬉しいかも。記憶にある限り女の子扱いばっかりされてきたから」

「その容姿なら仕方がないかもね」


 レーンはエリュの体を頭から足まで眺めて頷いた。


「って、それはどうでもいいの。早く鏡の前に立ってくれる?」


 レーンはそう言って、エリュの部屋に飾られた全身鏡を指差す。エリュは何の疑問も持たずに鏡の前に立った。


「立ったよ? それで?」

「鏡を見て。そして、その鏡に映っている自分を自分と認めるの」

「それだけ?」

「いいから。さっきも言ったけど、昔の友達で実証済みだから」

「う~ん。わかった」


 あまりにも単純な解決方法に拍子抜けしたエリュは、モヤモヤとした気持ちを抑えて鏡に向き直った。

 ──やはり、女の子のように見える。

 自分の体に対する違和感を覚えていたところにレーンが近づいてきた。そして、エリュの背後に立った。


「その鏡に映っているのが君。女の子にしか見えない金髪の男子。その小さい手も小さい体も声も顔も容姿も全部君のもの」

「う~ん。それは分かってるんだけど……違和感は晴れないかなぁ。別に前世の姿を覚えてるって訳でも無いんだけど」


 そう言うと、レーンは呆れたような息を吐き出した。


「それじゃあ、鏡に指を指して『君は私』って千回くらい言って」

「それ、ゲシュタルト崩壊させるやつじゃ……いや、この場合は問題ないのかな?」


 エリュがそんなつぶやきをしている間にレーンはエリュから離れた。そしてエリュのベッドに勝手に腰を掛けて読書を始める。

 その姿を見て、他に方法はないと悟ったエリュは自分が映っている鏡を指さした。


「君は私、君は私、君は私」

 ◆ ◇ ◆ ◇


 何時間経っただろう?

 気がつけば、鏡に映る窓の風景は夕暮れだった。

 長時間、立ち続けて鏡に話し続けたせいで足が痛い。それに喉もカラカラだ。だが、そんな身体状況とは関係なく、口は自動的に動いて「君は私」と連呼していた。


「君は私、君は私、君は私」


 その言葉を発した回数も軽く千回を超え、二千回に達そうとしたその時、パタンと本を閉じるような音が耳に届いた。


「エリュ、もうそろそろやめて良いんじゃない?」

「君は私、君は私、君は私」

「ちょっと?」

「君は私、君は私、君は私」

「あの……冗談はやめてくれる?」

「君は私、君は私、君は私」

「…………壊れた?」


 困惑半分、焦り半分と言った表情で、レーンは鏡を指さすエリュの顔を覗き込んだ。彼女が見たエリュの瞳は虚ろに濁っていた。

 同じ言葉を呪文のように繰り返すエリュは、壊れているように見える。


「ご、ごめん。ちょっとやりすぎたかも。謝るから意地悪やめてこっち向いてよ」

「君は私、君は私、君は私。君は私、君は私、君は私」


 流石に不味いと思ったのか、レーンはドアの方へと駆けてこちらを向いた。


「ちょっと待ってて! す、すぐに助け呼んでくる」

 そのままレーンは音もなく部屋を出て行った。

 しばらくして、地鳴りのような足音と共にエリュの部屋のドアが勢いよく吹き飛んだ。


 それは、誇張的表現という訳ではない。文字通りドアは吹き飛んでドアの残骸が部屋に飛散した。

 それでもなお、エリュは鏡を指さして祝詞のように同じ言葉を繰り返していた。


「君は私、君は私、君は私」

「エリュ⁉」


 フィーネの悲鳴に近い声が部屋に響く。すぐさまエリュは鏡を指していた手を掴まれ、勢いよく引き寄せられフィーネに抱きしめられた。


「な、なんでこんなことになっちゃったの⁉ しっかりして。エリュ~!!」


 半泣きのフィーネの胸の中でガクガクと揺さぶられるうちに、エリュの口はようやく止まった。同時に、猛烈な虚脱感が体を襲い、エリュは意識を手放した。


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