不思議な少女
「……うるさい! 聞こえてるッ!」
今までこちらを見もしなかった少女が突然、凄まじい剣幕でエリュの方を向いて叫んだ。それを受けたエリュは、ビクッと体を震わせた。
「ご、ごめん。あまりにも反応がなかったから」
「だったら普通引き下がらない?」
不快そうな表情を浮かべて少女は言った。
「うるさくしたのはごめん。でもほら、さっきまで魔物の襲撃があったし、危ないかなって」
「小規模な襲撃ならたまにあるでしょ? 大規模な襲撃じゃないし、大丈夫だよ」
「……そうかもだけどさ」
「じゃあ話はおしまい」
話を切り上げて少女は手元の本へ視線を映そうとした。だが、その途中、エリュが持っているアイシュタルクの魔導書で視線が止まった。
そして、初めてエリュの顔を興味有りげな瞳で眺めてきた。
「……ねぇ。もしかして魔法使えるの?」
「え? ううん。まだ使えない。でも、これから練習しようかなって」
「そう……ちなみに魔力値は?」
「え? 魔力値? 知ってるの?」
「知ってるって何? 鑑定魔法で才能を調べてないの?」
(鑑定魔法っていうのがあるんだ……それじゃあ、お姉ちゃんもそれを見て俺に才能が無いって言ってたんだな)
エリュは、《鑑定魔法》が女神から与えられた《鑑定の力》と同種と判断し、先ほど見たものを答えることにした。
「え~と。Iのゼロ」
それを聞いた瞬間、少女は落胆した様子でため息を吐く。
「じゃあ、魔法の才能ないね。剣術の勉強したほうがいいよ」
それだけ言うと、少女は読書に戻った。
しかし、エリュはその場から離れず少女に質問をぶつけることにした。
「ねぇ。どうやったら魔法って使えるの?」
「…………」
放った言葉は少女の耳をすり抜け、木々のさざめきに飲まれて消えていった。
少女は人形のように動かない。
反応を待っていたエリュは、諦めて少女の隣に腰を下ろした。
「じゃあ適当に試してみよっかな」
エリュは、アイシュタルクの魔導書を開いて、先ほど読んでいたページの途中から読み進めることにした。
「魔法とは、普段は使われていない魂の根源に眠る力の源を人間の生活に役立てるために生まれた。魂の余剰エネルギー(以後魔力と呼ぶ)を使いこなすには、まず自身の魂を知覚しなければならない……か。なるほど」
魔導書の冒頭には、前置きとして数ページに渡り、魔法と魂の関係について長々と書かれている。エリュはそれらを一時間かけて読了した。
残りのページには、実際の魔法の発動の仕方などが記載されているが、初歩的な知識を詰め込んだエリュは、ふっと息を吐いた。
「なるほどね。魔法を使うには、魂が体に馴染んでいないといけないのか。そうしないと、魂から出てきた魔力を肉体が使えないから」
エリュは空を仰ぐと、視線を隣に向けた。
少女は一時間前と変わらない恰好でそこに座っている。
どうやらエリュが隣にいるからと言って、この場を移動するつもりはないようだ。それを見て、エリュは嫌われている訳ではないと理解した。
「とにかく」
エリュはそこで言葉を区切って前置きだけ読み終えた本を閉じる。
「俺の魔力がないのは、前世の記憶を持った魂が肉体に馴染んでないから。この体にはやっぱり違和感があるし、その辺りが上手く魔力値がゼロの理由かも」
理由が見えてきたエリュは満足して何度か頷いた。
だが、すぐに問題にぶち当たる。
「う~ん。結局魔力を練るにはどうすればいいんだろ? この本には初歩的すぎる部分は書いてないみたいだし……」
そう言いながら、エリュは浮かせた足を子どものようにパタパタと振る。
大人が見れば無駄に思える子供らしい動作を自然と行ってしまうのは、前世と今世の統合が進んでいる影響だろう。だが、それでも魔力を練ることはできないようだ。
「なんとかできないかな~。要は、この身体に馴染めばいいんだよね~」
隣に少女がいることも忘れて一人呟いていると、少女がエリュの方を向いて口を開いた。
それは少女にとっておおよそ、一時間ぶりの発音だった。
「エ……あなた、『記憶持ち』なの?」
「エ?」
「……ちょっと噛んだだけ。それよりどうなの?」
「えっと……何が?」
エリュが首を傾げると、少女は焦れったそうに眉を寄せた。
「だから、あなたは記憶持ちなのかって聞いてるの」
「えっと……記憶持ちって?」
「前世を記憶を持った人を指す言葉。それで?」
「あ~」
ようやく言葉の意味を理解したエリュは言葉に迷う。前世の記憶を持っていることを伝えてもいいのか分からないのだ。
伝えることにより、エリュの想像していないような事態に発展する可能性だってある。
しかし、しばらく迷った末にエリュは正直に答えることにした。この少女に嘘はつきたくない。
「前世の記憶はあるよ。っていってもついさっき思い出したばっかりだし、前世の記憶も今世の記憶も穴だらけなんだけど」
「今世の記憶がないの?」
「まあ、一部ね。生活するのに影響はないと思う」
「そう」
短く言葉を切った少女は、考え込むような素振りを見せる。
しばらくして少女は顔を上げた。
「じゃあ、記憶持ちのあなたは、女神様から魔法の才能を与えられたってことなの? じゃないと魔力値がゼロなのに練習しようなんて思わないでしょ?」
「うん。そうだね。だから魔法は使えるはず」
エリュの言葉を聞いた少女は、ニヤリと口角を上げた。
「面白いね。だったら魔法を教えてあげる。それに記憶持ちに魔法を使わせる方法も知ってるよ。ちょっと荒療治だけど、昔友達にも試したから効果は保証する」
「ほんと? じゃあお願いっ」
エリュの言葉に少女は頷くと、音もなく立ち上がった。そして、歩調を合わせることもなく、先行してどこへと向かう。
「それじゃあ、あなたの家に行こう」
「ちょ、ちょっと待ってよ。俺の家知ってるの?」
少女は足を止め、煩わしそうにこちらを向く。
「…………どこにあるの?」