騙し討ち──牢獄へ
◆ ◇ ◆ ◇
「んっ……ここは──」
目を覚ますと、エリュは全く知らない場所にいた。
「ろ、牢屋⁉」
慌ててエリュは牢屋の檻を掴んで前後に押してみる。
しかし、牢には施錠がされており、ビクとも動かない。
「……どうしてこんなところに」
状況が掴めないエリュは深いため息を吐いた。
そして、左斜め先の牢に視線を向けた。視線の先の牢には、高級そうな服を着た細身の男性が座り込んでいる。長い時間牢屋にいるのか、顔の原型が分からないほど無精ひげを蓄えている。
だが、目元や肉体の引き締まり方を見るにまだ二十代だろう。
「すみません。あの~?」
エリュの声を聞いた男は、顔を上げずに口を開いた。
「……ふむ。目を覚ましたか。何をしたか知らないが、運がなかったな」
彼の話し方や態度からはそこはかとなく、強者の雰囲気を感じ取れた。
かと思えば、突然陽気な様子でケラケラと笑いだす。
「お前も不幸な奴だな。その混乱の仕方、大方、お前も無実の罪で捕まったんだろう?」
「そんなポンポン無実な人が捕まってるみたいな言い方……ここはどこなんですか?」
「見たら分かるだろう。牢だ。それも極悪な犯罪を行ったと判断され、極刑を待つ者の特別な牢だ」
「いっ⁉」
エリュの引きつった顔を見てせせら笑った男性は初めてエリュに視線を向けた。
「怖がる必要はない。ここにいる大半の人間はお前と一緒だ。もちろん疑われるようなことはしただろうがな」
「──疑われるようなことなんて……」
と言って、エリュは考え込む。
思い当たる節はいくらでもあった。
一つ、王族であるセレスの失踪の幇助──と思われても仕方がない行為。
二つ、王家の秘密──死者蘇生の書の存在を知ってしまった。
三つ、セレスの服装──身ぐるみを剝がされた後のように見えるセレスの姿は、エリュに襲われた後だと誤解してされてもおかしくない。
「……ご、誤解だぁ! どうにかしてセレスから誤解を解いてもらわないと!」
「お前、第二王女と知り合いなのか?」
「え、ええ。セレスとは誤って落ちてしまったドラン大森林深部で三日間で共に生き抜いた仲です」
そう言った直後、男性は感心した様子で頷いた。
「この世の地獄と呼ばれるあそこで生き残ったとは──だったら、なんとか連絡を取り合って逃がしてもらえ。王女様が口利きすれば、逃がしてもらえるだろう」
「あなたはどうするんです? 口ぶりから察するに無実じゃないんですか?」
「俺はいい。お前とは別口でちゃんと逃げる予定だ。ただ、残念ながら、他の連中は無理だろうな。後ろ盾もコネもない貴族ばかりだ」
そう言って、男性は視線を他の牢獄に向けた。彼の視線の先には、エリュ達の他に閉じ込められた人間が男女問わず監禁されていた。
それぞれ、抵抗する意思など無くなってしまったようで、ずっと壁を見ている。
「最初は暴れるんだ。だが、だんだんと気力を失っていく。飯もほとんどなく質素だからな。肥え太った貴族連中には堪えるものがあるんだろうな」
「……ひどい。なんでこんなことを?」
「それは現騎士団長アイリーンに聞け。まぁ、あいつは極度の男嫌いだ。あらゆる犯罪や被害を男のせいにする。特に女が被害にあった場合はそれが酷い。騎士団長のみに与えられた権利を行使して強引に男を有罪にする。逆らうやつはみんな牢の中さ」
「なんでそれを知っているんですか?」
「俺があいつとの団長の座を争って負けたからだ。その結果がこれさ。関係ない罪を着せられて極刑だ」
おどけた様子で男性は肩を竦めた。
ふざけたようにも見えるが、笑い事ではない。
「なんでそんなめちゃくちゃな奴が国の騎士団の団長なんかになってるんですか?」
「アイリーンってやつは、俺なんかよりよっぽど見かけの人当たりがいいんだよ。戦闘力は俺の方が高いが、武力で勝って人情で負けたというところだな。だが、可哀そうなやつでもある。あいつは元々、貴族の娘でな。父親の策略によって政略結婚に充てられた。そして、その相手方が相当のクズだった。だからアイリーンはそこを逃げ出して騎士団に所属した。ちなみに相手方の貴族はそこにいるぞ」
そう言って、男は遠くの牢を指さした。エリュの牢からはギリギリ見える程度の位置だったが、相当奥まった場所に閉じ込められていた。
「ここに入ったら極刑なんですよね? なんで生かされてるんですか?」
「元が貴族だから簡単には処断なんてできないさ。それに、じっくり痛めつけて自白と謝罪をさせたいんだろうよ」
男はそう言ってから暇そうにあくびをした。
「しかし、お前みたいな女の子を檻に閉じ込めるなんて、あいつにしたら珍しい。よっぽど機嫌が悪かったんだろうな」
「俺は──その、男……です」
「なに⁉」
息を呑んだ男はじっとエリュを見て腹を抱えて笑い始めた。
「くははははっ! なるほど、そういうことか。色々繋がったよ。そりゃ、お気に入りのお姫様に男の手垢が付いたら怒るわな。こりゃ死刑じゃなくて私刑って感じだ」
「……じゃあなんですか? 俺が捕まった理由は、セレスと一緒に居たことが原因?」
「弁解の場を与えられていないならそうだろう。どうだ? めちゃくちゃな奴だろう?」
「はい。まともな法があるなら何かしらの罪で捕まって欲しいです」
「まぁ、それは無理だな。なんせアイリーンを団長に決めた最後の一押しは、お前が良く知っているセレス第二王女が行ったからな。まだ子供とはいえ、バッグに王女がいる以上、あいつの立場は不動さ」
「せ、セレス⁉ 何してるんだか……」
「あぁ。本当にな」
心の底から同意した様子の男は、何度も首を縦に振る。
「いちごのクッキーだって旨いだろ。あれで俺に票を入れないのはおかしいよなぁ」
その言葉に妙な違和感を覚えたエリュは、訝しんで口を開く。
「え……あの。団長の選定ってどうやって決めたんですか?」
「ん? 基本的に騎士団の中で多数決投票をして決める。その中で選出された人間を国王に認定してもらう、というのが基本の流れだ。だが、幸か不幸か俺とアイリーンの票数は完全に同じだった。だから、最後の一票をたまたま騎士団の本部に訪問していたセレス王女にお任せしたんだ。そしたら『私の好きなものを持ってきて! 持ってきた方に投票する!』というもんだから、俺はいちごのクッキー。アイリーンはリュナンの実を持って行った……結果は俺の敗北だ」
心の底から不満なのか、男は首を横に振った。
「……すごいバカみたいな方法で団長って決まったんですね」
「あぁ。よく考えてみれば、騎士団の拠点にセレス第二王女がいるのがおかしい。あの時点で俺は嵌められていたのかもしれない。最後の一票は国王に頼むべきだった。」
そう言って後悔した様子で男はため息を吐くと床に寝そべり、再び口を開いた。
「まぁ、そんな過去のことはどうでもいい。俺は──今日脱獄する。こんな俺でも慕ってくれる部下がいるんだ。そいつに協力を依頼した。脱獄後は北のブリシアという街で自由にさせてもらうつもりだ。お前も脱獄に成功したら北に来い。俺の剣術を教えてやる」
「剣術ですか? 教わることなんてないと思いますよ? 姉に教わっていたので」
「俺は国の剣術大会で優勝している。お前の姉よりも剣術は上手いだろう。秘伝の技だってある。お前が弟子になるというなら、教えてやっても構わない。覚えられるかは別だがな」
「秘伝の技? かっこいい!」
エリュはキラキラと目を輝かせた。
実直でお堅い剣術ばかり学んできたエリュにとって【秘伝の技】というのは、砂漠にあるオアシスのように魅力的だった。
期待と興奮に胸膨らませるエリュを見て、男は満足したようで一度だけ頷く。
「まぁ、興味があったら来てくれ。ドラン大森林の深部に落ちて生き残ったと言うお前なら良い弟子になる。俺としても教え甲斐があるってもんだ」
そう言って、男は何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ。まだ名前を教えてなかったな。俺はベルクだ。もちろん本名は別だが、脱獄後は昔の名前は使えない。ベルクという新しい名前だけ覚えていってくれ」
「分かりました。色々と近辺の整理ができたら、絶対に行きます。その時には、秘伝。教えてくださいね」
「あぁ。お前が習得できるかは別だが、教えてやろう」
ベルクはそう言うと口元を押さえて大きなあくびをした。
「それじゃあ俺は寝る。夜遅くに動かないといけないからな」
その後、すぐにいびきが響き始めた。
エリュはそのいびきをBGMにして、今の自分の状況をまとめることにした。
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エリュ・アドミス
総合戦闘ランク:C
力:E(F61→E109)耐久:E(F79→E139)器用:E(F89→E134)
敏捷:E(F91→E129)魔力:S(A364→S634)
《使用魔法》
【初級炎魔法】【初級水魔法】【初級風魔法】【初級土魔法】【初級光魔法】【初級闇魔法】
【中級炎魔法】【中級水魔法】【中級風魔法】【中級土魔法】【中級光魔法】【中級闇魔法】
《才能》
【魔力・魔法技能成長上限なし】【剣術】【気力付与】【聖力付与】【自己洗脳】【シスコン】
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「うわっ……めちゃくちゃに伸びてる……ひょっとして、今の俺って強いかも。これなら万が一のことがあれば、強引に脱獄できるかも──あの女神像みたいな護衛が無ければいいなぁ」
そんなことを呟きながらエリュは眠りへと落ちた。