走馬灯
◆ ◇ ◆ ◇
「エリュ。次に教える魔法は汎用魔法としては、最強と言われてる魔法。尋常じゃない魔力と才能を求められる、ごく一部の人間にしか使えない魔法だよ」
「ねぇ。俺さ、今中級魔法使えないのに、中級魔法を勉強する意味ってあるの? もっと魔力を高める訓練とかするのかと思ってた」
「前にも言ったかもしれないけど、中級魔法に必要なのは才能と魔法に対する造詣の深さ。才能と勉強ができれば習得できるレベルなの。だからエリュは色々な魔法を勉強しないといけない。いつか中級魔法が使えるようになった時、勉強した魔法が身を守ってくれるから」
「わかった。教えてよ。その最強って魔法を──」
エリュの言葉を聞いてレーンはにっこりと笑うと、咳払いをした。
「要約すると、音速を超える速度で万物を吸い込む不可視の穴なんだけど、想像つく?」
「……掃除機みたいな? いや、ブラックホール的な?」
「? エリュは時々よく分からない事を言うね。ブラックホールってなに?」
「え、う~ん。光すら引き寄せる超重力の惑星……かな?」
「へ~。そういうのがあるんだ。まぁ、イメージとしてはそんな感じだね。ただ、こっちの魔法は光を吸い込むほどには強くないよ。でも音は吸い込むから周囲の空間は無音になる。そんな魔法」
「なるほどね。イメージは付いた」
「じゃあ、詠唱を教えるね──っとその前に」
レーンは突然言葉を区切ると、にやりと笑った。
「最近、家に帰ってからも魔法の練習してるよね? 部屋の中で」
「っな、なんで知ってるの?」
「秘密。でもこれから教える魔法は絶対に練習しないように」
「……何で?」
「間違って発動したら──村が滅ぶから」
ゾクっと恐怖にも似た感情がエリュの体を支配する。
しかし、レーンは落ち着いた様子で口を開いた。
「詠唱は──」
◆ ◇ ◆ ◇
覚悟を決めたエリュは、大地を踏みしめた。
同時にエリュの体から爆発的な魔力が放出され、空気中の魔素が渦を巻いてエリュに向かって集まってきた。本来不可視の魔素は、高濃度に凝縮され、白い光を放つ。
今のエリュは、光に包まれた神々しさを放っていた。
「闇夜を統べる暗黒の混淆を願い給う。世界の調律を飲み込む万象の定理よ、世界の歪みとなりて現出せよ! すべては黒でも白でもない真の闇へと還る。無限の虚無の中で揺れ動く運命の糸を断ち切り、比類なき崩壊をもたらせ! 《混沌暗渦》」
その瞬間──音が消えた。
とてつもない暴風が、女神像の真後ろに向かって吹き荒れる。
魔法の発動者であるエリュは、そのバリアのようなものに守られ影響を受けていないが、広場の周囲の装飾は砕け、破壊されて不可視の穴へと吸い込まれていく。
神聖な神殿前は、あっという間に数百年の時間を経たようにボロボロになっていく。
そして──
女神像は背後に発生した引力に引き寄せられていく。その表情は混乱と恐怖に入り混じった顔つきで、必死に抵抗しようと地面を踏み込んでいる。
だが、それも数秒が限界で、あっという間にバランスを崩し、あっけなく不可視の穴の中へと落ちていった。
「……終わった──」
ボロボロになったエリュは、脱力して地面に座り込む。
一秒・二秒・三秒。
時間が経過して、エリュは気がついた。
「あれ? 魔法が終わってない──指定した対象を吸い込んだら終わるって聞いたのに」
エリュは慌ててふらつきながらも立ち上がった。
「なにが──」
言葉を言い終えるよりも前に、不可視の穴から巨大な手が出現した。
それは、地面に指を突き立てると、ゆっくりとした動作で穴から這い出てくる。さながら筋肉の削げ落ちた不死者のような動きだ。
しかし、ゆっくりと確実にそれは這い出てくる。
「そ、そんな……これでもダメなんて」
エリュは恐怖で後ずさった。
その瞬間、穴から這い出てきった女神像は、エリュに向かって一気に走ってきた。
「っ──‼」
悲鳴をあげる間もなく女神像の接近を許してしまったエリュは、女神像の振り上げた足に蹴り飛ばされ、宙を舞った。
体から噴き出した血しぶきが、宙でバラのように舞い一瞬幻想的な光景を生み出す。
だが、蹴られた方のエリュはそれどころではない。
全身がバラバラになったと錯覚する痛みが走り、神殿の入り口に聳え立った巨大な壁に全身を打ちつけた。
「あがっ!」
吐き出すように言葉を吐いたエリュは、ずるずると壁に沿って地面に座り込んだ。
女神像の一撃は確実にエリュに致命打を与えた。
体を動かす気力すらないエリュは、怒り狂った様子で迫る女神像を眺めることしかできない。
そうしている内に、女神像は神殿の前の階段を大股で跨ぎ、エリュを掴んだ。