エリュ、命がけの戦い
洞窟を出てから二時間後。
少し迷いながらもエリュたちは鳥居の前にたどり着いた。
先日来た時と何も変わらず、鳥居の境界線には膜が張っているのが見える。
「お~っ! これが鳥居? おっき~ぃ」
とセレスは興奮気味に駆け出して、鳥居の中へ向かって飛び込んだ。
「あっ! 危ないっ」
エリュが声を上げた時には、既にセレスは鳥居を潜っており、鳥居の向こう側からエリュの方を不思議そうに見ていた。
「え……通れてる。本当に王家の血が必要だったのか……」
呟きながらエリュは恐る恐る鳥居の境界線に手を伸ばす。
拒まれると思っていたが、既にセレスが通過しているおかげなのか、エリュの手はあっさりと鳥居の境界を通過した。
「通れる……」
エリュは恐る恐る一歩を踏み出すと、一瞬で周囲の景色が変わった。
つい先程までエリュたちは森の中にいたはずだ。そして、鳥居の道も森の奥深くへと伸びていたはずだ。
しかし、今目の前に広がる鳥居の道は、空高い天空へと続いていた。
「なんだ……これ」
「うわぁっ。すごく綺麗だね!」
セレスは興奮した様子でトタトタと鳥居の道を進んでいく。エリュはその後ろを体調の悪そうなレーンと一緒に進む。
「本当に大丈夫?」
「……うん。でも──もう限界かな。そろそろ覚悟を決めないと」
「そこまで無理するなら手を貸すよ?」
「大丈夫──もう少しだけ、時間が欲しいから」
レーンは疲弊した声色で言った。そして、歩く速度を早めて鳥居の道を進み始めた。
それから十数分後。
鳥居の道を進み続けたエリュたちは、上空に浮遊する巨大な広場へとたどり着く。そこは、全長百メートルを超える巨大な神殿だった。
神殿の前にはこれまた大きな広場が作られており、広場の中央には三十メートルを超える巨大な女神像が立っている。
「なんか、あの像の顔、見たことあるな……鳥居の時点で察してたけどやっぱりここは記憶持ちが作ったんだなぁ」
「なにしてるのっ? 早く着いてきて~」
家に帰れることに喜んでいるセレスは、満面の笑みで神殿の内部へと駆けていく。その姿をエリュは遠目に眺める。
しばらくそうしていると、奇妙な違和感を覚えた。
「……なにか、誰か見てる?」
周囲を見渡しても誰もいない。だが、確かに見られているという感覚だけが肌にまとわりつく。
その不快感を取り払おうと周囲を見ていると、レーンはエリュを置いて先に神殿の背部へと入っていった。
「……気の所為かな」
そう呟きながら、エリュはなんとなく顔を上げた。
「──いっっ!!」
顔を上げたエリュと女神像の目が合った。
「⁉ さっきまで、鳥居の方見てたよね……き、気の所為じゃなかったのか」
エリュは後ずさりながら神殿の方へと向かう。
そして、十分に女神像との距離を取ると、一気に駆け出した。
同時に、ゴゴゴゴゴゴゴゴッ──
と巨大な石が擦れるような音が響いた。
「気の所為気の所為気の所為!!」
何度も叫びながら神殿の中へ向けて駆ける。
なにやら後方からドシドシと巨人が歩くような音が聞こえる。
「気の所為気の所為!」
足音が近づいてきている。
神殿の入口まであと十段程度。
「気の所為気の所為気の所為!!」
叫びながら最後の階段を踏み込んでエリュは神殿の入口へと飛び込んだ。
だが、神殿の内部に入り込む直前、突如巨大な壁が降ってきた。
「うわわわわっ!」
慌ててブレーキを踏むもスピードは落ちきらず、壁にぶつかってエリュは階段を転がり落ちる。そのまま階段の一番下まで落下した。
「いたたたた……」
打ち付けた後頭部を抑えながらエリュは、降ってきた壁の方を見た。
「……手」
巨大な壁だと思ったものは、動いて近づいてきた女神像の手だった。
右手で神殿の入口を封鎖し、顔はこちらに向いている。工芸品のような女神の顔は邪悪に歪んでいた。
「気の所為……じゃない」
エリュが呟くのと同時に、女神像は立ち上がって有無をいう暇もなくエリュに向かって右足を振り下ろす。
その瞬間、エリュの思考よりも先に口が動いた。
「《風迅避》」
魔法で吹いた風によって押し出されたエリュは、通常の物理法則ではありえない挙動で飛びのく。そのまま広場の端まで移動すると、改めて女神像を見た。
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侵入者撃退用ゴーレム
総合戦闘ランク:S
力:S542 耐久:S535 器用:A392 敏捷:B315 魔力:S482
特徴:宗教的要素を詰め込み、ゴーレム像単体が一つの教会として機能している。そのため、ゴーレム像には微小な女神の力が宿っており、神殿を守るための強力な防衛装置となっている。
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「侵入者撃退用ゴーレム⁉ な、なんで……。セレスと一緒に入ってきたのにっ」
助けを求めるようにエリュは神殿の方を見るが、人影どころか外の異変に気がついた様子すらない。それどころか、神殿の入り口は地面からせり上がってきた石扉によって逃げ場を閉ざされてしまった。
「なら、倒すしか無いのか……」
エリュは自らの頬を叩くと、女神像を睨んだ。
女神像はエリュに対峙して、余裕綽々な様子でエリュを見下ろしていた。気のせいか、無機物であるはずの女神像に意思のようなものを感じる。
恐らくそのように作ったのだろうが、対峙している側からしてみれば、女神像が向けてくるねっとりとした視線は気持ちが悪い。
エリュは腰に差していた剣を引き抜くと、小さくため息を吐く。
「剣は使えないな」
そう呟くと、女神像の方へ思いっきり剣を投げつけた。飛んでいった件は綺麗に弧を描き、女神像の脚部にぶつかるが、硬質な女神像の体はあっさりとそれを弾く。
剣はそのまま明後日の方へと飛んでいき、地面に突き刺さった。
その様子を女神像は視線で追っており、エリュの方は見ていない。
「今しかないっ──世界を覆う光よ。我が渇望に応え、すべてを穿つ槍と化せ《破光槍》」
エリュは女神像を一撃で破壊するつもりで、固い障壁を張っていた鳥居の門すら破壊した一撃を放った。
エリュの頭上に召喚された光の槍は、凄まじい速度で飛翔すると、女神像の胸に直撃する。
しかし──パリンッ。
薄いガラスが割れるような音と共に、エリュの放った槍は砕けた。残った女神像の胸には傷一つ付いていない。
「……嘘だろ。全然効いてない」
エリュは思わず後ずさる。だが、後ろに逃げる場所はない。
一見、神殿は空に浮いており、広場は吹きさらしのように見えるが、開けた広場の周りには透明な障壁が張ってある。
そのため、宙に浮いた広場の外に飛び降りて逃げる事もできない。
「くそ……どうすれば」
結界の外を見て嘆いた直後、エリュが立っている場所を足形の影が覆った。
「っつ‼ 《風迅避》」
踏みつぶしを反射的に回避したエリュは、再び女神像から離れた場所へと移動する。
「あの巨体で足音消せるのか……全然気がつかなかった」
肩を激しく上下させながらエリュは言うと、ヤケクソになりながら再び右手を頭上に持ち上げる。
「破光槍ッ!! 破光槍ッ!! 破光槍ッ!!」
三度の詠唱を連発させるが、全ての攻撃が無慈悲に砕かれ、はじけ飛んだ。
「く、くそ……全然効かない」
嘆くように呟いたエリュを見て、女神像はあざ笑うように笑い、わざとらしく大きな足音を立てながら直進してくる。
「っ……」
直進してくる女神像の前を横切ってエリュは走る。だが、歩幅がまるで違うため、全力で逃げてもあっさりと追いつかれる。
そして今度は頭上から拳を振り下ろしてきた。走り続けて息を切らしたエリュは、ギリギリまでそれに気が付かない。
「やばっ!」
迫りくる拳に気がついた次の瞬間──
「ぐああっっ──!!」
エリュは地面に叩きつけられた拳の余波で、ゴミのように吹き飛び、激しく地面を転がった。
幸運だったのは、奇跡的に拳がエリュから少し逸れ、直撃を免れたことだ。
そして不運だったのは、転がった先が角の尖った階段だったことだ。
「っぐああああ!」
勢いに任せて階段の角に体をぶつけたエリュは悲鳴のような絶叫を上げた。
「う……ぐあ」
痛みで視界がチカチカする。
それでもエリュは地面に手を突き、よろよろと起き上がった。
そうして顔を上げると、女神像はエリュの眼の前で足を持ち上げていた。まるでトドメと言わんばかりにゆっくりと、しかし確実にエリュを狙っている。
そして、勢いよく足が振り下ろされた。
未だに立ち上がれないエリュは、ふらふらとしながら呪文を唱える。
「……風迅避」
その途端、しゃがみ込んだ状態でエリュは風に押されて吹き飛んだ。
当然の結果!!」
激痛に声にならない悲鳴を上げて、顔をしかめる。だが、それでもなおエリュは立ち上がった。
女神像の方は、先程勢いよく足を振り下ろしたせいか、脚部が砕けている。だが、修復機能が存在しているのか、ゆっくりと脚部の破損が修復されていくのが見えた。
「…………か、勝てない。クソッ。ゴールまであと一歩なのに!」
絶望するエリュを前に脚部の修復を終えた女神像が迫ってくる。
その瞬間──走馬灯のように過去の記憶が蘇ってきた。