一体いつから?
そこに『名もなき者ここに眠る』と掘ってエリュは帰路へと付いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ただまー。なんか鳥居見つけたぞ~」
拠点となる洞窟の中に入ったエリュは、それぞれ別の方を向いて横わたるセレスとレーンを見た。どうやら二人の間に会話は一切無かったようだ。
「なんか、二人って仲悪いよなぁ……」
この数日間、セレスとレーンが直接会話をしているのをエリュは見たことがない。そこに妙な仲の悪さを感じていたエリュは小さくため息を吐いた。
そして幸せそうによだれを垂らして寝ているセレスの方へと近づいた。仮にも王家の血を引いている少女は、あまりにもだらしなかった。
「これが一国のお姫様か……この国も終わりだな」
呆れたように呟いたエリュは、セレスの肩を揺らした。
「おい。起きろ~」
「うみゅっ……まだぁ~」
(こっちが命がけで探索してたのに、なんでこんなにぐっすり寝てるんだっ)
わずかに怒りを覚えたエリュは、セレスの肩を少し強めに押した。すると、セレスは口をむにゃむにゃと動かしながら目を開く。
だが虚ろな瞳がエリュを移した途端、彼女は飛び跳ねるように起きてエリュの懐に飛びついた。そして、甘えるようにエリュのお腹に顔を埋める。
「よ、よかった! 帰ってきたっ」
「ちょ、ちょっと? 寝ぼけてるの?」
「違うよ! いつまでも帰ってこないから心配してたんだよ!!」
「その割には寝てたような……まぁいいや。なんか鳥居みたいな物見つけた。多分転移門だと思う」
エリュの言葉を聞いたセレスは、エリュの懐から顔を離すとキラキラした目でエリュを見た。
「本当に見つかったの? 帰れるの?」
「たぶんね。でも確証がないからセレスに聞きたいんだけど、鳥居みたいなやつが転移門でいいの?」
「……鳥居ってなに?」
「え……あーそっか。知らないよね」
前世の知識をもとに例を出したエリュは、自分の発言が伝わらないことに寂しさを覚えながらも適当な石を拾って土の上に絵を描いた。
鳥居を書くのに要した動きは三つ。縦線を二つと横線一つ。
至ってシンプルな絵だ。
それを書き上げたエリュは、自慢げに書き上がった絵をセレスに見せつける。
「まぁ、こんな感じの建物だね」
「ふーん。絵、下手くそだね」
「……う、うるさい。とにかくこんな感じの建物だよ。これがどこまでも並んでいるんだ」
「入ったの? 帰れた?」
「ううん。障壁みたいなものが張ってあって入れない」
そう言うと、セレスは思い出したように手を叩いた。
「そっか。多分王家の血がいるんだ」
「急に血統主義?」
「そうじゃなくて、隠されてるのは王家の秘宝だから、通れるのも王族だけなの。あと、この鳥居? 多分転移門じゃなくて、死者蘇生の書を隠す神殿に繋がる道だと思う。明日、一緒に行こ! 私がいたらきっと中に入れるよ!」
「そういうことなら是非。こんな地獄さっさと出よう」
エリュは洞窟の隅で寝たきりのレーンの姿を見て、決意を固めた。
◆ ◇ ◆ ◇
──シャクシャク。シャクシャシャク。
果実を齧るような心地の良い音が響く。
音が気になって目を覚ます。
周囲を見渡してみると、朝日が差し込む洞窟の暗がりの中でセレスが隅に丸まって何かをしていた。
本人は隠れているつもりのようだが、頭隠して尻隠さずと言った感じだ。特に彼女は丈の長いジャケットとシャツしか着ていないので、大分ギリギリという感じだった。
「……セレス?」
声を掛けると、ビクリっと飛び上がるようにセレスは身体を跳ねさせた。その後セレスは、何かを隠すように無言でその場にうずくまる。
「なにしてるの?」
怪しい行動に訝しんだエリュは、慎重に彼女の方へと近づく。
一歩。二歩。三歩。
ゆっくりと近づき四歩目。足元でグシャリと何かを踏んだ感触がした。
エリュは足を持ち上げ、何を踏んだのか確認する。
「リュナンの実の芯?」
ポツリと呟いたエリュの言葉にセレスはビクッと震える。それを見て、エリュは彼女がこっそりとリュナンの実を食べていることを確信した。
「……もしかしてお腹すいてたの?」
「…………」
渋々こちらを向いたセレスは気まずそうにエリュの方に顔を向ける。だが、目線はエリュには向けずにそっぽを向いていた。
「今日、脱出するなら良いかなって……」
気まずそうにセレスは言う。
だが、尚もモグモグと口に入ったリュナンの実を頬張っている。
「そう言えば、うちの村に来たのもリュナンの実が目的だっけ?」
「う、うん。大好物なの。最高級のリュナンの実って焼けたパンに乗せたバターみたいな味がするんだよ」
それなら焼けたパンにバターを塗れば良いのでは、と一瞬思ったが、野暮なことを言うのはやめた。
「ふ~ん。それじゃあうちの家のリュナンの実はそんな味がしたってこと?」
「うん。爺やが言うにはそうみたい」
「なるほどね……でも、今日脱出するからって、全部食べないで欲しいんだけど」
「ぜ、全部は食べてないもん。まだちょっと残ってる」
「ちなみにどれくらい?」
「半分」
「そ、そっか」
エリュは平静を取り繕った。だが、おそらくセレスから見れば、エリュがドン引きしたのは察せただろう。
「まだ余ってるんだからそんなに怒らないでよ! はいっ!」
逆ギレしたセレスは、食べかけのリュナンの実を突き出してくる。
十歳半ばの王女様が食べかけた果実。
どこかの市場では、ある一定の需要がありそうな一品だが、まるで欲しいとは思えない。
「いらない」
「いいからっ。はいっ!」
有無を言わせない勢いでリュナンの実を押し付けてきたセレスに根負けしたエリュは、仕方がなく受け取って手のひらにそれ(リュナンの実)を乗せる。
「う、ん……」
エリュは助けを求めるように洞窟の隅で寝ているレーンの方を見る。だが、彼女はまだぐっすりと寝ている。
仕方がなく食べかけのリュナンの実を地面に置いた。
「ちょっ! なんで地面に置くの⁉ 勿体ないじゃん!」
「皮の方を地面に付けてるから大丈夫だよ。それにこれ食べたら間接キスじゃん。俺こんな顔だけど一応男だよ?」
言うが早いか、地面に置いたはずのリュナンの実は光の速さで消滅した。
そして、セレスは地面においたはずのリュナンの実を持って、エリュをジロッと睨みつける。
「そ、そういうのはまだ早いからっ!!」
「まだ早いってなに?」
「う、うるさいっ!」
顔を赤くして怒鳴ったセレスは勢いよく立ち上がり、不機嫌そうにズカズカと足音を立てて洞窟の出口へと歩いていった。
「……なんで怒ってるんだよ」
ポツリと呟いたのが聞こえたのか、セレスは不機嫌そうに振り向いた。
「早く行くよ! 鳥居ってところに連れてって!」
「わ、わかったよ」
エリュは立ち上がると、地面に寝たままのレーンの側へ移動した。
「レーン。起きて。転移門らしきものを見つけたんだ。疲れてるのは分かるけど移動しよう」
「ん、ん……? え……なんて言った?」
「だから転移門っぽいものを見つけたんだ。今から行くから一緒に行こう」
「……わかった」
のっそりと上体を起こすと、レーンはゆっくりと立ち上がる。
よく見れば、レーンの顔色は酷く悪い。土気色に近い色でどう見ても病気を患っている。
「だ、大丈夫? 肩貸そうか?」
レーンは静かに首を横に振る。
「約束は守って……私は大丈夫だから」
「触っちゃダメって約束……こんな状況でも必要なの?」
「必要だよ──もういいから行こう」
レーンはぶっきらぼうにそう言うと、ふらつきながらも洞窟の入口へ向かって歩き始めた。
彼女の背中を見て、エリュは呟いた。
「いつから体調が悪かったんだろ……」
レーンの姿を見てからすぐに動く気になれなかったエリュは、ぼーっとレーンが洞窟を出るのを眺める。
しばらくして、洞窟の入口からセレスが大きな声を上げた。
「エリュ~。早くしてよ」
「分かった。今行く」
これ以上セレスたちを待たせない為にエリュは小走りで洞窟の入口まで走った。
「おまたせ、それじゃあ行こう。こっちだよ」