ソルジャーゴブリン
◆◇ ◆ ◇
拠点となる洞窟を出てから一時間後。
エリュたちは周囲の木々の二倍程度大きな巨木を発見した。
その間の出来事は色々あったが、それらの出来事はセレスの才能に記載された【アホ】というのを証明するような出来事ばかりだった。
一番酷いのは、セレスがはしゃいで角の生えた岩の上に飛び乗ると、それは魔物だったときだろう。見るからにただの石ではないと分かる石だったので、流石のエリュも頭を抱えた。
結果的には逃げ出せたのだが、巨木を発見したときにはもうヘロヘロだった。
「はぁ……あれが、リュナンの木かな?」
「そうだね。私が上から見た木と同じ。ほら、木の上の方に実がついてる」
レーンがそう言った後に、セレスがぽかんと口を開いてリュナンの木を見上げた。
「本当だ~。リュナンの木っぽいね」
セレスはそう言って、パタパタとリュナンの木の幹へ向かって駆け出した。その後ろを追うように歩いていたエリュは、違和感を覚えて足を止めた。
「何か……見てる?」
チクチクと刺すような視線を感じたエリュは、周囲を見回し、そして上を向いた。
「っ!!」
上を向くと数十匹のゴブリンが木の枝に沿うようにして潜んでいるのが見えた。
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ソルジャーゴブリン
総合戦闘ランク:B
力:C210 耐久:C232 器用:B311 敏捷:C272 魔力:A439
特徴:魔法は使えないが魔力値が高いのが特徴。基本的に群れで行動しており、集団行動をしている場合の総合戦闘ランクはA相当となる。また、強力な竜と強力関係を結んでいる場合があり、その場合はSランク相当の警戒が必要となる。
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「嘘だろ……セレス、ストップ!」
視認できた情報を見て警戒心を高めたエリュは、慌てて先行したセレスの手を引っ張る。
止められたセレスは、ご飯をお預けされた犬のように不満げにエリュの方を向いた。
「なぁに? なんで邪魔するの?」
状況に気がついていないセレスにエリュは顔を近づける。そして、ゴブリンに気が付かれないように小さな声で語りかけた。
「木の上にゴブリンがたくさんいる。木の下に行ったら殺されるよ」
その言葉を聞いたセレスは、反射的に息を飲んで上を見た。
「きゃ、きゃああああああ!」
「せ、セレス! 静かに!」
悲鳴を上げるセレスの口を抑えたが時は既に遅く、ゴブリンたちは攻撃姿勢に移行した。どうやら弓を持っているらしく、一部のゴブリンは矢を構えてエリュたちを狙う。
「セレス! 近くに隠れてて!」
エリュはセレスを逃がすため彼女の背中を力強く押して、木から離れた場所で様子を見ていたレーンの方に走らせた。
その直後、エリュの足元に複数の矢が突き刺さり大地は穿たれた。
矢が突き刺さったのは、エリュのつま先数センチの場所。どうやら、ゴブリンはエリュを怯えさせて楽しもうとしているようだ。
「……そりゃ、せっかく来た餌を逃がす訳ないよね」
そう呟く間にも、エリュを取り囲むように全方位に矢が突き刺さる。しかし、エリュは取り乱したり命乞いをしなかった。
それをつまらなく思ったのか、ゴブリンたちを包む空気は一気に変化する。
標的にされているエリュもそれに気が付き、その場を飛び退いた。その直後、エリュの立っていた場所に矢が突き刺さり、不自然に大地が凹んだ。
「もうお遊びは終わりかな……」
そう呟いた直後、着弾した矢が赤く発光していることに気がついた。
「はっ?」
あまりにも唐突の矢の変化に焦ったエリュの体は硬直してしまう。
なにかマズい気がすると思いながらも、焦りが体を支配し瞬時に動けない。金縛りにあったように固まったその僅かな隙に地面に突き刺さった矢を中心に──爆発が起きた。
「っ──うああああああっ!!」
爆発に巻き込まれて吹き飛び、大地を激しく転がりながら滑った。
そして、強い衝撃と共にゴブリンたちの隠れるリュナンの木の幹に頭部と左肩を強く打ち付けた。
──キィィィィン
爆発の余波で視界がぐにゃりと歪み、耳鳴りがして状況が掴めない。
それどころか、前後左右どちらを向いているのかも分からない。
「う、ぐっ……」
リュナンの木の幹を杖代わりに体を起こすと、木の上で形見の見物をするソルジャーゴブリンを見上げた。
どうやら降りてくるつもりはないようで、弓を構えてこちらを狙っている。
「……ま、まずは同じ舞台に引きずりださないと」
未だに頭がグラグラとしているエリュは、言葉を紡ぐことで次に自分が行う行動を自分に認識させる。
その直後、エリュの鼻腔に火薬のような匂いが届いた。
「──さっきの爆発は火薬か、うぐっ──」
気力だけで立ち上がっていたエリュは、崩れ落ちるように地面に膝を付いた。それでも木の根本に手を押し付けると、気力の限り叫ぶ。
「揺れろ《地動》」
直後、大地が呼応し激しく揺れた。大地は割れ、眼の前にあるリュナンの木は折れたと錯覚するほどにしなる。周囲に生えた小さな木は次々に倒木していき、リュナンの木で高みの見物をしていたゴブリンも一匹残らず落下してくる。
更に木の上に実っていたリュナンの実も次々に落ちてきて、先に落下したゴブリンたちに追加攻撃を加えた。
それを見たエリュは、再びふらふらと立ち上がった。
その時──セレスの声が響いた。
「エリュっ!」
声の方向に顔を向けると、セレスがこちらに両手を突き出しているのが見えた。危機を知らせる警笛というより、何か念力のようなものを送っているような格好だ。
そして、その声によって落下してきたソルジャーゴブリンの一部はセレスを狙い始めた。
「ぴ、ぴぃ! こ、来ないで!」
セレスは悲鳴をあげてしゃがみ込んで頭を抱えた。動かないセレスを絶好の餌と認識したゴブリンは嬉々としてセレスに迫る。
「くっ──」
急いで駆けつけようと思って立ち上がるが、先の爆発による後遺症が治っていない。一歩踏み出した瞬間にエリュは再び足から崩れ落ちた。
と、その時、謎の光がエリュを覆う。
「っ──⁉」
息を飲んだ直後、光はエリュに纏わりついた。同時に体の痛みが嘘のように消えていく。何が起きたか判断する前に立ち上がったエリュは、素早く立ち上がると、手を鉤爪状に折り曲げた。
「降り注げ《光の矢》」
エリュの叫びとともに、セレスの方に向かって走っていた数体のソルジャーゴブリンの頭上に光の矢が漂う。そしてエリュが手を振り下ろすのと同時に矢が鋭く落下し、ゴブリンの頭部は光の矢に貫かれた。
「よしっ。倒せる」
小さくガッツポーズをする。その間に、地面に倒れていた数十匹のゴブリンが立ち上がり、木の幹の側にいるエリュを取り囲んだ。
だが囲み方が甘く、エリュのいる方向しか取り囲んでいない。つまり、木の裏側はがら空きということだ。
それでも、ゴブリンは勝ちを確信しているようで、ニンマリといやらしい顔を向けてくる。
しかし、相対するエリュもニヤリと口角を上げた。
「浮け《浮遊》」
「大いなる炎よ。焔の力を解き放ち、物体を射出せよ《爆裂射出》」
突如、エリュは二つの魔法を詠唱する。
エリュが魔法を発動した対象は、先程の《地動》によって倒木した木だった。その直後、魔法を掛けた樹木は激しく燃え上がり、宙に浮いてこちらの方へ飛んできた。
しかし、ゴブリンは眼の前にある餌にしか興味がないようで、飛んでくる木には気がついていない。
勝利を確信した笑顔でゴブリンはエリュに迫ると、手を振り上げた──直後、手を振り上げたゴブリンごとエリュ以外のすべてを樹木は薙ぎ払った。
さらにゴブリンが持っていた火薬に着火したのか、吹き飛んだ先で複数回の激しい爆発が発生した。
残ったのは、ガラクタのように転がったゴブリンの遺体と燃え続ける木だけだった。
「なんとか、生きた……」