あっけなくバレる性別
◆ ◇ ◆ ◇
夢を見た。
フィーネが泣いていた。
見知らぬ冒険者のような服を着た男と女がフィーネの前に立っている。冒険者たちは暗い面持ちで何かを報告している様子だった。
「嘘、嘘っ!」
フィーネは瞳に涙を滲ませながら首を激しく横に振る。
そして、ぱっと顔を上げて冒険者たちを睨むように見た。
「あの子の遺体は見つかってないんでしょ! だったら生きてるかもしれないっ! どうしてもう死んだみたいに言うのっ!」
「……そうは言うけどな、彼女が底なしの断層に落下していったのを複数人が見ている。あそこに落ちてしまっては助かりようがない。普通に考えて落下死だろうな」
「でもっ! あの娘には魔法が使えたもん。それで軟着陸したかもしれない!」
「だとしても……だよ。あの下はやばいんだ。まだ若干一三歳の娘じゃ生きられない」
「じゃあ……アナスタシアを助けに行ってよ……お願いだから。もう、これ以上私の大切な人を奪わないでよ……」
フィーネの悲痛に満ちた声が部屋に響き渡った。
◆ ◇ ◆ ◇
「ふぁぁ。また変な夢見たなぁ」
のっそりと起き上がったエリュは、瞼を擦る。
そうして顔を上げると、エリュの着せたシャツと乾いたジャケットを羽織ってこちらを睨むセレスと目が合った。
「あなた。男だったのね」
セレスの第一声がそれだった。続けて彼女は不満げに口を開く。
「……騙してたんだ」
それを聞いて、エリュは現在来ている服が薄いタンクトップだけであることに気がついた。
これでは、いくら顔が女の子にしか見えなくとも、男だとバレてしまう。
「えっと……言う機会がなかったんだ。断じて騙そうなんて思ってないよ」
「嘘っ! だって言う機会ならいくらでもあったもん! それなのに……わ、私の裸も見て……」
ギリッと歯ぎしりが聞こえてきそうなほど歯を噛み締めてセレスはエリュを睨みつける。
まるで親を殺したかのような恨まれ具合に気まずくなって、エリュは顔を逸らす。
「黙っていたのは悪かったと思ってるよ。でもさ……言えないじゃん? 出会い頭に裸を見ちゃってしかも、その相手が国の姫様なんだよ?」
「違う! わざと隠してたんだっ! 湖で水浴びしてた時もいやらしい目で見てたんでしょ!」
「見てないってばっ。それに気を抜いたら死ぬかもしれない状況で、情欲に心奪われる余裕なんてある訳ないじゃん」
「じょう……よく? 良く分からない言葉で誤魔化さないでよ!」
「誤魔化してないって。外見てみなよ。昨日セレスが気絶した後、大型の魔物が二体現れてそこら辺をめちゃくちゃにしたんだ。俺はみんなを守るのに必死だったよ」
そう言って、エリュは洞窟を塞いでいた壁を魔法で取り払った。その直後、セレスは洞窟の外に広がる光景に息を飲んで絶句した。
洞窟の前に広がる景色に自然豊かな森と湖畔はもうない。茶色く濁った泥沼が広がっている。
「……き、昨日のヘビみたいなやつがこれをやったの?」
「覚えてるんだ。だったら話が早いね。あの化け物が出てくる前に本当は男だっていうつもりだったんだよ。でも──まぁ、黙ってたのは俺が悪かった。ごめん」
「うん。私も勘違いしちゃったから、ごめんね。気にしてたりするの?」
「まぁ、結構コンプレックスかな」
「そうなんだ。本当にごめん」
セレスは素直に頭を下げると、ニコッと微笑んだ。
「じゃあ仲直りってことで、エリュの力に頼りっきりになるかもだけど、絶対にここから脱出しよ。私もできる限り協力するからっ」
「うん。絶対に生きて帰ろう」
エリュはセレスに向かって拳を突き出した。
それを見て、セレスは理解できずに固まったが、数秒後それの意味する事を理解し、目を輝かせてエリュの拳に拳をぶつけた。
その後、お互いに微笑み合ってエリュはふと気がついた。
「あれ? レーンはどこに行ったの?」
「? 何言ってるの? レーンならここにいるじゃん」
「え?」
エリュは視線を左右に動かし、洞窟内を隅々まで見回す。
そして、エリュは洞窟の端っこの暗がりでレーンが静かに横たわっているのを見た。
「本当だ」
「エリュって変な人だね」
そう言って、セレスはクスクスと笑う。
「そうかな? 別に普通だと思うんだけど」
「そんなことないよ。エリュみたいな人、お城では見たことないし」
「まぁ、城には堅物しかいなそうだし、そうかもね。……そう言えば、セレスはどうしてリュナン村に来たの?」
「有名なリュナン農場があるって聞いて、アドミスさんの家のリュナンの実なんだけど、知ってる?」
それを聞いてエリュは息を呑んだ。
「それ、うちの家だ」
「そうなの? エリュの家、リュナン農家だったんだ」
「あ、うん。でももう八年前から農場は機能してないんだよ」
「え、どうして?」
「父さんと母さんが死んだから。今は完全に荒廃してる」
そう言うと、セレスは申し訳無さそうに俯く。
「そ、そうだったんだ。ごめんなさい……私、爺やに聞いてそのまま勢い任せで来ちゃったから知らなかった」
「気にしてないよ。正直親のことは全然覚えてないから」
「……でも、それって悲しいことだと思う。自分を生んでくれた人を覚えてないのって……寂しいよ」
「そうかもね。でも、もう顔も思い出せないからなぁ……」
そう言いならら、ぼんやりと外を見ていると、何かを思いついたようにセレスが手を叩いた。
「エリュは人が死んだらどうなると思う?」
「急になに? いつ死ぬかわからない状況でそんな暗いこと考えないでよ」
「……でも、この状況だからこそ考えるべきじゃない?」
「そうかな? まぁ、俺は死後の世界なんてないと思ってるよ。死んだら魂は消滅する」
エリュは転生時、女神にこの世のシステムを聞いた。そのため、エリュの答えは女神が嘘をついていない限り間違いがない。
しかし、そんなことは知らないセレスは呑気に口を開く。
「この国の国教だと天寿を迎えられなきゃ地獄、天寿を迎えれば次の人生に転生できるって言われてるの」
それを聞いて、半分くらい当たってるなぁ~、思いながら頷く。それを見たセレスは満足げに続きを話す。
「でも、地獄に落ちた人もいい人なら、無念が晴れるまでこの世界に居ていいんだって。エリュのお父さんとか、お母さんも近くにいるかもね」
「そうだといいね。死んだ人が側に居て見えて話してくれたらよかったのに」
完全に子供の夢物語を聞き流す構図でエリュは頷くと、小さくため息を吐いた。
「記憶持ちじゃなかったら、そういうの心から信じられたのかな」
両親のことを覚えておらず、姉のフィーネに育てられてきたエリュはぽつりと呟く。
それを聞いたセレスは目を大きく広げて数秒の間、じっとエリュを見つめた。それに気がついたエリュは首を傾げた。
「なに? 変なこと言った?」
「エリュって……記憶持ちなの?」