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嵐の前の静けさ

 湖に着くと、エリュはセレスに背を向けたまま口を開く。


「セレスは少し離れた場所で体を洗ってくれる?」

「どうして?」

「……いや、ほら服についた泥がせっかく綺麗にした体についても仕方がないだろ?」

「たしかに。そうだね」


 セレスはエリュの言葉に納得した様子で、五十メートルほど離れた場所へ移動した。

 それを気配と音だけで聞き分けたエリュは安堵の息を吐く。


「ふぅ。さてと……洗うかね」

 エリュは、慣れた手つきで湖に服を付けた。その途端、服に付着していた泥が溶けるように湖に広がった。


「高そうな服……慎重に洗わないと」

「ねぇ。いつまで性別を隠す気なの?」


 背後から声が聞こえ、エリュは体を震わせ振り返る。背後には、複雑な表情を浮かべたレーンが立っていた。


「レーンか……。今更、男って言えないよ。バレたら打ち首にされるって」

「あの娘はそんなことしないと思うけど……」

「でも、周りの大人は違う。お姫様の尊厳を損なわせた男を極刑にすると思う」


「……そう言われるとあまりちゃんとした否定はできないけど……。でも嘘がバレたらあの娘からの信用を無くす可能性もあるんだよ?」

「って言われても……」


 エリュは湖で体を清めるセレスを見た。彼女は楽しそうに水中でパシャパシャと水遊びをしている。レーンもセレスの姿を見ながら、呟くように言った。


「エリュ。嘘は良くないよ」

「……そうだね。わかった。折を見て伝える」

「ありがと」


 レーンはそれだけ言うと、木陰の方へと戻っていった。その後ろ姿を見送ってからエリュは洗濯作業に戻る。


「はぁ。こんなところに来て何してるんだか……こんな呑気なことしてる場合じゃないのに」


 もうそろそろ日も暮れる。

 その前に拠点を構えたかったエリュは、文句を言いつつ慣れた手つきで洗濯を終える。

 その後、服の水気を切ってレーンのそばへと移動した。


「家だとエリュが洗濯係なんだっけ?」

「そうだね。あと料理も俺の仕事」

「じゃあフィーネは何をしてるの?」


「掃除とか買い物? あとは細かいこともやってるね。お金の管理とかも全部任せてる」

「へぇ。ちゃんと分担してるんだ」

「まぁね。二人しかいない家族だから。協力しないと」


 エリュは苦笑しつつ、洗ったばかりの服を木に掛けた。


「よし。あとは──大いなる炎よ。そして風よ。我が願いに応じて暖かなる風を起こせ《熱魔風アウラ・カリドゥス》」


 詠唱を終えた直後、エリュの突き出した手から熱風が放たれた。それを見ていたレーンが珍しく興奮気味に立ち上がる。


「なにその魔法っ……見たこと無い」

「簡単な初級魔法の組み合わせだよ。何となく試したらできた」

「すごいじゃん。エリュは新しい魔法を考えるセンスがいいし、魔力効率がとんでもなく高いから、そういうことがあっさりできちゃうんだ」


 素直に感心した様子で言った後も、レーンは興味深そうにエリュのことを見つめていた。その視線に当てられたエリュは、恥ずかしくなって頬を掻く。


「ま、魔力効率? 教わったことないや。なにそれ」

「体内の魔力を空気中の魔素に伝達する効率。普通の人は百の魔力を使って五十くらいの魔素で魔法を発動するの。でもエリュはほぼ百の魔法が使える。気がついてないの?」


「初めて知った。効率がいいとどんなメリットがあるの?」

「同じ魔力量でもエリュと普通の人では威力が倍くらい変わってくる。それに燃費がいいから継続戦闘に向いてるね。要は魔力の扱いが飛びぬけて上手くて、燃費がいいねって話」


 それを聞いたエリュは、今まで抱いていた謎が一つ氷解し、納得顔で頷いた。


「そういうことね。自警団員の中には、俺より魔力が高いのに威力が低い人がいたんだけど、あれって手加減してた訳じゃないんだね」


「才能の塊のエリュと比較したらダメだよ」

「そっか。っていうか、今みたいな魔法同士の組み合わせって意外と簡単なのに、魔導書には書いてないよね? これも魔力効率と関係あるの?」


「う~ん。魔力の扱いが上手いなら不安定な混合魔法を発動させやすくはある。でも基本的には、才能の領域だね。暴発するかもしれないし、危ないから魔導書には書かれないよ」

「暴発?」


 魔法の暴発など聞いたことがない。一体どんな風に暴発するのかと、エリュは考えた。結果、自分が爆発したり、付近が爆発したり、ろくでもない場面ばかり思いついた。


 そんなエリュの想像を読んだかのようにレーンはクスリと笑う。


「昔、二種類の魔法を混ぜて発動した男の子は、家を吹っ飛ばしたね。家から巨大な火柱が立ったからびっくりしたよ。暴発すると、本来の力以上の被害が生まれるから、エリュも気を付けてね」


「う、うん。便利だから使ってたけど、気を付けるよ。それよりもレーンの知り合いの話って初めて聞いた。居たんだね。そういう人」


「失礼だよ。私にだって知り合いくらい居たよ……もういないけどね」


 レーンはそう言って肩を竦ませた。彼女の面持ちはやや寂しげで、遠い過去を振り返っているように見えた。

 エリュもそれ以上聞くことができず、口を閉ざした。レーンも会話を止めると赤焼けの空を見上げた。


「もうそろそろ、夜だね」

「そうだね。このまま何事もなければいいんだけど……」

 エリュがそう言った瞬間──


「きゃああああああああっ!」

 セレスの悲鳴がエリュの鼓膜を震わせた。

「セレス⁉」


 素早く声のした方を向く。その先には湖から離れた場所にいるエリュも身を固めてしまうような光景が広がっていた。

「な、なんだ……あれ」


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