これは幻覚?
目を覚ますと、エリュは木陰の下にいた。
「……生きてたか」
「生きてたか、じゃないよっ」
エリュの独り言に誰かが答えた。反射的に体を起こしたエリュが目にしたのは、きらびやかなドレスをボロボロにした推定お姫様の少女だった。
彼女は怒り心頭と言った様子でエリュを睨みつけて、自らの足を指さした。
「目が覚めたら肩と足にヒビが入って真っ青になってたんだよ! 肌が腫れてて痛いし、真っ青になってて怖かったんだから!」
そう言いながら少女はヒビが入ったと主張する足で地団駄を踏む。
「平気そうじゃん」
「回復魔法を使ったの。私が王家の一員じゃなかったら折れたままだったんだよ! それに貴方の骨折も治したんだよ? 君の足、ありえない方を向いてたんだから!」
「そうなの?」
エリュは自分の足を見る。全く問題ない。怪我一つない状態だ。
とても折れていたとは思えない。
それを見た少女は不満げに眉を潜める。
「感謝ぐらいしてもいいんだよ?」
「ありがとう。でも、それを言うなら俺は君の命を救ったよ? 俺が見捨ててたら、君は今頃全身バラバラだった」
「そ、そうなの⁉ それは、そのありがと」
恥ずかし気に言った少女は、何かを思い出したように手を叩く。
「あ、体調はどう? 体の傷は治ってるけど、王家の回復魔法って幻覚症状を引き起こす人がいるんだって!」
「う~ん。特に変なものは見えないね……っていうか、王家の回復魔法ってなに? 普通の回復魔法と違うの?」
エリュの問いに少女は自慢げに鼻息を鳴らした。
「全然違うよ! 記憶持ちの先祖様が自分の才能を他の人にも使えるように体系化したのが回復魔法なの。だけどこの回復魔法は彼の血を継いだ人にしか使えなかった。だから、それを更に一般化したのが治癒魔法ってわけだね」
「ふーん。王家の血筋しかつかえない強力な回復魔法と、一般化された治癒魔法。回復魔法の方は幻覚症状のおまけつき……ね」
「そうそう。そういうことこと」
「ことこと? まぁいいや、っていうか、やっぱり君はこの国のお姫様なんだね」
「あれれ? 言ってなかった?」
不思議そうに首を傾げる少女。そんな彼女に向かってエリュは呆れ声を出す。
「言及はされてなかったよ」
「そっか、私はセレスティーナ。セレスって呼んでいいよ」
「俺は、エリュ。王族ってことは、言葉遣い改めた方がいいかな?」
エリュの言葉にセレスは首を横に振った。
「いらないっ。私、同年代の女の子の友達欲しかったんだ。仲良くして欲しいな」
「え、あ、あの……俺~」
未だにエリュの事を女の子だと思っているセレスにエリュは言葉を詰まらせる。男であることを言おうとしてまごついていると、近くの木の裏から人の気配がした。
咄嗟にエリュは立ち上がり、警戒の入り混じった声をあげる。
「誰だっ」
「え? 何? 何なの?」
セレスは笑顔を消して、怯えた様子でしゃがみ込んでエリュの腰にしがみつく。エリュもセレスを庇うように右手を広げて守った。
そして──
「エリュっ! なんで私の眼の前で飛び降りたの⁉ 私にトラウマを刻みたいわけ?」
突然怒り心頭な表情をしたレーンが姿を現した。
(げ、幻覚?)
底なしの断層から飛び降りる時、レーンには魔物が村の近くにいることを伝えて欲しいと、意思疎通を図ったはずだ。だから、彼女がここにいるはずはない。
そうなると、先ほどセレスが言っていた回復魔法の幻覚と言う可能性が浮上してくる。
「だけど……」
レーンの表情や動きは幻覚にしてはリアル過ぎた。それに、今にも掴みかかってきそうなレーンの姿をエリュは見たことがない。幻覚ならば、エリュの過去の記憶から参照されたレーンの姿が見えるはずだ。
現実か幻覚か分からずにエリュはレーンをまっすぐに見つめる。
「…………」
「な、なに? 何なの? 急に黙らないでよ」
沈黙するエリュにセレスは恐怖を覚えたようで、しきりにエリュの腰を掴み必死な様子でグラグラと揺さぶる。そうされながらもエリュはレーンからは決して目を逸らさない。
(幻覚か試すには質問するしかない)
「……どうして、ここに? 村にあの魔物の情報を伝えてほしかったんだけど」
「村人よりエリュの方が心配だったから。あの魔物は村に行かないかもしれないけど、エリュは今すぐにでも死ぬかもしれない。だったら、エリュの側に行くべきだと思った。間違ってる?」
「ううん。ありがと」
「私は私がしたいようにしただけ。それより、その娘のことちゃんとフォローして上げて。エリュが無視するから泣いてるよ」
「え?」
自分の腰元に視線を向ける。すると、エリュの腰にしがみついたセレスは恐怖でぐずぐずと泣きじゃくっていた。
「怖いっ。怖いよ~。何、何なの?」
引っ付くセレスを引き剥がしながらエリュは、レーンの表情を再度確認した。
(質問には言葉を返したし、幻覚じゃないよね)
そう確信したエリュは、宥めるようにセレスの背中をさすった。
「大丈夫。俺の魔法の師匠が来てくれたよ」