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底なしの断層の下へ

「ね、ねぇ。何がやばいの? キュクロプスって何! 魔物はどこなの⁉」

 少女はヒステリックに叫ぶ。


 しかし、幸運にも起き上がったキュクロプスはエリュたちに背を向けている。このまま木々に身を隠せばバレずに逃げられる。


 だが、不幸にも感情的になって叫ぶ少女には、キュクロプスの起き上がる音が聞こえなかったようだ。危機的状況にも関わらず、少女はパニックになって大きな声を出す。


「ねぇ。ねぇってば!」

 エリュは慌てて人差し指を立てると口元に手を当て、しーっと声を出した。

 が、今の少女には逆効果だったらしい。


「な、なに⁉ そんな顔で見たって誤魔化されないんだから! 怖いから教えてよっ!」

 そのパニック混じりの言葉が事態を決定づけた。背を向けていた魔物が、声に反応してエリュたちの方を向いたのだ。


 次の瞬間、魔物からエリュに向けられたのは、邪悪な笑みだった。

「逃げるよ!」

 エリュは少女の手を掴み、村へと駆け出そうとした。


 しかし、エリュの掴んだ少女の手はピクリとも動かない。慌てて背後を振り向くと、少女は不満そうに瞳に涙を浮かべて頬を膨らませていた。


「ちゃんと答えてよ! 私の質問にっ!」

「そんな時間ないってば! もう後ろに──っ」

「え?」


 エリュの言葉を聞いた少女が背後を向く。同時に、メキメキと木の折れる音が響いた。音の発生元には、木を引き抜いた巨大な魔物が立っていた。


「いやあああああああああああああああっ!」

 ようやく魔物に気がついた少女は大声で叫ぶ。同時に、魔物は引き抜いた木をまるで棒のように軽々と振りかぶった。


 強烈な突風が吹き抜け、風に煽られた少女は地面から足を離す。

 吹き飛ぶ先は、先のない底なしの断層の下。


 それを目にしたエリュの頭はかつてないほどの速度で回転を始める。瞬時に様々な対処策が浮かんでは消え、エリュに時間が止まったかのような錯覚を抱かせた。


 それでも、時間は緩やかに経過している。少女は悲鳴を上げながら、ゆっくりと底なしの断層の下へ落下していく。

「くそっ」


 見ず知らずの他人とは言え、国の姫らしき人物を見捨てて帰ることはできない。

 少女と出会った瞬間から、エリュに選べる選択肢は一つだけだ。

「行くしかない! 底へ」


 ただ、一つ問題なのはあの化け物が村の近くにいるということだ。エリュが飛び込んだ後、眼の前の魔物は村に行く可能性がある。


 そうなれば、村のみんなが死ぬ。

 今すぐに助けないと死ぬ少女と、少しは猶予がある村人たちの命。

 どちらを選ぶか。それが、エリュが躊躇する理由となっていた。

 だが少女が飛んでからもう二秒は経過した。崖の高さは推定二五〇メートル。ならば、地面に直撃するまで残り五秒程度だ。


 エリュにこれ以上の余裕はない。

 迫る刻限の中、エリュの視界に見知った姿が映った。それは、エリュがこの世で一番信用している人物。


「レーン⁉ あとは任せたよ」

 レーンはエリュよりずっと聡明だ。巨大な魔物が村へ近づいていることを伝えてくれるだろう。そう確信してエリュは崖下へと飛び降りた。

 そのままエリュは空気抵抗を減らすように体を垂直に傾ける。

 更に──


「大いなる風よ。我を加速させよっ! 《風迅避(エアロ・ドッジ)》」

 本来は風の力で身体を押し出し危険から回避する風魔法を、落下速度を上げるために発動し、一気に少女へと近づく。

 風に押されたエリュは、あっという間に手の届く範囲に少女と捉える。


「くっ。と、届け!」

 エリュは手を振り、少女の手を掴もうとする。

 そして、何度目かの挑戦で少女の手を掴んだ。地面はもう目前だ。

 素早く少女を抱きかかえエリュは空を見る。


「よしっ。飛べええぇぇぇぇぇぇっ!」

 発動していた《風迅避(エアロ・ドッジ)》の方向を変え、地面に風を叩きつけるようにしてエリュは衝撃緩和を図る。


 だが、加速しきったエリュの体は止まらない。猛烈な速度で茂る木へ向かって落下していく。

「くそおおおおおおおおおっ!」


 雄叫びを上げながら、エリュは最後の一瞬まで魔法を発動させ続ける。限界を超えた魔法の酷使により、目や鼻から血が溢れてくる中、エリュは大木の中に突っ込んだ。


          ◆ ◇ ◆ ◇


 夢を見た。

 ドレスを着た少女と金髪の少女が言い合っている。

「私は、みんなを守りたい! エリュもフィーネも死なせない! だから行かせて!」


「嫌だっ! そう言ってお父さんとお母さんは帰ってこなかった。あれから二年経って、今度はあなたもいなくなるの⁉」

「居なくならないよ。フィーネ。私は帰って来るよ。大体、この村で中級魔法が使えるのは私だけ、私が行かなきゃみんな死んじゃうよ」

「でも……」


 ドレスを着た少女は金髪の髪の少女の肩を優しく掴んだ。

「大丈夫。安心して」


 そう言って、金髪の少女から離れると、こちらへ近づいてくる。

 彼女はしゃがみ込むと優しく微笑んだ。

「エリュ。安心して。私がずっと側にいて君を絶対守るから」


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