転生
あらすじには主人公の名前がありましたが、この時点では姿形のない影として、「影法師」と呼称しています。
人生最後の記憶は、頭を割らんばかりに鳴り響く銃声の残響だった。
そして暗闇。沈む。どこまでも沈む。
延々と沈み続け、時間間隔が分からなくなるほど沈む。
やがて目を覚ますと、眼前にはどこまでも広がる天穹の星空が広がっていた。
「綺麗だ……」
目を覚ました『影法師』は、眼の前に広がる圧倒的な光景に目を奪われた。
だが、星に目を奪われる影法師が立っているのは安定感のある大地ではない。
遠目に見れば無数に広がる星の上に立っているようにも見える。だが事実としては宇宙空間に立っている。
しかし、そんなことが気にならないほど、眼の前に広がる星空は圧倒的だった。
影法師は遠くに輝く星々を仰ぎ見て、時を忘れ感傷に浸る。
そうしていると突如──脳裏に銃声の残響が蘇った。
「──ッ!!」
影法師はハッと息を飲み、いつの間にか汗ばんでいた額を袖でさっと拭う。
そして気がついた。
自分の姿が、まるで障子に映し出された影のように実体のない黒い姿であることに。
「な、なんだっ。これ!」
「一体何が。生きてる……のか?」
『死んでますよ』
独り言だったはずの影法師の言葉に返事が帰ってきた。透き通るような綺麗な女性の声だ。
しかし、声は二重に重なるように反響して聞こえる。
反響している影響もあり、声の出どころが分からない影法師は、周囲を見回した。
だが、どれだけ周囲を確認しても声の主の姿は無い。
「だ、誰だ? 出てこい!」
『後ろ、です』
からかうような声色が背後から響くのを聞いて青年は振り返った。
振り返った先には、人型の影でしかない影法師とは違い、きらびやかなドレスを着た見目麗しい女性が一人立っていた。
先ほどまでそこには誰もいなかったはずだ。
どうやら影法師が背を向けている間に、後ろから忍び寄ったらしい。取る行動もこんな場所にいるという事実も全てが怪しい。
だから、影法師は訝しげな眼差しを彼女に向けた。
「あなたは?」
怪訝な表情を浮かべ影法師が問うと、女性はクスクスと笑って影法師の隣に立った。
『上を見てください』
女性の言葉に引っ張られるように顔を上げると、先ほどまでは無かった無数の星が線を描いて落下していくのが見て取れた。
奇妙な光の動きに影法師が興味を持つと、女性は空を見ながら口を開く。
『あの光、なんだと思います?』
「ん、えっと星ですか?」
影法師の言葉に女性は口元を抑えて笑う。
だが、影法師には笑っている理由が分からなかったので、馬鹿にされたと感じた。
そのため、思わず怒り口調で言葉が飛び出す。
「っていうか、ここはどこ? 知ってるなら教えて欲しい」
『どこだと思います?』
明確な答えを返さない女性に影法師は本格的に怒りを覚えた。
「知らないから聞いてるんだけど。というは君は誰?」
『私は……そうですね。呼び方は色々ありますが神と呼ばれる存在ですね。第六、第七世界の狭間。つまりこの空間と、第七世界全体を司っています』
町中でこんなことを言われれば、きっと冗談だと笑い飛ばしただろう。
しかしこの空間が、そしてこの場の異常性がそれを許さない。
それでも、影法師は頭ごなしに否定し、首を激しく振った。
「第六、第七? 冗談はやめて欲しい。本気でここがどこか知りたいんだ。それに──俺には行かないといけない場所がっ──」
『どこです?』
言葉に割り込むように鋭く返された一言は、影法師を戸惑わせた。
その隙を女性は見逃さない。追撃するように再び口を開く。
『どこに行かないといけないのですか?』
「…………」
女性の言葉に影法師は答えられなかった。
なぜなら、行く場所など無いからだ。
否、正確に言えば、行かなければならないという焦燥感はあるが、目的地の記憶がない。
どこへ向かえばいいのか分からないのだ。
「えっと……」
困惑する影法師に、女性は当然と言った顔で頷く。
『思い出せないと思います』
「な、なんで………?」
『知りたいですか?』
女性の言葉に影法師はコクリと頷いた。
すると、女性は再び顔を上げた。
『では、もう一度質問です』
そう言いながら、指を空に立てる。
『先程から見える光の正体が何か、当ててください。推測できるヒントは十分に与えました』
「……最初に俺は死んでるって言いましたね。つまりここは死後の世界?」
女性はニコニコと笑ったまま表情を崩さない。
それを肯定と受け取った影法師は更に思考を進めた。
「あと、ここは世界の狭間って言いましたよね。死んだ俺がここにいて、光が落ちているってことは、光の正体は魂──ですか?」
それを聞いた女性は、ニコリ微笑む。
女性の表情を見て、影法師はどうやら正解したと確信した。
『あなたの言う通り、あの光は魂です』
女性は、ようやく説明をする気になったのか、天を眺めるのを止め、影法師の方を向いた。
そして聖母のように両手を広げると、大きな球状の模型を作り出した。その中には、七つの球体が格納されており、全ての球体が縦並びになっている。
『これは世界のモデルデザインです』
「七個の玉?」
『ええ。このように世界は七つあります。見上げれば、一つ上の世界が見えますよ』
女性が上を見上げたので、影法師もつられて上を見上げる。
すると、遥か遠くに空に浮く巨大な泡状の球体が見えた。よく見れば、光はそこから流れ落ちているのが見て取れる。
『あそこは、ついさきほどまであなたが生きて、暮らしていた第六世界です』
「よく分からないんですけど……宇宙の外には別の宇宙があるってことですか?」
『いえ、泡一つが無数の宇宙を含んだ一つの世界。我々がいるのは世界の狭間です』
「……じゃあもしかして、流れ落ちている魂は下の世界に転生する人?」
『ええ、そういうことになります」
満足気に頷いた女性は、再び口を開く。
『世界の狭間は、通過した魂の保持する記憶や経験、自我などを全て洗い流します。つまり世界を分けるのと同時に、魂を洗い流す場でもあるのです』
「なら……どうして俺はここに? 自分の名前とかは思い出せないですけど、まだ記憶は残っています」
影法師の言葉に女性は嬉しそうにほほ笑むと、青年に背を向けて歩き始めた。
置いて行かれると思った影法師も慌てて彼女の後ろをついて歩く。
しばらく歩いていると、女性が話を始めた。
『見てわかる通り、ほとんどの魂はこの場に留まることなく、そのまま転生します。あなたのようにこの場に留まる魂は殆どありません。なぜか分かりますか?』
「わかりません。焦らすのはいいですから、早く教えて下さい」
『そうですよね。すみません。あまり人と話さないものですから、会話が楽しくて無為な質問をしてしまいました』
女性は申し訳なさそうに笑う。
そして、やや真剣な面持ちで再び口を開いた。
『我々、世界を管理する神は一つの世界に一つの目標を与えています。第六、第七世界は共に神の与えた命を全うすること。つまり【天寿の全う】という目標を掲げています』
「できなければ?」
『下の世界へ転生します。達成すれば上の世界へ転生します』
女性の話を聞きながら、影法師は今しがた出た話を頭の中で整理した。
【一つ】世界は七つあり、全ての魂は定められた『目標』を達成する必要がある。
【二つ】『目標』達成すれば、一層上の世界へ転生する。
【三つ】『目標』が達成できなければ一つ下の世界へ転生する。
【四つ】死者は、『世界の狭間』を移動する際、記憶を洗い流される。
ここまで随分と説明が長かったが、要約すればこれだけの話のようだ。
しかし、この情報を纏めたことによって、疑問が浮上してきた。
影法師は左手をあげて、
「説明の途中すみません」
と、女神の話を遮った。
それを聞いた女神は、説明を続けようとして開いた口を閉じ、影法師の方を向く。そして柔和な笑顔を浮かべた。
しかしその瞳は冷たく、まるで影法師の考えを読み取っているようだった。
それに臆さず、影法師は質問を放つ。
「第七世界があるとは聞きましたけど、第八世界はないんですか? もし七つ目の世界で『目標』を達成できなかった場合は?」
『──消えます』
影法師の純粋な質問に帰ってきたのは、これ以上になく短く冷たい言葉だった。
当然、影法師はそれを幻聴と思い込み、首を傾げる。
「今、消えるって言いました?」
『ええ。第七世界で失敗した者には、未来永劫転生のチャンスは与えられません』
「…………」
死とは違う魂の消失という言葉に恐怖を抱いた影法師は沈黙した。
女性はしばらくその姿を観察してから、再び口を開いた。
『本題はここからです。先ほども言った通り、次の世界は魂の終着駅。目標を達成できなければ、魂は消滅します。ですが──消えて欲しくない魂もある訳です。そう言った人々に救済を与えるのがこの場となります』
「っ‼」
ようやくこの場の意味を理解した影法師は、固唾を飲みこんだ。
『私が救済を与える人は、他者の命を守るために自分の命を躊躇なく投げうった者。そして、その際に十人以上の命を救った者に限ります』
女性にそう言われ、影法師は記憶の無い自分の死因に察しをつけた。
「もしかして……俺の死因は──」
『ええ。私が救いたいと思うような死因でした。ですが、その記憶はもうここに至るまでの道中で消えているでしょう』
「はい。自分の名前とか交友関係みたいな人と関わった記憶だけがすっぽり抜けてて……」
『そうでしょうね。ですが、それは意図的していることですので安心してください』
「え。どうしてですか?」
『あなたの前世は終わったのです。必要以上に過去に囚われる必要はありません』
「……それは、そうでしょうけど」
不満げに言った影法師を見て、女性は小さく首を振る。
『他の魂は完全にまっさらな状態になります。それを思えば、あなたは恵まれてます』
「そう……ですか」
渋々納得した影法師を見て、女性は微笑む。
『話を戻して。あなたに与える救済処置についてですが──』
「? 何かあるんですか?」
『ええ。あります』
そう言って女神は、無から一枚の紙を生み出すと影法師に一枚渡した。
そこに書かれていた内容に影法師は目を通した。
【神様のお役立ちサポート♡】
終始落ち着いた様子の女性から手渡されたその書類は、ギャルが徹夜して作ったようなキラキラした書類だった。
どうやらこれは、神様が定めた救済処置についてまとめられているようだ。
【一つ】脅威測定能力
来世において、迫る危機を事前に察知できるよう生物・無機物問わず、脅威度を測定できる力を与えます。
これで気になるあの子の秘密をゲットっ‼
「はぁ?」
【二つ】状態異常無効
あなたは毒に侵されず、病気にもなりません。来世を健やかに過ごせます‼
元気いっぱいでいいね♡
「ふむ?」
【三つ】好きな才能をプ・レ・ゼ・ン・ト♡
なんでも選んでね~
「…………」
紙に目を通した影法師は何とも言えない気持ちになり、静かに絶句した。
間違いないように言うがこれは誇張ではなく、手渡された紙に書かれている内容そのままだ。
眼の前の淑やかで高貴な気配を放つ神が手渡したとは、到底思えない。
なにかの間違いかと思って何度か目を擦って紙に目を通すが、中身は変わらない。しばらくそうしていると女性の方も違和感を覚えたのか、不思議そうに首をかしげた。
『どうしました?』
「……え~と、この空間、実はあなた以外の人がいたりしません?」
『………どういうことです?』
「う~ん。とてもあなたが作ったとは思えないことが書いてあるので」
『?』
影法師の言葉が気になったのか、エリュの手にした紙に向かって目を細めた女性は一瞬、顔に焦りの色を灯した。
彼女は素早く手を振る。
次の瞬間、影法師の手に持っていた紙は別のものにすり替えられていた。
記載されている内容は同じだが、キラキラした文章はどこにもない。淡白な文章だ。
「……」
影法師はじっと女性を見つめるが、彼女はニコニコと取り繕った笑顔を向ける。まるで何ごともなかったかのように。
「今のは──」
影法師の言葉を潰すように手を叩いた女性は、影法師の瞳をまっすぐ見る。
その瞳はそれ以上聞くなと言外に語っていた。
しかし、途中まで言葉の出かかっていた影法師の口は止まらず、仕方なく話を無理やり別の方向へと持っていくことにした。
「……あ~好きな才能ってなんです?」
『絵が上手くなるでも、力が強くなるでも、頭が良くなるでもいいです。どんな才能でも一つだけ与えましょう』
「……いきなり言われても。向こうの世界になにか面白いものってあるんですか?」
『ありますよ。科学技術主体の第六世界と違って、第七世界は魔法技術が発展している世界です』
「じゃあ科学文明が発達してなさそうだし、科学者とかになったら人のために──」
『向こうの世界では、あなたがいた第六世界の科学技術はほとんど通用しません。世界を動かす原理が違いますからね』
「そうですか──」
影法師は顎に手を当て、しばし考え込んだ。
「……過去にここに来た人はどんな才能を獲得したんですか?」
『そうですね。前回ここに来た方は万物を封じる力を求められました。この世の悪をすべて封じたいと言っていましたね。正義感が強く、随分と陽気な方でしたよ』
「なるほど、才能って言っても本当になんでもありなんですね」
『ええ。神が与える力ですからね。歴代の方も現実にはあり得ない才能を望まれました』
「う~ん」
『悩んでいるようですね。では一つ、助け船を出しましょう。あなたは次の人生で何がしたいですか?』
「何がしたい……世界救済──とまでは言わないですけど、大切な人を守りたい?」
それを聞いた女神はクスリと笑った。
「何か面白かったですか?」
『いえ、記憶はないはずなのに、前世で失敗したことを来世では成功させようとする人間が面白く感じただけです』
「じゃあ俺は──」
『ええ。守ろうとした人を守り切れず亡くなりました。ですが、その行いで多くの人が救われた。世界救済とまではいきませんが、多くの人を救ったのです。あなたが抱く【大切な人を守りたい】という願いは前世の失敗から来ているものでしょう』
女神は愛しげにエリュを見ると、ふっと息を吐き出した。
『まぁ、あなたが転生して最初にやることは【大切な人】を作ることでしょうね』
「かもですね」
『ええ。ですが、あなたの人生において、それは並大抵のことではありません』
「というと?」
『現在の運命の流れでは、あなたは失敗します。大切な人は守れないでしょう』
「──でも、運命は変わる」
『ええ、その通りです』
今までの会話の中で、女性は最も真剣な瞳を影法師に向けながら頷いた。その意図を影法師が察する前に、女性は再び口を開く。
『では、あなたには経験を重ねることで無限に成長する魔力量と最上級の魔法技術の才能を与えます。これがあれば、あなたの願いに近づくでしょう」
「ありがとうございます──あの、最後に一つ質問いいですか?」
『ええ。どうぞ?』
「さっきから、奥の方に見える靄みたいなものはなんですか?」
影法師は、この場に来た時からずっと近くに浮いていた球体状の靄のような何かを指さした。
その瞬間、靄はびくっと体を跳ねさせスーッとどこかへ飛んでいく。
「あ、どっかに行っちゃった。あれはなんですか?」
『……あぁ、あれは拾い物ですよ。今のあなたには関係ありません』
これ以上聞くな、という雰囲気を女神は醸し出す。
そのため、影法師は口を閉ざした。
『これからあなたは第七世界ティアドラと呼ばれる世界に生を受けます。目を覚ますと、あなたは十歳ほどの年齢に成長しているでしょう』
「十歳?」
『ええ。生まれたての肉体に成熟した精神を宿すと、精神に多大な影響が生じるのです。ですので、生後からしばらく記憶を封印します。もちろん、封印の解除とともに記憶の統合が『ある程度』行われるので、生活に支障は出ません』
「なにか悪い影響はあるんですか?」
『統合する関係上、精神年齢は年相応に幼くなると思いますが、弊害はその程度です』
そう言うと、女神の全身が光り始めた。その光はやがて影法師の身体を包み込む。
『最後に一つ──警告です。強力な力は周りも巻き込みます。かつてあなたのような力を望んだ方は、陰謀・謀略に巻き込まれ誰もが破滅していきました』
それを聞いた影法師は、影法師は身を固めた。
『──忘れないで。あなたが受け取るのは、『才能』。アニメや漫画のような『スキル』ではないのです。この意味をよく理解して行動しなさい』
警告としてだろう。
強い言葉遣いと迫力で言われた影法師は深く頷いた。
次に宙に浮くような浮遊感が影法師を飲み込んだ。見てみると、影法師を纏うように泡が覆っていた。
そのまま影法師は、他の光と同じように光りながら第七世界へと落下して行く。
その場に残った女神は、他の光より一段と強く輝く光を見送りながら口を開いた。
「次の人生、頑張ってください。陰ながら応援していますよ。ね? &%$&%#?」