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究極の問い

           ◆ ◇ ◆ ◇

「おはよう。レーン」

「おはよう」

 出会ってから終始エリュに冷たかったレーンは、エリュの記憶にある限り初めてまともな挨拶を返した。


 どうやら昨日までとは心境に違いがあるようだ。それに対して、改めて問い直すつもりはエリュにはない。

 朝早くからここにいたのか、レーンは眠たそうに眉を擦る。

「昨日はフィーネに怒られなかった?」


「怒られてはないよ? 帰り道に羽交い締めにされて意識は飛んだけど」

「ふ~ん。そう」

 口では冷たく受け取れる発言をしておきながらも、レーンの瞳だけは柔和にほほ笑んだ。


 やはり、その態度は先日までのレーンとは違う。

「……今寝てるけど、知り合いなら会いに行く?」

 エリュは自室の窓を指さして言う。

 レーンはエリュの問いに対して首を横に振る。


「遠慮しておく。それより、昨日一つ考えたの」

「何を?」

「君との関わり方。ずっと避けるべきか、それとも……って迷ってたんだけど」

「そうなんだ?」


 ならば、レーンの態度の変化はその考えの変化によるものが大きいのだろう。

「具体的にどういうことを考えたの?」

「エリュは最近、魔法を使えるようになったよね?」

「うん。レーンのおかげでね」


 エリュの返しにレーンは満足そうに頷く。

「だから、ちゃんと魔法を教えてあげようと思ったの。これが、私の考える君との距離感。そして関わり方」

「そんなに関わり方って難しく考えるもの?」

「一般的にはそうじゃないね。でも、君と私の場合は違う。一定の距離感は保った方がいいと思う」


 いかにも真剣な表情で言うレーン。

 それを受けたエリュは、不当な理由で避けられていると感じた。

「俺……なんか悪いことしたかな?」


 レーンは無言で首を横に振った。その後に言葉は続かない。

「レーンは、俺と一定の距離を置いた方がいいと思ってるんだよね? じゃあなんで魔法を教えてくれようとするの?」

 エリュがそう問うとレーンは苦笑した。


「わざわざ底なしの断層まで私を探すような人を拒んでも仕方がない。私を探して失踪とかされても困るし……でも一つ、いや二つ条件がある」

 唐突な条件提示にエリュは思わず身を固くする。

 それに構わずレーンは指を立てた。


「一つ。私の正体を探らないこと。二つ。私に触らないこと。これが条件」

「正体を探らないってのは置いておいて、触らないって?」

「文字通りの意味。私、潔癖症なの。だから、どんな事情があっても触らないで」

「あぁ……家に入ったとき靴のまま入ってきたのもそういう事?」

「そうだね」


 レーンは短く首肯すると、エリュの目をじっと見た。

「この条件が飲めないなら今の話は無かったことにするし、破ればエリュの前から姿を消す。そして、二度と君とは会わない」

 想定していたよりも簡単そうな要求にエリュは拍子抜けする。


 お金を払えとか、強そうな魔物を倒してこいとか、無理難題を要求されると思っていた。だから想像以上に簡単なレーンの要求は、首を縦に振りやすい内容だった。

「分かった。探らないし、触らない。それでいい?」

 エリュの言質を取ったレーンは微笑むと、腰を掛けていた柵から離れた。

「それじゃあ魔法を教えてあげる」


 レーンはエリュに背を向けると、急に歩き始めた。

「ちょ、どこ行くの?」

「人の目に付かない場所に移動するだけ」

「人目の付かない場所?」

「そう。その方がエリュにとっても私にとっても都合がいいから。墓地に行くよ」

「へ?」


 突然出てきた墓地と言う単語にエリュの背筋に冷たいものが流れた。

 確かに墓地なら人目には付きづらいだろう。

(でも、わざわざお墓に移動する必要ってあるのかな?)

 心の内側に沸いた疑念にレーンが答えることはない。


 彼女はそのまま村の外れまで移動し、背の高い雑草の前で足を止めた。

「ここから先はエリュが先頭歩いて。このまままっすぐ行ったら花畑があるから。目的地はそこだよ」

「? さっき墓地って言ったじゃん」

「その墓地が花畑なの」

「あぁ、そういう」


 ここが墓地の入り口ならば、人の出入りは少なそうだ。

 草は乱雑に生えており手入れされていない。そして、花が咲くスペースがあるということは、ある程度の広さが確保されているのだろう。


 また、村の近くにあるので、ある程度の安全は確保されている。

 そう考えると、広くて安全で人目につかない、という魔法の練習に恰好の場所だと分かる。


「それじゃあ、このまま真っすぐ進めばいいんだね?」

「うん。まっすぐね。変な方向に進んだら村の外に出ちゃうからね」

「分かった」


 素直に頷いたエリュは、草木をかき分けながら直進する。

 しばらく進んで後ろの方を向けば、彼女は草木が体に触れないように、器用に葉を避けて進んでいた。


 どうやら葉に触れたくなくて、エリュに先頭を譲ったらしい。

(まぁ、草とか葉っぱには虫も付いてるし、触りたくないよな~。ここは男らしく先陣を切るか!)


 エリュは、レーンが草木に触れないように少し広めに道を作りながら先へと進んだ。

 そこから二、三分ほど進むと、森林の壁の中にすっぽりと穴が空いたような土地が見えた。綺麗な円形の広場の中には覆い尽くすような花が咲き乱れている。


 花畑へと一歩踏み出して足元を見れば、花弁には朝露が乗っているのが見えた。その朝露は、太陽の光をキラキラと反射させている。

 まるで、ここだけ外の世界から隔離された別世界──天国のようにも見える。


「村にこんな所があったなんて……」

「ここには五年前、魔物の襲撃があった時に最終防衛地点となった場所だよ。一時期、ここは血と死体で覆い尽くされてた。それを村人が努力して花畑に変えたの」

「え……そうなんだ。知らなかった」

「エリュはその時、まだ五歳でしょ? 知らなくて当然。だけどね、ここにはあなたの両親も眠ってるの。それだけは知っておいて」


 そう言ってレーンは花畑の丁度中心に建っている石碑を指さした。

「あれが、戦いの後に作られた慰霊碑だよ」

「そう……なんだ。お姉ちゃんはこういう話教えてくれなかった」

「……それは、多分思い出したくないんだよ。あの子はエリュと一緒だからね。ほんと──姉弟揃ってなんて珍しいよ」


「何の話?」

 エリュが聞き返すと、レーンは静かに首を横に振った。

 どうやら教えるつもりはないようだ。

 代わりにレーンは視線を花畑の奥へと向けた。


「私の友達も五年前にここで亡くなったの。その辺りからかな? フィーネの様子がおかしくなったんだよ。……極端に人の死を嫌うようになった」

「それって普通じゃない?」


 前世の常識を知るエリュは、むしろレーンの言い方に引っ掛かった。

 レーンはそんなエリュの反応に気がついたのか、清々と問う。


「エリュは盗賊を捕まえたらどうする?」

「う~ん。警察──自警団に突き出す、かな」

「そうだね。でも、村には盗賊を捉えるような場所も彼らに分け与える食料もないとしたら?」


「なら、国に頼るかも?」

「じゃあその国が、盗賊は全員殺せと、そういう法律を作っていたら──どうする?」

 そこまで問われて、ようやくレーンの言いたいことを理解した。


そろそろ本編とも呼べるバトルシーンが始まります。

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