夢
◆ ◇ ◆ ◇
夢を見た。
見覚えのある二階東側の部屋の一室に十歳くらいの金髪の少女と、同い年くらいのおしゃれなワンピースを着た少女が立っている。
そして、そのどちらもがこちらを見下ろしていた。
「ふふっ。エリュ~。かわいい~」
ワンピースを着た女の子が頭を撫でてきた。
だが、彼女の顔にはモヤがかかっていて、少女がどんな人物かはよくわからない。 それでも彼女の服装からは、裕福な家庭の出身であることがうかがえた。
一方の金髪の少女は、幸せそうな笑みを浮かべてワンピースを着た少女と自分を眺めている。
しばらくして、金髪の少女は何かを思い出したかのように口を開いた。
「そう言えば、&ナ$&シ#。最近魔術の勉強始めたって聞いたけど本当?」
「うん、本当。ほら、この間の魔物襲撃でかなり被害出たじゃない? やっぱり私も力をつけてみんなを守りたいなって……変かな?」
ワンピースの少女は恥ずかしそうに苦笑しながら言った。
しかし、ワンピースの少女の発言に金髪の少女は、一切笑わずに首を横に振った。
「ううん。立派だと思う。私も最近剣術の勉強を始めたんだよね。この子には魔法が使えない。だから、私が護身術を教えてあげないと」
そう言うと、ワンピースを着た少女は吹き出した。
「フィーネがそんなコト言うなんておかしいね。ちょっと前まで私と一緒に悪ガキ気取ってたのに」
「それは……もう終わりだよ。私は私の守りたいものを守る。この子だけは絶対に死なせない。私の最後の家族だから」
「そうだね。私も……この子の名付け親としてこの子を守る責任がある。例え、私が死んだとしてもこの子は絶対に死なせない」
ワンピースの少女が言うと、金髪の少女は焦ったような顔を見せた。
「ちょ、ちょっと……死なれちゃ困るんだけど、寂しいよ」
「それくらいの覚悟があるってこと。フィーネだってそういう気持ちがあったから、私に名づけ親を頼んだんじゃないの?」
「ち、違うよ! 一番大好きな友達だから、嬉しいことを一緒に共有したかったの! ママを説得するの大変だったんだよ?」
「ふふっ。そうなんだ。あの時はいきなり頼んできてびっくりしたよ」
ワンピースの少女は嬉しそうに言いながら、その細く柔らかい手でエリュの頭を撫でた。
そして、ふと思い出したように顔を上げる。
「そうだっ。この後 ケインのお墓行かない? あの子の墓地の花畑にもしばらく行ってないでしょ?」
「そうだね。最近行ってないから拗ねてそう。草刈り道具も準備しないと」
◆ ◇ ◆ ◇
目を覚ますと同時に、エリュは不可解な柔らかさと息苦しさの間に挟まれた。
「んぐ、ぐるじい」
目を開けても目の前は真っ暗だ。
それもそのはず。エリュは今、フィーネに抱き枕のように抱きしめられているのだ。
エリュのように小さい子供は、フィーネのような成長した少女には抱きしめやすいようで、丁度彼女の胸元にエリュの顔がある形だ。
そして、フィーネの細腕によってエリュの頭はガッチリとロックされている。
つまり、今のエリュには酸素を供給するためのスペースがほとんど用意されておらず、あの世への高速特急便が迫っていた。
「じ、じぬっ!」
なんとか抜け出そうと体を捩るが、それがフィーネとエリュの体の隙を埋め、余計に苦しくなる。
「うぷぷ。お、溺れるっ!」
顔を真っ赤にしながらフィーネの抱擁から逃れようと必死に抵抗する。すると、いきなり彼女の力が緩まり、エリュはすっぽりと開放された。
逃げるようにフィーネの胸元から逃れたエリュは、ベッドから脱出し、大きく肩を揺らしながら額の汗を拭った。
「はぁはぁ……天国が見えた」
しばらく肩を上下させ、呼吸が落ち着いてからエリュは首を傾げた。
「……あれ? いつ寝たっけ?」
振り返ってみると、昨日レーンと別れて以降の記憶が曖昧だ。
それに気がついたエリュは、こめかみを抑えて記憶を遡る。
「そ、そう言えば……レーンと別れた後に森の中でお姉ちゃんに見つかって羽交い絞めにされたような」
思い出した途端に頭痛がしてきた。
どうやらフィーネの羽交い絞めに耐え切れず、ノックアウトしてしまったようだ。
「……黙って出て行ったのに何でバレたんだ。村社会怖い。誰かに告げ口されたんだろうなぁ」
エリュは大きなため息を吐く。
「そう言えば、レーンは無事に帰ってきたのかな?」
気になったエリュはベッドから離れて窓枠に手を掛け、リュナン農場の方を確認する。
窓から見える景色は昨日と同じように、廃れた農場が広がっている。
しかし昨日と違うのは、リュナン農場を囲うフェンスの側には、人混みを避けるように読書をしている少女の姿があることだった。
どうやら、昨日エリュと別れた後、無事に村まで戻ってこられたようだ。
昨日は半ば置き去りにして帰ったので、少し心配していたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
「良かった。今日はいるんだ」
エリュが呟くのと同時に──偶然顔を上げたレーンと目があった。
エリュが手を振ると、それに気がついたレーンは小さく頷く。そして、彼女は再び本の方へと視線を戻した。
「ちょっと話に行こうかな」
エリュはチラリとフィーネの方を見て、まだ眠っていることを確認する。
そして、音を立てないようにして、レーンのもとへと向かった。