背後からの襲撃者
「よし……行ってみるか」
◆ ◇ ◆ ◇
四時間後──
底なしの断層は、エリュの想定よりもずっと北にあった。
エリュが村を出たのは、だいたい昼過ぎだ。しかし、『底なしの断層』に到着したときには、既に日が傾きつつあった。
崖の下に広がる景色は、深い緑の生い茂る森。崖の高さ故に、夕暮れのこの時間帯に崖下に日は当たっていない。
夜のような深い闇の中に時折、大型の動物のうごめく姿が見えた。
「あれ……魔物? 不気味な姿だなぁ」
暫くの間、穴の底をうごめく化け物を眺めたエリュは、この場所の特異性に気がついた。
どうやらエリュの立っている巨大な崖は、崖下に住まう魔物たちを防ぐ天然の防壁となっているようだ。崖の高さは百メートルを優に超えており、断層の下に住んでいる強力な魔物は登ってこられない。
「っていうか、こんな場所から落ちたら死ぬよね。仮に生きていたとしても……って感じだし」
と、そこまで考えたところで、エリュは断層の縁を遠くまで見通した。崖は目視で確認できないほど遠くまで伸びている。
「ちょっとだけ歩くか……」
ポツリと呟いたエリュは、崖の淵から三十センチ程度離れたギリギリの場所を歩く。
しばらくそうして歩いていると、ふと違和感を覚えた。
「……誰かに見られてる?」
一瞬、レーンかとも思ったが、妙に視線がねっとりとしており、心なしか悪意を感じる。
もちろん、周りを見ても何もいない、誰もいない。
エリュは視線の正体を探ろうと、その場でぐるりと一回転しようと身体を捻る。
足を捻って体を回す。そうしてエリュが断層の方を向いた直後、背後の草むらから影が飛び出した。影は素早くエリュに接近すると、跳躍して飛び掛かる。
一方のエリュは、更に体を反転させ、森の方を向こうとしていた。
「っ!!」
視界の端に何かが映った。危機を察知したエリュはバランスを崩す。同時に、視界いっぱいに黄ばんだ歯をむき出しにした緑色の肌の化け物が飛び込んできた。
「う、うぇ⁉」
変な声を上げた次の瞬間には、地面に押し倒されていた。続けて、鋭い爪がエリュの首元へ向かって振り下ろされる。
「わっ!」
首を傾けてエリュは振り下ろされた爪を回避した。だが、避け損なったのか、攻撃が掠めて鋭い痛みが貫いた。
「くっ!」
エリュは顔を歪めて襲撃者を正視した。
飛び込んできた影の正体、それは緑色の肌を持った人型の化け物だった。それは、数日前にエリュの住む村を襲撃してきた化け物と酷似している。
「お、お前……」
エリュは化け物の体の下から抜け出そうと体を揺らす。だが、地面にホールドされて動けない。
「な、なんなんだよ! お前っ!」
叫んだ瞬間、エリュの瞳に化け物の情報が表示される。そこには《ゴブリン》と記載されていた。
「ご、ゴブリン?」
そう言うのと同時に肥大化した鼓舞したエリュの顔面に目指して振り下ろされた。
「やばっ!」
振り下ろされる拳を避けるために、エリュは反射的に上半身を捻る。直後、エリュの頭があった大地が大きな音を立てて凹んだ。
「ひっ……や、やっばぁ~ゴブリンって弱いんじゃないの?」
恐怖から逃れるため、エリュは独り言を呟いた。しかし、エリュの言葉に返す言葉はない。
「うっ。なんとかしないと……」
焦りながらエリュは呟く。その直後、再び振り下ろされた拳をエリュはギリギリのところで避けた。地面には二つ目の穴が開き、地盤にヒビが広がった。
「くっそ! 上退けよ!」
エリュは身体の上に乗ったゴブリンを払うため、めちゃくちゃに暴れながら身体を左右に激しく振る。その結果、ゴブリンはバランスを崩す。エリュから見て左側に傾いたゴブリンを見て、エリュは自由に動かせる膝を地面に突き立てた。
「今だ!」
エリュは気合を入れて、地面を蹴って体を左に倒す。その結果、より大きくバランスを崩したゴブリンはエリュの体の上から崩れ落ちた。
その瞬間、エリュは自由の身となった。すかさずエリュは立ち上がる。そして、同じく立ち上がろうとするゴブリンの腹部を蹴り上げた。
エリュは子供で体はまだ小さい。そのため、突き上げた蹴りは急所に入り込んだ。
腹痛にゴブリンは抵抗力を失う。エリュはゴブリンの手首を掴むと、引きずるように地面を踏み込みながら身体をさせた。
「落ちろおおおおおおおっ!」