レーンはどこにいる
リュナン村は人口一〇〇人程度の小さな村だ。
国土のちょうど中心に位置する王都から、遠く東に外れたドラン大森林と呼ばれる森の中にリュナン村は位置している。立地故に魔物の襲撃も頻発する地域だ。
しかし、リュナンの実をはじめとする希少な果実や食物が自生しており、田舎村にしては王都からの注目度が高い。
また、魔物が頻繁に襲撃する危険地帯という立地故か、戦闘能力に秀でた子供が生まれやすく、毎年数人の子供が騎士の職に着く。
これは、他の村々と比較するとあり得ないほど高い割合だ。そのため、様々な面でリュナン村は注目されている。
村の形は特殊で、森の中に円形状の広場を作り、そこを中心に村を広げている。村長宅はエリュの家など、大きな建物は村の外側に位置しており、村の中は全体的に見通しが良い。
また、村長宅の近くには緊急時に隠れる避難壕があったり、自警団が配備されていたりと、魔物の襲撃に対しては特に警戒心が強い村だ。
また、自警団は魔物の襲撃があった際に、素早く被害状況を確認するため、村の住民の戸籍情報を一括管理している。
故に、エリュはレーンの情報を得るため、自警団の拠点へと向かった。
「……ここに来るの、初めてかな」
自警団の建物に到着したエリュは、村の中でも大きい方に分類される建物を見上げる。一階建ての平屋は、エリュの家や村長宅を覗くと村で一番大きい。入口は大きく構えられており、大男が同時に三人くらい並んで出られるような大きさだ。
エリュは、その大きく構えられた入口から中に入る。内部には、前世で見たことがあるようなトレーニング機器が多く設置されている。そして、そこで大柄な男たちがそこで己の肉体を鍛えていた。誰も身体を鍛えることに夢中で、エリュのことなど見ていない。
「……あ、あの?」
声を掛けても反応はない。男たちのむさ苦しい呼吸音だけが多重に重なり、エリュの声はかき消された。
「うぐっ。どうすれば……」
「おい、嬢ちゃん。ここは子供が来るところじゃないぞ?」
突然背後からそんな声が聞こえてきた。
しかし、エリュはその言葉が自分に向けられたとは思わなかった。エリュの自認では、自分自身が『お嬢ちゃん』と呼ばれることはないからだ。だから、聞こえた声を無視して、エリュは声の掛けやすそうな人物を探して歩き続ける。
「…………ん?」
声が掛かってから十数秒。
エリュはようやく今しがた掛けられた声が自分に向けられたものである可能性に気がついた。後ろを向くと、エリュの背後には屈強な肉体を持った男性が一人、気まずそうに立っていた。
どうやらエリュに無視されたと思って気まずい思いをしていたようだ。
「……今、俺のこと呼びました?」
「あ、あぁ。ここは子どもの来る場所じゃないぞ。エリュ」
突如、知らない男性が自分の名前を呼んだことにエリュは息を飲んだ。
「な、なんで俺の名前を?」
「そりゃ、こんな小さい村だしな。名前くらい覚えてるぞ。アドミスさん家の息子だろ? 俺は、ヴェクスだ。俺は元々村の外の住人でな。お前さんの両親には世話になったんだ」
「はぁ……そうなんですか」
ほとんど記憶のない両親について話されても、反応のしようがない。だが、反応の薄いエリュの態度を見て、受けが悪いとヴェクスは続けて話をする。
「あとは……そうだな。一時だが、お前さんの姉さんには剣術を教えていたんだぞ。とは言っても、フィーネ嬢の上達速度があまりにも早くてすぐにお払い箱になったがな」
「へぇ……っていうか、そこまで分かってるなら、なんで俺のことをお嬢ちゃんって呼んだんです?」
「そんなもん、冗談に決まってるだろ? しかし、お前はフィーネに似て美人だな~。将来はいい嫁になる」
そう言って、満足そうに頷くヴェクスをエリュは睨みつけた。
「殴ってもいい?」
「ははっ。冗談だって。そういや、今はお前がフィーネの師事を受けてるんだろ? 調子はどうだ?」
「今日、模擬戦で一本取りましたよ。かなり手加減はしてもらいましたけど」
「いやいや。一本は一本だ。あのフィーネ嬢から一本取っただけでも優秀だよ」
そこで言葉を区切ると、ヴェクスは考え込むように天井を見上げた。
「そうだ。お前、自警団に興味はないか? 一応形だけだが給与ももらえるし、家計も助かると思うが」
エリュはヴェクスの言葉に静かに首を振った。
「いや、実力が足りないよ。それに、怪我したらお姉ちゃんがなんていうか分からないし」
「ウハハッ。そうだな、お前の姉ちゃんは重度のブラザーコンプレクスだからな。心配させ過ぎるのも良くないな」
エリュはコクリと頷く。そして、話が一区切りついたので、ここに来た目的について話すことにした。
「ねぇ。探し人がいるんだけど、情報を聞いてもいいですか?」
「お? 誰を探しているんだ?」
「え~と」
そこで、エリュは言葉に詰まった。よくよく考えてみれば、レーンのことは何も知らないのだ。ヴェクスに出せる情報は外観くらいだろう。
「……ピンク色の髪をした女の子。魔法が使えるっぽい。俺より三、四歳くらい年上なイメージ」
「ピンクねぇ……名前は?」
「聞いてない」
「他の特徴は?」
「……ちょっと冷たい感じ?」
ヴェクスは、エリュの言葉を聞いて少し考え込む。
「この村に桃色の髪をした家系は一つしかない」
「おっ。どこどこ?」
「村長の家だ。だが、あの家には少し頭がおかしくなった老人しか暮らしていない」
「村長なんでしょ? 酷い言い方」
「とは言ってもなぁ。役所仕事も全部こっちに押し付けて、あの人は毎日祈りを捧げるだけだ。こっちから飯を用意しないと平気で三日くらい何も食べない」
「なんでそうなっちゃったの?」
「まぁ、色々あったんだよ。それよりもお前の件だろ?」
「そうだった」
エリュは話を戻そうと、どこまで話したか考えた。
「え~と、そうそう。じゃあ新しく引っ越した人とかいる?」
「この村に引っ越してくる奴がいると思うか? 森の中にあって危険なのによ? この村に来るのは、商人か盗賊くらいだよ」
「う~ん。じゃあ情報なしか……」
ベルクからの情報を得て、エリュはガクリと肩を落とした。そんなエリュの肩をヴェクスは慰めるように力強く叩く。
「まぁ気にすんな。その内、探し人にも会えるさ。そう言えばエリュ。お前、この村の北に【底なしの断層】があるのを知っているか?」
「ん? 急に何?」
「まぁ、実際に行ってみれば分かるが、底なしって訳じゃなくて、大地震で大地が陥没してできた巨大な陥没地帯なんだけどな? あそこからなら人があまり来ないし、月が綺麗に見えるんだ」
「はぁ」
突然、何を言い出したんだろうと、眉を寄せたエリュにヴェクスはそっと耳打ちをする。
「つまりだな? 告るならそこが良いぜって話だ」
「どんな勘違いしてるんですか! しないよ告白なんて!」
エリュは自分の顔が真っ赤になっていると自覚しながらも、大声で叫んだ。その声の大きさに、他の自警団員たちがエリュの存在に気がつく。普段暇を持て余しているせいか、彼らはすぐにエリュの話題に食いついた。
「アドミスさん家の息子が恋してるってよ」
「若いね~」
「告白は底なしの断層らしいぞ。いつ告白するか聞き出してみんなで応援するか!」
そんな雑談が聞こえてエリュは、真っ赤な顔を更に赤くする。
「……お、俺、もう行く」
「おう。それじゃあな。エリュ、頑張れよ」
エリュは去り際に話を変に盛ったヴェクスをひと睨みしてから建物から出た。
「まったく……どんな勘違いをしてるんだ。変な噂が立っちゃうだろっ」
そう言いつつ、エリュは今しがた聞いたばかりの底なしの断層のことが気になっていた。
それは、告白目的──という訳ではない。ただ単にレーンがそこにいるかも知れないと思っただけだ。
他に行く当てもない。だったら偶然に掛けてもいいと思った。
「よし……行ってみるか」




