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金魚ー後編ー


 通勤電車の中で、小金丸のことを考えていた。最近忙しくしていて、あまり観察できずにいたが、昨日見た時は普段と変わらない様子だった。それなのに、なぜ死んでしまったのだろう。流れていく車窓の景色を見ていると、今朝、気味の悪い夢を見て目を覚ましたことを思い出した。



 もしかしたら、僕の夢の中に現れて、「もうすぐ死んでしまう」と伝えようとしたのではないか・・・



 そう思い、最後に夢に出てきてくれたことを嬉しく思った。同時に、何もしてやれなかったことを後悔した。


 出社すると、いつも僕より先に来ている女性の上司が、今日は来ていなかった。どうしたのかと思っていると、朝礼が始まってしまった。その冒頭で、今朝、上司が出社中に車にはねられて救急車に運ばれたことが分かった。

 突然のことで気が動転し、上司のデスクに目を移した。



 ・・・引き出しから何かがはみ出している。



 朝礼が終わり仕事に取り掛かろうと思ったが、もう一度上司のデスクを見た。


 色褪せた草のような、細い何かがはみ出ているのが再び目に入る。どうしてもそれが気になってしまい、悪いとは思ったが、引き出しを開けた。


 中には、黒いビニールの袋があり、そこから束になった乾燥した草のようなものがはみ出ている。

 直感で見てはいけないと思ったが、そう思えば思うほど、手が勝手に動き中身を取り出した。




 藁人形だった。




 人形の胸には白い紙が貼ってある。


 その紙には、僕の名前が書いてあった。


 名前の真ん中には長い釘が刺さっている。

 



 急いでビニール袋に戻し引き出しにしまった。



 ・・・僕は何を見てしまったんだろう。



 気持ちの悪い冷や汗が流れた。視線を感じ顔を上げると、同僚の女の子が僕を見ていた。目が合うと、彼女が近づいて来た。


「見たんですね。」


 返事に困っていると、「私も今朝、何かなと思って見てしまったんです。」と小さな声で伝えてきた。


「仕事中に機嫌が悪いことが多かったでしょう?あなたの仕事ぶりが悪いわけじゃなくて、先月別れたばかりの夫にあなたがよく似ているから憎らしいと不満を漏らしていたの・・・それでこんなものを持っていたんですかね。」


 背筋に冷たいものを感じた。

 そうか。上司に嫌われているとは思っていたが、自分に非があった訳ではなかったのか。嫌味を言われたり無茶な仕事を押し付けられているとは思ったが、まさか元夫と似ているからだなんて。

 同僚の女の子の話を聞いて、人を呪う道具である藁人形を会社に持ち込むほど憎まれていたのだと知り、ひどく気分が落ち込んだ。釘が刺さっていたから、僕に呪いをかけていたのだろうか。







 上司の分の仕事もこなし、結局残業をする羽目になった。翌日は休日だったため、明日はしっかり寝ようと決めて家路についた。歩きながら、小金丸のことを思い出した。今朝のことは何かの間違いで、いつものように元気に出迎えて欲しいと強く願った。


 玄関のドアを開けると、見慣れた水槽があった。だがそこには、僕の姿を見て嬉しそうに泳ぎ回る小金丸の姿はなく、代わりに水面に浮いたままの小金丸を見つけた。

 すぐに小さな容器を持ってきて、すくってやった。深夜ということと疲れているのもあり、明日の朝に土に埋めてやることにした。シャワーを浴びずに、すぐにベッドに入り目を閉じた。


 夢の中に再び小金丸が出てきた。親指ひとつ分の小さな体を懸命に動かし、僕の周りを元気に泳いでいる。

 随分機嫌が良さそうだなと思ったら、いつの間にか大きくなって、立派な鯉の姿になっていた。


「小金丸、随分大きくなったなぁ。」


 嬉しくなって、小金丸の体をさすった。もう大きいから、「小金丸」は改名した方がいいかなと思った時、突然小さく痙攣して、口から何かを吐き出した。


 それは黒い塊だった。

 よく見ると、上司の引き出しに入っていた藁人形のように見えた。


「大丈夫か?・・・最期の時、苦しくなかったか?気づいてやれなくて、ごめんな。」


 鮮やかなオレンジ色の鱗に触れた瞬間、いきなり体をしならせて僕の手から離れた。そのまま、空高く泳いで、行ってしまった。




「さよなら、小金丸。」




 目が覚めると、窓から朝日が差し込んでいた。シャワーを浴び朝食を済ますと、玄関の下駄箱の上の小さい容器を持って近所の緑化道に向かった。

 両端に植樹された木々が生い茂る道を進んでいくと、少し開けた場所があり、黄色や白の小さな野草の花が一面に咲いているのを見つけた。綺麗だなと思い、その近くに穴を掘って小金丸を埋めた。



 両手を合わせ、心の中で別れの挨拶を告げる・・・



 家に帰り、ソファに座るとため気が出てしまった。これから玄関を通る度に、寂しい気持ちになる。心の中に、小さな穴が空いてしまったようだ。その穴を埋められるのは時間だけだと分かっているが、長くかかりそうだと再びため息を吐いた。

 スマホが鳴った。部長からメールが届いていた。中を見ると、上司の怪我が深刻で会社を退職するということだった。不謹慎かもしれないが、顔を合わせずに済んで良かったと思った。

 

 気を紛らわそうとテレビをつけた。選局していると、金魚についての特集がやっていたので手を止めた。金魚は中国で金運の象徴とされているそうで、玄関に置くと金運が上がるらしい。そして愛情を込めて育てると、飼い主に不幸が起きた時に肩代わりしてくれるなんて話をしていた。


 不幸を肩代わり・・・


 おととい見た夢を思い出した。

 丑の刻参りをする女性を見つけ、僕の上に何かが這い上がってくると、小金丸が黒い何かとぶつかってしまう夢だった。今朝は小金丸が黒い藁人形のようなものを吐き出していたが・・・もしかしたら、これらはただの夢ではなかったのかもしれない。



 小金丸は、僕を助けるために犠牲になったんじゃ・・・



 真相は分からない。

 だが、そんな気がしてならなかった。


 テレビを消し、ベランダに出て空を見上げた。青空だ。そういえば、今朝はこんな青い空の中を、小金丸が泳いでいく夢を見たなと思った。



「ありがとう。そっちでも元気でな。」



 小さく呟いて、空を仰いだ。

 透き通った青空が悠々と広がっていた。

 その青色が目に染みて、ひとすじ、ふたすじと、涙が頬を伝った。


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