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6.笑う男


 深夜にコンビニに買い物に行くことがある。そこでビールや酒のつまみを買うのだが、いつも決まって同じ男がレジに立っていた。

 40代くらいの黒髪の男で、何回も彼のレジで買い物をしているが、声も小さく、表情もない。笑って接客している姿を一度も見たことがない。しかし夜中だから、「まぁこんなものか」と思っていた。


 ある日、急に出張が入った。1週間ほどしてやっと自宅に戻ることができた。煙草を一服すると口寂しくなり、いつものコンビニへ向かった。


 店に入りハイボールの缶と適当なつまみを取りレジへ向かう。すると、いつもの無愛想な男がいたのだが、今日は笑っている。

 一瞬驚いたが、店長に接客態度について注意を受けたのだろうと思い、特に気にはしなかった。だが困った事に、男はにやにやしているが、なかなかレジに商品を通してくれない。


「あの、ハイボールを買いたいんですけど。」

「・・・」


「あの!ハイボールを買いたいんですけど!!」

「ひっ・・・ひひひっ」


 男がいきなり笑い始めた。いくら声を掛けても、笑い続けている。

 最初はおちょくられているのかと思った。だが、何度声を掛けても「ひひひひひっ」と笑うだけだ。


 男の目は三日月の形になっており、薄い唇からは少し黄ばんだ歯が見えた。


「ひひひひひひひひひひひっ!」



 全身の毛が逆立った。



 ここに居てはいけない。

 そう思い、全力で走った。



 家まで一気に駆け抜けると、玄関のドアを開け、大きな音を立ててドアを閉めた。


「なんなんだ、あの男。なんで笑ってるんだよ・・・」


 その日から、布団に入り目を閉じると、あの三日月の形の目と笑い声が脳裏に浮かんだ。



♦︎



「それで、眠れないんですか?」


 会社の同僚に不眠気味だと相談した。彼は「ふぅん」と言った後、驚くべきことを口にした。


「気味が悪いですね。そういえば、そのコンビニで殺人事件があったのを知っていますか?」

「殺人?」


 背筋が凍りついた。いきなり何を言い出すんだ。同僚の顔をじっと見つめた。


「5日位前かな。刺殺事件があったってニュースになってましたよ。」


 そこで休憩時間が終わってしまった。

 仕事をしながらコンビニのことを考えていた。手の空いた時間にスマホで事件について調べると、やはり「殺人事件」という文字が出てきた。

 被害者は店員の40代男性。深夜に事件が起きたようだ。何度もあのコンビニを利用しているが、中年の男性は、店長と無愛想な男しか見た事がない。亡くなったのは、そのどちらかなのだろう。


 この事件が頭にちらついて離れなかったため、仕事終わりに久々に例のコンビニに立ち寄ることにしたが、早く行くつもりが残業のせいで深夜になってしまった。

 店に入ると、いつもの男は居なかった。代わりに店長と若い女の子がレジの前に立っている。

 適当に夜食を手に取りレジに向かった。淡々と会計が進む。いつもの男とは違い、店長と女の子は笑顔で接客していた。怪しまれるかと思ったが、意を決して店員に尋ねてみることにした。


「あの、すみません。いつも深夜に接客をしていた男性は、今日は居ないんですか?」

「え?」


 2人とも固まってしまった。間が空いてしまったため、なにかうまい言い訳をしようと考え始めた時だった。


「・・・彼は、5日ほど前に亡くなりました。ちょうど今頃の時間に。」


 店長から詳しく話を聞くと、男は深夜0時頃、接客中に客に刺殺されてしまったそうだ。防犯カメラの映像から、ナイフで脅され、なぜか彼が笑った直後に刺されてしまったことが判明した。犯人はまだ捕まっていないと、店長はため息を吐いた。


「彼が笑っているところを私達は見た事がありません。人付き合いが苦手な人でしたから。でも真面目に勤務していたんですよ・・・ですが、現場に居合わせた他のお客様から、『接客態度が悪い』と犯人が喚いていたと聞きました。ですから、あの事件以来、深夜の勤務体制は必ず2人にして、笑顔で接客するようにしているんです。」


 家に帰ってから、もう一度刺殺された男のことを思い出した。彼は最後に会ったとき、笑っていた。あれは幽霊に違いない。だが男の死後に、なぜ僕が幽霊を見たのだろうか。なにか理由があるのだろうか。



 それに・・・幽霊とはいえ、男の最期の顔を見てしまったのでは・・・・・・



 あり得ないと思いつつ、背筋が冷たくなった。



 この日もあまりよく眠れなかった。



♦︎



 翌日、再び同僚に相談した。


「それは幽霊に違いありませんね。愛想笑いがなくて態度が悪いという理由で、客の怒りを買ってしまい刺されてしまった。気の毒ですね。」

「愛想笑いか。たしかに一度も笑っている所を見た事がなかったな。」


 同僚が顔をしかめた。


「そうでしょう。僕もよくあのコンビニを使うんですが、彼は態度が悪かった。一度くらい笑って接客したらどうかと聞いたら、すぐに歯を見せながら笑ったが、気味が悪くて最悪だった。あの顔は忘れられないな。」

「君もそう思うか。でもそれだけで刺されてしまうなんて、彼は本当に気の毒だ。」


 時計を見ると、休憩時間が終わろうとしていた。


「そろそろ仕事に戻ろう。」

「今日はよく眠れるといいですね。」

「ありがとう。」




 帰宅すると、また男のことを思い出した。気味が悪い。僕はなぜ男の幽霊を見てしまったんだろう。これはただの偶然なのだろうか。だが偶然のために不眠になり、今もこうして悩んでいるのだ。とても迷惑している。あの日、コンビニに行ったことをひどく後悔した。



 その時、ふと気づいた。



 男の笑う顔を見たのは、僕と犯人だけのはずだ。それなのに、男の「笑う顔」が気味の悪いことを、なぜ同僚が知っていたのだろうか。笑って接客するように話しかけたのは、いつのことなのだろうか。




 犯人の知り合い。

 だから僕の目の前に男が現れた。




 ・・・いや、考えすぎだな。

 取り憑かれたように男のことばかり考えている自分に苦笑した時だったーー




































「当たり」


















 うしろから、声が聞こえた。


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