13.顔が怖い
もう5時間も用を足していない祖母。無理矢理立たせてトイレに連れて行こうと、祖母の手を母の手が引いた。祖母の皺だらけの細くなった指が、母の手をぎゅっとつねる。
「痛いっ! お母さん、やめて!!」
母が悲鳴をあげても、祖母はそのまま母の手をつねり続けた。
「おばあちゃん、やめなよ!」
見兼ねた私は祖母の手を母から引き剥がした。今度は母の手を叩こうと腕を振り上げる祖母の片腕を力づくで止める。母はもう片方の祖母の腕を押さえ込む。振り払おうとする祖母の腕の力は、老人とは思えない程強い。
母と一緒に祖母の両腕を押さえながら、トイレに連れて行った。その間にも、祖母は「顔が怖い!」などと訳の分からない事を叫び、抵抗しようと足をバタつかせ腕を払おうとする。
母は祖母の両腕を捕まえ、私はトイレのドアを開け、祖母の下衣を下ろすと力任せにトイレに座らせた。
祖母の絶叫が廊下にこだました。
「顔が怖い。怖い。怖い。」
用を足させ、呪文の様に独り言を呟く祖母をトイレから連れ出した。
祖母は1人で歩けるが、私はその細い腕を支えて、ゆっくりと歩いた。
昼ご飯の時間を過ぎていたため、祖母を椅子に座らせご飯を食べるのを手伝った。その間に、母はどこかに電話を掛けた。
「いつもお世話になります。今日は相談したい事があって・・・えぇ、その件です。まだ幻覚が見えているようで、薬を変えて欲しいんですが・・・」
祖母はご飯を口に含むと、笑顔を見せた。
「おいしいねぇ。」
私は頷くと、次のご飯をスプーンにすくった。
私と母は、「トイレの中に顔が見える」という祖母の話を信じていない。そして憎んでいる。毎回トイレに連れて行く度に、ありもしない幻覚に怯え暴力を振るわれるのだから。
でも時々、考える事がある。
祖母の言う顔が、もし本当に見えていたとしたら・・・私達は毎回、祖母にひどい事をしているのではないだろうか。
昼食が済み祖母をベッドに寝かせると、あっという間に3時になった。
「おばあちゃん、トイレに行こう。」
「嫌だ。顔が怖い。怖い。怖い。」
祖母の顔は、恐怖に怯え涙を流していた。
その顔に苛立ちを覚えながら、私と母が無理矢理腕を押さえつけてトイレに向かわせる。
本当に怖いのは、私と母の顔なのでは・・・
私はそう思う。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!