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12.エレベーター


 都市伝説の中に、異世界に行ってしまうエレベーターの話がある。ある手順を踏むと異世界に行けるらしい。そんなこと実際にある訳ないが、大抵のエレベーターには窓がついていないから、自分の乗ったエレベーターが()()()()()()()()()()()()()見てはいないのである。もし着いた先が思いもよらない場所、例えば異世界だとしたら・・・なかなか怖い話である。


 これは、そんな世界を覗いてしまったかもしれない女性の話である。



♦︎



「スマホを忘れたから取ってくるね。先に食べてていいよ。」


 私は彼氏と別れ、小走りでエレベーターに乗り、2階の泊まっている部屋に戻った。テーブルの上にスマホが置きっぱなしになっていた。手に取ると、部屋を出て廊下に出る。

 突き当たりまでまっすぐ歩き、角を曲がると少し先にエレベーターが見えた。男性が1人だけ立っていて、ドアが開き中に入ろうとしている。走ったら間に合うかなと思ったが、浴衣だから諦めることにした。ドアが閉まるタイミングでエレベーターの前に着くと、下向きの矢印のボタンを押した。しばらく待っていると、ドアが開く。

 中には誰もいなかったので、1人で乗り込んだ。それから1階のボタンを押すと、オレンジ色の淡い光が灯った。エレベーターが上に動き始める。


(あれ?今、『1』のボタンを押したよね?)


 ボタンはB1から4まである。その中で「1」のボタンだけが光っているのだが、何故かエレベーターが上がる感覚がする。私は2階から乗ったずなのに、どうしてだろう。


 操作盤の上の電光表示が「2」から「3」に変わる。エレベーターはまだ止まらず、どんどん昇っていく。


(ちょっと・・・1階に行きたいのに、どんどん離れて行っちゃうじゃん。)


 そのまま、「4」になってしまった。


(なんで4階?そんなボタンは押してないのに。もしかして、上行きのエレベーターだったかな?そういえば、何も確認しないで乗っちゃったな。)



 チン。



 エレベーターが止まった。

 入って来る人のために、隅に寄る。このまま私がどこにも降りずに1階で降りたら、「この人、間違えて下の階から上がってきちゃったんだって思われるな」と考えて恥ずかしくなった。だが、旅の恥は掻き捨てと言うし、何食わぬ顔をしながらやり過ごそうと決心した。

 両開きのドアが、機械的な動作で開いていく。明るい廊下が見え、浴衣を着た人が乗って来る。・・・と思ったが、予想とは裏腹に、私の視界には暗い廊下がどんどん広がっていく。

 ドアが全部開ききると、朝なのに真っ暗な廊下が広がっていた。




(・・・あれ?)

 



 人が乗ってこない。というか、このフロアには灯りが点いておらず、人の居る気配がない。



(なんでここに止まったの?)



 エレベーターから顔を出し、辺りに人がいないか廊下を見回した。エレベーターの周りや廊下の奥には、椅子やテーブルが乱雑に置かれており、廊下の片側にずらっと並ぶ窓のカーテンは全て閉じられていた。どうやら使われていないフロアのようだ。




「・・・・・・」




 私はなぜここに来てしまったのだろう。


 そもそも、誰が乗ってこようとしてたの?


 頭の中で、冷静に今の状況を整理する。





 今、私は、エレベーターに1人きり。


 朝7時。


 暗い廊下から、誰かがエレベーターのボタンを押したようだ。


 使われていないフロアから、一体、誰が・・・?





 遠くから、足音が聞こえた。

 ボタンを押した人が近くに居るのかもしれない。


(エレベーターが来るのが遅いから、階段の方に行ったのかな?もし1階まで行くなら遠いし、一緒に降りますか?って、声を掛けたほうがいいかな。)


 ドアから顔を出し、声を出そうとした時だった。手の中でスマホが鳴った。


『まだ来ないの?食べずに待ってるよ。早く来て。』


 彼氏からのメールだった。

 早く戻ろうと思い顔を上げると、廊下の奥に赤く揺れている何かが見えた。




 炎だった。


 燃え上がる炎の中に、黒い人影が2つ見えた。




(嘘・・・火事!?誰か燃えてる!助けないと!)


 自然と足が動き、エレベーターから出ようとした時だったーー

 


「そっちに行っちゃだめ!」



 女の子の声が響いた。

 驚いて足を止め、今度は後退りする。

 すると、燃えている人がゆっくりと近づいてきているのに気がついた。叫び声が聞こえる。



「助けてーー!」

「早く来てーー!!」



 困っている人が目の前にいる!



 恐怖心があったが、それでも助けに行かなければと、燃え上がる炎に近づくため、もう一度足を踏み出そうとした。




ーーそっちに行っちゃだめ!ーー




 先程の声を思い出し、踏み留まった。それと同時に、おかしな点に気がついた。

 火事があれば建物にも火が移るはずだが、燃えているのはあの2人だけだ。周りのカーテンも、家具も、何も燃えてなんかいない。煙も見えない。何が起きているのか、訳が分からない。だが、私の本能が私に呼び掛ける。




 ・・・あっちに行ってはいけない!




 急いで『閉』のボタンを押した。外を見ると、燃える黒い人影は、いつの間にか廊下の中腹まで来ている。おかしなことに、廊下がエスカレーターのように動いていて、燃えている人がどんどん近づいている。このままではエレベーターに入ってきてしまう!

 身の危険を感じ、「閉」ボタンを何度も押した。


(早く閉まれ、早く閉まれ、早く閉まれ!)


 機械的な動きで、ゆっくりとドアが閉まり始める。廊下を見ると、真っ赤な炎に包まれた2人が迫っている。全身が黒く焼け焦げているが、その顔には、目がない。鼻もない。耳もない。口のような空洞だけが、ぽっかりと空いている。2人は閉まるドアで徐々に見えなくなり、やがて私1人の密室の空間になった。


 そのままエレベーターは下に降りて行く。途中2階でドアが開いたが、中年のおばさんがひとり乗ってきただけだった。この女性におかしな所はないか注意していたが、上を向いたりしながらドアが開くのを待っているだけだった。そんなおばさんを見て、日常に戻ってきたのだと、心の底からほっとした。

 無事に1階に着き、お食事処に戻ると、彼氏が心配そうな顔をして待っていてくれた。


「遅かったね。トイレにでも入ってたの?ってか、スマホはあった?既読がつかないから心配したよ。」

「・・・スマホ、持ってるよ。テーブルの上にあった。メールはさっき見たんだけど、既読ついてないの?」


 先ほど起きたことを彼に話そうと思ったが、いま話したら何か悪いことが起きるような気がして、口を閉じた。

 2人で食事を済ますと、早々に宿を出た。車の中で「もう少しゆっくりしても良かったのに」とこぼす彼の横で、私は宿泊したホテルについて調べた。

 スマホでウェブサイトに入り、ホテルの名前を入力して「幽霊」「エレベーター」と検索する。しかし、何も出てこない。「火事」でも何もヒットしない。




 ・・・あれは何だったんだろう。




 窓を開けた。外を見ると、遠くにホテルが見える。もし途中で私を引き止める声が聞こえなければ、エレベーターから出ていたに違いない。




 あの時、外に出ていたら・・・




 考えると、背筋がゾッとする。

 窓を閉めて、前を見ながら考える。家に戻ったら、彼に電話をしよう。そして、さっき起きたことを彼に話そう。先ほどの体験を聞いたら、彼はどんな反応をするだろうか。私の話を信じてくれるのだろうか。

 横を向き、ハンドルを握る彼の顔をぼんやりと眺めた。


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