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11.おじいちゃん


「これお母さん!」


 息子が絵を見せてくれた。

 丸い顔の上半分に、つぶらな点が二つ。その下には半月の形の口があり、髪の毛らしきぐるぐるが頭の上にのっている。笑っている私を描いてくれたようだ。

 5分もしないうちに、また紙を持ってやってきた。


「これお父さん!」


 顎に点々が描いてある。「上手に描けたね」と褒めると、にっこりと嬉しそうに笑った。

 野菜を切っていると、また何かを描いてきた。


「これおじいちゃん!」


 手を止めて、絵を見る。頭の上につぶつぶが描いてあった。


「よく描けてるわねぇ。これは山梨のおじいちゃん?」


 山梨のおじいちゃんは、夫の父である。名前の通り山梨に住んでいるのだが、髪の毛は生えている。


「ちがうよぉ。」

「じゃあ、近所のおじいちゃんかな?」


 息子は頬を膨らませてむすっとすると、「おじいちゃんとよく遊ぶんだ」と言ってリビングに走って行った。




 夕食を終え風呂に入り息子を寝かしつけた。それから帰宅した夫に息子の描いた絵を見せると、私の父に似ていると言ってきた。


「最初はそう思ったけど、そんな訳ないよ。だってあの子が生まれる前に亡くなってるんだから。」


 父は孫が生まれるのを心待ちにしていたが、結婚して半年もしないうちに、ある日突然亡くなってしまった。心不全だった。


(一体、誰の絵を描いたのかしら・・・?)


 息子の描いた人物の正体は、このあと思いもよらない形で分かることになるのだが、この時の私は知る由もなかった。



♦︎



 翌日は天気の良い日で、息子を連れて公園で遊んでいた。ボールを持って行くと私の真似をして投げようとするが、小さな手を頭の上に振り上げた瞬間にボールが抜けて自分の後ろに転がってしまう。そんなことを繰り返していると、通りすがりの人が挨拶をしてくれた。


「こんにちは。」


 隣に住むおじいさんだった。息子があどけない口調で「こんにちは」と返すと、「元気で羨ましいなぁ〜」と目を細めていた。


(もしかしたら、あの絵はお隣のおじいさんを描いたのかもしれない。よく似ているわ。)


 息子がおじいさんに向かってボールを投げようとすると、今度は真横に転がってしまい、思わず笑ってしまった。その時、ポケットの中でスマホが震えた。手に取ると電話だったため、後ろを向いて耳にスマホを当てた。


「もしもし・・・」

「あぶない!!!」


 大声に驚いて振り返ると、おじいさんの見つめる先には息子が居たのだが・・・公園の外に転がり出てしまったボールを追いかけて、車の走る道路に飛び出そうとしている。

 車の前をボールが横切り、そのあとを息子が追いかける。私はすぐに走り出すが、とても間に合いそうにない。


「けいちゃん!!!」


 車に跳ね飛ばされ、人形のように宙に舞い、すぐ地面に叩きつけられる。脳裏によぎった映像に、思わずぎゅっと固く目を瞑ってしまった。そして、すぐに道路を見た。


 車は目の前を通り過ぎて行き、道路の手前で立ち止まっている息子を見つけた。一瞬安堵すると、急いで駆け寄って抱きしめた。


「良かった!!公園から出ちゃいけないって、いつも言ってるでしょう!!」

「あのね、ボールが出ちゃったんだよ。」

「分かってる!それでも、公園から出ちゃいけないの!そういう時はお母さんと一緒に取りに行こうね。できる?」

「うん。」


 息子から体を離し、しっかりと手を繋ぐと、車が来ていないのを確認してから道路を渡りボールを拾った。




「それでね、今日は危なかったのよ。ボールを追いかけて公園から出ちゃいけないって、あなたからもけいちゃんに教えてあげて。」


 夫が仕事から帰り、夕食を食べている時に昼間の出来事を話した。口いっぱいに頬張りながら黙って話を聞いていた夫は、ごくりと大きく飲み込むと、息子に向かって厳しい口調で話しかけた。


「けい、ボールを追いかけて、公園から出たのか?」

「うん。でも、ボク、途中でちゃんと止まったよ。だっておじいちゃんが手を引っ張ってくれたから。」


 一瞬、理解が追いつかなかった。おじいちゃんが、手を引っ張った?


「けいちゃん、お隣のおじいさんは、ママの隣に居たのよ。自分で止まったんでしょう?」

「ううん。違うよ。おじいちゃんが手を引っ張ってくれたから、止まったんだよ。」


 夫と顔を見合わせた。息子の言っていることが分からない。


「この間、おじいちゃんを描いたら、お母さんが褒めてくれたよ。」

「あの絵はお隣のおじいちゃんじゃないの?」

 

 頬を膨らませた息子は、シャッターの降りた窓の方を指差した。


「おじいちゃん、そこに居るよ。いつもボクと遊んでくれるし、お母さんとお父さんのことも、にこにこして見てるでしょ。」

「・・・・・・」


 息子の指さす先には、誰も居ない。

 リビングの窓ガラスの奥には無機質な灰色のシャッターが見えるだけだ。

 奇妙な静寂がリビングを包み込んだ。数秒間、時が止まったように思えた。

 

「なぁ、もしかしたら、お父さんが見守ってくれてるんじゃないか?」

「えっ・・・まさか。」


 夫の発言に驚きつつも、息子の描いた絵を思い出した。たしかに父と似ていると思った。

 小さな肩に手を置き、目線を合わせた。無垢な、きれいな目をしている。嘘を言っているようには思えない。


「まだ、おじいちゃんはそこに居るの?」

「うん。お母さんのこと、見てるよ。」


 半信半疑だったが、私は窓の手前に向かって、声を掛けた。


「お父さん、けいちゃんを守ってくれて、ありがとう。」


 声が響き、虚しく消えて行く・・・。「馬鹿げたことをしている」と分かっているのに、なんとも言えない、寂しいような気持ちになった。何も無い空間に向かって話しかけて、返事が返ってくるわけがない。それなのに、少しばかり期待していた自分がいたのだ。

 2,3秒静まり返ると、「さぁ、お風呂に入ろっか!」とわざと元気な声を出した。そのまま立ち上がると、パジャマを用意するために寝室へ向かった。




 夜9時になり、布団を敷き電気を小さくした。息子がいつものように私に抱きついてきて、それから小さな声で、まるで内緒話をするように、私に教えてくれた。


「おじいちゃんは時々あそこに居て、いっしょに遊んだり、ボクが遊んでるのを見てたりするんだよ。絵を描いた時は、ニコニコしてくれたんだ。

あとね、ボールを追いかけた時に手を引っ張ってくれたのは、やっぱりおじいちゃんの手だよ。だって、お母さんが『ありがとう』って言った時、おじいちゃんはにっこり笑ってたから。」


 私は驚き、それからにこにこしている息子の頭を撫でた。「お母さん、大好き」と抱きついてくるので、私も小さな体を抱きしめた。


「今度、おじいちゃんのお墓参りに行こうか。最近行ってなかったもんね。」

「おはかって、なぁに?」

「そっかぁ、けいちゃんは行ったことあるんだけど、分かってなかったのかぁ。お墓ってね・・・」


 次にお墓参りに行ったら、掃除をして、花をお供えして、線香をあげるつもりだ。そして、もう一度お父さんに「息子を守ってくれて、ありがとう」と手を合わせようと思う。


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