1.顔
「ここには居たくない。怖い、怖い。」
「おばあちゃん、何がそんなに怖いの?」
「そこに顔があるじゃないか。」
「どこ?」
「そこだよ・・・そこ。」
指をさした先には、白い壁があるだけだった。
「・・・・・・私には何も見えないよ。」
「そうなの・・・?」
ゆっくりと目を開けると、ぎゅっと目を瞑り、手で顔を覆った。
「やっぱりあるじゃないか!!」
「・・・どんな顔があるの?」
「怒ってる顔だよ。ほらそこ、そこにも・・・。みんな、怖い顔をして目を吊り上げてるじゃない。」
「みんな・・・?」
「おばあちゃん、顔は一個じゃないの? いくつあるの?」
この子は私のことを信じていない。むしろ馬鹿にしている。
質問に答えるために、おそるおそる目を開けると・・・おぞましい光景が眼前に広がった。
人が2人入れば一杯になってしまう、トイレの狭い空間。
その右の壁、左の壁、ドア、天井、床、全ての余白がびっしりと顔で埋め尽くされている。
それは能面を一個一個並べて埋め尽くしたような、奇妙な光景だ。
その1つ1つの顔が、目を吊り上げて、恐ろしい形相で私を睨みつけるのだ。
少しでも動こうものなら、全ての目が私を追いかけてくる。
戦慄が走る。心臓の鼓動が早くなり、冷や汗が流れる。
そこら中にある全ての顔が、目が、私を怒って睨んでいる。
「みんな私を見てる。怖い、怖い・・・」
「私も見てるけど、何もないよ。白い綺麗な壁しかないよ。おばあちゃん、聞いてる?」
「顔が怖い。怖い。怖い。」