笑ってはいけない。
ソレは今も所有者が呼ぶのを待っていた。数日から数か月、時には数年呼ばれない事もあるが、ソレにとってはたいした事ではない。何故ならソレが呼ばれた時にはまさに大暴れが出来るのだから。だからソレにとって待つのは苦痛ではない。ソレは今も所有者の近くにある、所有者から呼ばれた時に直ぐそこへやって来られる場所。音も響かない遥か上空に。
ネィガールは大きく笑った。あのカインゼルがくたばるだと? 何と素晴らしい。何と喜ばしい知らせか! この女どもにはなんて言ってこの喜びを伝えようか。どんな苦痛でこのはれやかさを教えてやろうか! そんなネィガールにミーシャのメイスとレーナの【炎の矢】が飛んで来る、レーナの【炎の矢】は『神官』であるネィガールにとって大した脅威ではないが、ミーシャの鉄の打撃部を持つメイスはちょっとした脅威だった。鉄は魔法を無効にする。だからネィガールは【土の壁】を即席で作った。鉄は魔法を無散させるが、魔法で作った何かは消せない。案の定、かたちの悪い土の壁は鉄のメイスが触れるとそこでただの壁になる。魔法は消えたが、ただの土の壁はメイスの攻撃をそこで止める。
「何をする」ネィガールが抗議する。
「「何をする、じゃあない!! 私達のどちらかの夫が死にそうな時に笑うなー!!」」ミーシャはメイスを構えて今にもこの男の頭蓋骨を粉砕しようとしている。レーナは次の魔法こそは『神官』であるこの男の所有する特殊スキル『神の恩恵』でも防げないよう、魔力の精度を底上げするために呪文を練り上げている。
「ハッ! あの男のためにワタシがどれ程の信者と財産を失ったか分かるまい、どれ程の物を残ってくれた信者に与えて来たか、そのせいで何人の信者が死亡したか。それに、いったい何人の奴隷を生贄として捧げたか。その金だってただではないのだぞ!!」そう言って被害者ぶるネィガール。
ミーシャとレーナはこの男の話しを聞いて本気でこの男を殺してやりたくなってきた。何なのだ、この男の「私は被害者です」というアピールのしかたは。神からの“声”が聞こえなくなった? それはひとえにこの男の信仰心が揺らいだからではないか! それをあたかもカインゼルが悪いからだと思いこもうとしている。信仰心なんてものはどれだけその“神”を信じ続けられるか、ではないのか?
要はこの男は自分の信じている神を一度見限ったのだ。
それで神官としての力を失い、ありとあらゆる“邪悪”に手を染めて今一度のチャンスを“魔神”から与えられた。つまりはそう言う事でしかない。
こいつは本当の『神官』ではない! ただの『神官候補生』だ。自分を神の信徒と信じている…いや、信じ込もうとしている愚かな『偽物』
「ああ、神よー!! 視ておいでかー。ワタシはあなた様の忠実な信徒でございますー!!」
ああ、なんて哀れな生きものか……。
伏線も入れたし、ここからが本番です。
え……、ミーシャとレーナの話しは何だったのか?
この話しの主人公が誰か、忘れていませんか?
ミーシャとレーナではありませんよ?




