がんばってきたんだね。
ゆらり、と顔を伏せてミーシャが前へ出る。そこへ襲い掛かる三人の大男、その大剣を最初に振りかぶった大男の首から上が一瞬の内に無くなっていた。首から上を無くした大男の体がぐらり、と倒れそうに傾く頃には残り二人も頭が砕かれていた。
血液を流す、頭を砕かれ倒れこんで死んだ三人の真ん中で、ミーシャは血を全身に浴びて両手をだらりと垂らして立っていた。
そこへ更に五人の大男がミーシャに襲い掛かる。今死んだ三人を目にして普通は攻撃などしない。そう普通なら。五人の目は赤く血走り、その口もとはよだれでべとべとだった。大量の中毒性のある何かを摂取しているのは明らかだった。
まともな思考の出来ない男達には、頭から血をかぶったミーシャも、とてもいい体を持っている“雌”にしか見えていないのだろう。ミーシャが伏せていた顔を上げる。
…泣いていた…。涙が頬をつたう、だがその口からは懺悔も後悔も出はしなかった。
一人目の男は肋骨が粉砕される。
二人目の男はメイスで頭を潰される。
三人目の男は背骨ごと体が“く”の字に折れて絶命する。
残りの二人もミーシャの体を染める赤い絵の具にしかならなかった。
その光景を見た残り八人は、本能で(この女は危ない)と感じたがそれだけだった。
八人の体から炎が噴き出し、生きた松明となって絶命する。レーナの呪文の詠唱が終わったのだ。
──八人?
そう、レーナの魔法で焼かれたのは八人。
ミーシャが文字通り撲殺したのも八人。
ケイ少年は十六人の死を見終わったあと、ロングソードを鞘にしまう。
四人の死体の真ん中に立って。
ミーシャが自分を取り戻して最初にした事は、川に飛び込む事だった。
ケイ少年は直ぐにでもミーシャと話したがったが、レーナがそれを止めた。あの状態のミーシャにはレーナも迂闊に近づけない。昔、不用意に近づいた仲間をミーシャは撲殺している。
十分後、体を洗い服も洗ったミーシャに向けられていたケイ少年の目には、畏怖でも恐怖でもなく。ましてや羨望でも尊敬でも無いものがあった。
「あ、あの…」ミーシャが呟くと、ケイ少年は目いっぱい背を伸ばすとミーシャの頭を撫でた。
「がんばってきたんだね」そう言ってミーシャの頭を撫でる。
ミーシャの目頭は熱くなっていった。だからミーシャのした事はそんな少年に背を向けて、小さな声で「ありがとう」と言った事ぐらいだった。
えー。は、恥ずかしい。
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