猫という気高い彼女
タカシは大学で体育会系の部活に所属し、その部室は大学生協などが入る学生会館とグランドとの間のプレハブ造りの部室長屋にある。
その部室長屋の裏手にしょっちゅう、どこからともなく雌猫が現れた。
彼女は野良にしては綺麗な毛並みをした白い猫で、長毛のせいもあり丸々としていた。
愛嬌と上品さを兼ね備えた表情をしていて、女子学生を中心に可愛がられていた。
いつも誰かが何かしらの餌をやっていたが、しかし決して人に媚びるようなところがなく自分の気の向いた時だけ餌箱のところにやって来た。
そして例えば人間が猫じゃらしのようなおもちゃを差し出したりしても目もくれず、食事が終わるとまたどこかへ行ってしまうのだった。
あまりに人に懐かないので、「生意気だ」などと言う男子学生もいたりした。
誰かに陰で蹴飛ばされたり石を投げつけられたりしているんじゃないか、だから人間嫌いになっているんじゃないかと噂されたりもしていた。
タカシは彼女のことがとても気になっていた。
白くて丸々とした体つきや愛嬌だけでなく、他人に媚びず自分の世界を守るような凛として気高い態度も含めて彼にそうさせているのだった。
恋人というものに生まれてこのかた縁のなかった彼は、せめて心を慰めるかのようにその猫に餌をやっていた。
それも、割と高価な猫用缶詰を。
その猫が、階段下に無造作に積んであるプラスチックコンテナの陰で子猫を産んだ。
それは、いよいよ本格的に春めいてきた頃のことだった。
父猫は一体どこの猫だろうかは、分からなかった。
ただ、四匹の子猫は毛が生え揃ってくると母猫のような全身真っ白なのはおらず、どれも見たままの雑種だった。
母猫ははじめ、それまでそうしていたように気まぐれに姿を消しては、また戻ってきた。
彼女が不在の間、残された子猫たちは母親を求めて力いっぱいの声をあげて泣いた。
その声を聞いて、部室長屋の面々が手隙になる度に入れ替わり立ち替わり、子猫のところへ様子を見に行くようになった。
すると母猫は警戒心をあらわにして、子猫たちを守るようにそばに付きっきりになった。
それでも人間たちは代わる代わる様子を見に行き、その度に母猫は激しく威嚇するようになった。
そして数日経ったある日、母猫は子猫を1匹ずつ咥えてどこかへ運び、とうとう元の場所には姿を現さなくなった。
後には、主のいない餌箱が残された。(了)