予言?
ソフィオーネの妹、レジーネ・ジンガ・リムタスは不思議な力を持つ子だった。
『この家を再建するには、ここの屋敷を売り、郊外から離れた土地を広く買い取り、麦畑を耕すべきです』
『この国は暫くの間、作物が育ちにくくなります。そうなる前に、寒さに強い麦を植え蓄えを増やしましょう』
『今どき、貴族は働かないなんてナンセンス。自ら動く事で富を得なければ陞爵なんてできませんよ。お父様が全て人の手に委ねてきてしまったから降格し続けてしまったんじゃないですか』
などなど。
元々明るく元気な妹ではあったが、つい数年前から「お家復興の為。ひいては王子様に会う為に」などと意味不明な事を言い始める様になってしまった。
この年の離れた妹が産まれた頃には既に男爵位までに降格していたリムタス家。
それはまだ彼女には教えていない我が家の辿ってきた歴史。それをまだ伝えてもいないのに、いつ、どの様に降格し、ここまできてしまったか、正確に言い当てていた。
本を読んだりして知識を吸収する事が好きなソフィオーネ・プティ・リムタス、つまり彼女より10歳年上の姉は、初めは妹の言葉に耳を貸さなかったが、粗は目立つが次第に彼女が当てていく未来を信じる様になっていた。
「元、農家育ち、舐めないで」と、いいながら、何処の土地がいい、だとかの口は出すが、実際に行動するのは本を読むのが好きな姉が詳しく調べながら動いてきた。
『お父様はおべっか遣うの下手くそですから、ここまで石高が減ってしまうんですよ』
『人に優しくすれば、必ずそれが返ってきますから』
そう言いながら父親を奮い立たせ、一時は郊外を拠点と生活してきたリムタス家も、再び街へ居住を移し、豊かな生活が出来るまでに復権する事が出来ていた。
そんな折。
「お姉様!私もようやく社交界デビューですよぉぉぉ」
社交界シーズンに入り、先日初めて招待状が送られたレジーネは、王宮からの手紙に毎日の様に舞い上がっていた。
「一緒に行きましょうよ。ここからようやく私の物語が始まるの!」
と、一時は落ち着いていた、例のおかしな言動が彼女の口をついてでる。
「いいえ。興味ないわ。新しいご友人でも作ってらっしゃいよ」
突然部屋へ押し入ってきた妹から視線を逸らし、再び読んでいた本へ意識を戻すソフィオーネ。
「いやよ。お姉様が来ないとソレイユ様が私を見て下さらない……ではなく、一人は心細いわ」
コホン、と喉で咳払いをすると、レジーネは言い直すが、前半の言葉を聞いていなかったソフィオーネには関係ない。
「何を言っているのよ。心細いなんて。口煩い保護者の目なんて気にせずいってらっしゃい」
大らかで活発な妹は目を離すと何をやらかすか分からない為、年上のソフィオーネはよく彼女を口煩く窘めていた。
だから「羽を伸ばしておいで」と、取られた手を優しくどけ、この話はもうお終い、という空気を纏わせる。
人間同士の付き合いなんて面倒くさいだけ。
冒険は本の中で経験できるから、それで十分よ。
ソフィオーネは静かになった部屋の中、再びその世界に入り込んでいった。
「お姉様。どうしましょう」
妹はいつもとても騒がしい。
先程去った筈なのに、間も空けずにやってくる。
「私はこのベビーピンクのドレスが似合うと思うのだけれど、記憶で私はオレンジ色を着ていた気がするの。どちらが似合うと思う?」
「可愛いレジーネはどんな色も似合うわよ。ピンクのドレスは優しい雰囲気で、初めて会う令嬢たちも好意的な目を向けてくれるのではないかしら?確かにオレンジ色の方が元気があって貴女には似合うと」
「やっぱりそうよね!ありがとう。お姉様」
「……あ。ら。そう。どういたしまして」
毎回こんな感じ。
猪突猛進の妹は常に話の途中で何処かへ消えてしまい、全く人の話を聞いてくれない。
彼女は覚えていないかもしれないが、妹がおかしい事を言い始めた頃「お姉様は私を殺そうとした罪で遠い辺境の地へ送られてしまうの。けれど安心して。そこで素敵な辺境伯と出会って幸せになれるから」
と、突然何を言い始めるのか、何を根拠にそんな未来を予言したのか、色々な事を聞きたくとも、質問する時間を与えてくれなかった。
「え?私が妹を殺すの?」
「辺境ってどの辺?」
「幸せにって言うけど結婚する気はないのだけれど」
頭に浮かんだ疑問は表に出されぬまま、飲み込まれる。
先を予知し、常にその通りになってきた為、両親も歳をとって出来た次女を溺愛していた。
そうとはいえ、ソフィオーネも親に蔑ろにされている訳ではなく、しっかりと愛情はもらっていた。
でないと、こんな行き遅れた娘といつまでも一緒に暮らしてくれないだろう。
ソフィオーネは再び本に視線を戻す。
四日後に開催される、王宮主催の社交界に無理矢理連れて行かれる未来を知らぬまま。
***
「お姉様。その指輪素敵ね」
馬車の振動に身を任せるリムタス子爵家の四人。
レジーネの視線は、姉の左手に輝く淡いサファイアの石がついた指輪を見つめる。
「昔……もらったの」
「いいなぁ。私もソレイユ様から頂きたい」
目を輝かせるその姿は恋を夢見る乙女。
かつてはソフィオーネにもそういう事があった気もするが、遠い記憶の彼方の事すぎて忘れてしまった。
華やかなドレスは愛らしい妹の為に。姉のソフィオーネは落ち着いた紫色のドレスに身を包む。
「ソレイユ王太子様に見初められると良いわね」
ソフィオーネは妹に褒められた指輪を右手の親指で一撫ですると、心の底からそう願った。