84話「黒塚兜は生徒指導に容赦しない④」
店内には先ほどまで男性だった客たちが皆、自身の変貌に驚いている。女性客たちは彼らのことを不思議がる気配もなくニヤニヤと見つめている。恐らく、彼女らも元は男性だったのだろう。
「どうやら何か仕込まれていたようだな」
「彼らをおびき寄せたのも貴方の仕業ね?」
「せいか~い! 陰キャ君たちをオフ会と称してこのクラブに誘い込んで~、モテテクとかも教えて~。そんであーし特製のドリンクをちょっとずつ飲ませてぇ、ちょっとずつアゲアゲなカンジにしちゃってぇ~、最終的には満月の夜にあーしらと同じギャルになっちゃうってワケ~。サイコーにアゲアゲにしてあげたんだから感謝してーみたいなー」
――ドリンクに仕込まれていたのか!
先ほど断ったのは正解だったようだな。俺も灰神も、迂闊に飲まなくて……。
……。
……ん?
ゴク!
と俺の傍らで誰かが何かを啜る音が聞こえた。
「ふぅ……。やはりここのジュースはマズい、もう一杯!」
「飲んどる場合かアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
思わずどこかのドイツ軍人みたいな怒鳴り方をしてしまったではないか。
「なんだなんだ、何か問題でもあるのか?」
「大ありだぞッ! お前、今までの話を聞いていなかったのかッ!」
「白龍くん、あなた身体は大丈夫なの? アゲアゲーとかになっていたりしない?」
「? どういう意味だ? 別に何ともないが」
――効いていない?
いや、先ほど来たばかりでまだ効果が出ていないのか?
「ウッソー、お兄さんイケるクチぃ?」
「何ともない。というより、お前、誰だ?」
「ホントに話聞いてなかったんだな。コイツは闇乙女族だ」
「なるほど……」
「なるほど、じゃない! それよりも貴方!」灰神の視線は再び闇乙女族の方へ向かう。「よく分かったわね、白龍くんが男だって」
そういえば……。
今、コイツははっきりと「お兄さん」って言ってたよな?
「ん? だってそうっしょ? あーしの鼻にビンビンとオスの匂いが来てんだよねー。それに、なんだかあーしらと同じような匂いも……。でもぉ、まさかドリンクが効かないなんて……」ウルフアクジョは何かを悟ったかのように不敵な笑みを浮かべて、「あ、そっかぁ。お兄さんたち、さてはアレっしょ? ラビットちゃん倒したってゆー、あの……」
どうやら気付かれたようだ。ここは武士は食わねど高楊枝、というやつだ。わざとらしく余裕ぶっこいてやろう。
「はっはっは、そのとおり! 俺たちこそ、貴様ら闇乙女族を倒すべく現れた存在……魔法少女オトメリッサだッ!」
「ところでラビットちゃんとはなんだ?」
――オイ!
空気を読まずに白龍が尋ねてきた。そういえば、あのときはまだコイツいなかったな。
「あ、あのね……。多分、以前にオトメリッサたちが戦ったラビットアクジョのことよ。それで貴方、彼女と仲良かったのかしら?」
「ま、そんなとこ~みたいな~。ラビットちゃん、あーしのためにいつもパンとか買ってくれたり荷物持ってくれたりマジ感謝してたぁ、みたいなー」
……それでアイツ、あんな歪んだ性格になったのか。なんだか今になって同情してきた。
「で、どうかしら? 彼女の敵討ちでもするつもりかしら?」
「ま、ラビットちゃんは別にそれはどっちでもいいんだけどぉ……。あーしらの計画を邪魔されたくない、ってゆーか。折角、使われていないクラブを役所で許可取ってまで漢気集めてたのにぃ」
「そういうところ、ラビットアクジョと同じだな」
アイツも無人のゲーセンをカジノに変えてたからな。役所に許可取って。
「うっせーし! あーもう、お喋りはやめやめ! そろそろ爆でアゲてってやっから!」
――マズい。
ウルフアクジョの目の色が赤く血走っていく。こりゃ、俺たちもそろそろやんなきゃいけないようだな。
「灰神は下がれ。メパー、お前は抜け出して他のみんなを呼んでこい」
「メ……、メ! 分かったメ!」
「気を付けて……。アイツ、思ったよりヤバそうよ」
「おう! 重々承知だ!」
「ふっ、伝説のショータイムの始まりだな!」
「いくぞッ!」
「「オトメリッサ・チャージ! レディーゴーッ!」」
ブレスレットから淡い光が放たれた。
黒い光が俺の身体の全体に纏わりつく。
段々視界が下の方に向かっていく。自慢の胸板も段々と柔らかくなっていき、少しだけ膨らんだ感じになる。股間が妙に痛いが、やがてそれも治まる。
黒いタンクトップだけだった服が、首元をきっちりと締めたような何かに変わり、下半身が妙にスースーする。
やがて、その不思議な感覚が落ち着いてきたかと思うと……、
「力の甲虫、オトメリッサ・インセクト!」
白龍も同様に真っ白な淡い光がブレスレットから放たれる。胸が少しずつ膨らんでいき、尻も同様の感触が奔り、また少しだけ大きくなる。髪が伸び始めているのが分かり、段々と編みこまれていく。着させられたドレスが少しずつ短くなっていくが、安物の生地とは違い、さわっとした心地よい肌触りが身体に流れる。気が付くと、今まで来ていた物とは違う、純白のドレス――スカートは短いが――に纏われ、そして銀色のティアラが額にあしらわれた。
そして、次第に光が消えていくと――、
「新時代の伝説、オトメリッサ・レジェンド!」
「魔法少女、オトメリッサ! 参上!」
「奪われた漢気――」
「取り戻させていただくぞッ!」
名乗り口上と共に、俺たちの変身は完了した。
「あ、はははは! ウケる! こんなんサイコーに楽しむしかないじゃん! ねぇ、みんな!」
その瞬間――、
ミラーボールの回転が早まる。店内にいた客たちがウルフアクジョ同様に目が血走って、一斉に俺たちのほうを向く。
「な、なにこれ……」
「気持ちが、アゲーっていうか……、ガ、ガガガガガ……」
「う、ウガアアアアアアアアアアアッ!」
一人のギャルが俺に目掛けて飛び掛かってきた。俺は右になんとか躱して距離を取る。が、次にまたしても「ウガッ!」とギャルが俺に跨ってきた。
「フンッ!」
俺はなんとか彼女を蹴とばしてそこから離れる。スマンな、手加減はしているつもりだ。
「どうなってんだ、これ……」
「まるで獣の群れみたいに……」
――そうか。
これは獣の群れみたい、じゃない。獣なんだ。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
次々と俺たちに向かってギャルたちが襲ってくる。
「漢気、創造ッ!」
レジェンドが銃を地面に向けて撃つと緑色の霧が周囲に散布される。床に目と鼻のようなものが浮かび上がると……、
『キエエエエエエエエエエエエエエエエッ!』
地面から一気に蔦のようなものが生えていく。それらはギャルたちの手足に纏わりつき、動きを封じていく。
「ガ、ガアアアアアアアアアアアアッ!」
「おい、彼女らはあくまで一般人……」
「それぐらい理解している! 呆けている暇はないぞ!」
――おっと、いかん!
「ガアアアアアアアアアアアアッ!」
目が更に血走った女子たちは、いとも簡単に蔦を引きちぎり、素早く地面に降りる。
参ったな、こりゃ。
相手は完全なスピードタイプだ。それに、数も多い。パワーと飛び道具だけじゃ対処しきれないぞ。
「グ、グルルルルルルルルル……」
あっという間に女子たちに囲まれる。
「肉食系女子とはよく言ったものだ……」
「悔しいが、オレたちだけでこの人数を相手にするのは骨が折れるな」
「このままじゃその骨ごとしゃぶりつくされるかも、な」
「冗談言っている場合じゃないぞ。どうする?」
なかなか彼女らの動きは素早い。流石狼か。
次第に彼女らから、獣のような耳と尻尾が生えてくる。マニキュアを塗った爪も段々鋭くなってきている。恐らくは獣化が進んでいる、ということだろうか? 余計にマズすぎる状況になってきたぞ。
――せめて。
「黄金井が来るまでなんとか持ちこたえるしかない、か」
「……あぁ。そういうことか」
クローの大解放が使えれば、俺たちのスピードも上げることができる。
「あ、あーはっはっは! マジサイコーにバクアゲなチョベリグなんですけどぉ! このままアンタらも喰ってやっから! 覚悟しろってーの!」
――なんとかしてでも。
この状況を打破、しないと、な。
山田……、絶対にお前を助けてやるからな!




