81話「黒塚兜は生徒指導に容赦しない①」
新学期が始まり、間もない頃――。
夏休み明けで気だるさが残っていた生徒たちも徐々に顔つきが戻り始めている。
何も変わらない、学園生活が戻ってきた。いや、寧ろ気が一層引き締まった感じだ。
そんな中、俺のクラスには二つの新しい風が吹いてきた。
「白龍さーん! 宿題で分からないところあるんだけど……」
「なるほど……。これはこの公式に当てはめるのが正解だ」
「あー! すごーい! ありがとう! やっぱり白龍さんって伝説を自称するぐらい頭いいんだね!」
「当然だ。オレの頭脳も伝説級だからな」
ひとつは謎の転校生、白龍説の存在。
突如として現れた美少女――コイツの正体は男なのだが――初日にいきなり「オレの名は伝説」と言ってしまったことで、他の生徒たちを萎縮させてしまう出来事が起きた。だが、次第に自然と馴染んでいったおかげか、一週間もしないうちに皆と何不自由なく話せるようになったと思う。恐らくは桃瀬が上手いこと間に入ってくれたおかげだろう。うむ、それは良い傾向だ。
さて――。
授業開始のチャイムが鳴り、生徒たちは一目散に席に着く。
ここにきて、もうひとつの新たな空気が増えることになるわけだが。
「初めまして、皆さん。産休に入られた高橋先生に変わりまして……」目の前の女性は、バン! と勢いよく黒板を叩き、「私が、今後このクラスの数学を担当します……、灰神影子よ! よろしくね!」
……。
うむ。
丁寧な口調から突然砕けた言葉遣いになるあたり、彼女らしいというかなんというか。
呆然と生徒たちが口を開いたままになっている中、黄金井だけは目を合わさないように窓の外をひたすら眺めている。こりゃ、先が思いやられるな。
一体全体、何故こうなったかというと――、
話はつい五日前に遡る。
「私、あなた方の学校に通うことにしたわ」
「えっ……?」
灰神の家に集められた俺たちは、突然の発言に言葉を失った。
「通うって?」
「勿論生徒としてじゃないわよ。教員として」
「うん、それは分かってる」
「当然だろう。年齢考えろ」
「流石にそれは色々とキツいものがあるだろ」
「……泣いていいかしら?」
全く、女心というものを分かっていないな、お前らは。女に変身して戦っているくせに。
「しかし、藪から棒にどういうつもりだ?」
「仕方ないでしょ。白龍くんも学校に通うことになった以上、あの二人の監視は多いに越したことはないと思うし」
「監視って……」
桃瀬翼と白龍説は現在、警察に指名手配されている。どうやら宝石をいくつか窃盗した罪らしいが……、よりにもよって二人ともそのことを本当に忘れているようだ。
で、女になってしまった桃瀬はともかく、白龍も顔バレしないように女装して通うことにした。このままでは闇乙女族との戦いに支障が出るからな。
「聞いてみたらちょうど数学の先生が産休に入るらしいじゃない。非常勤として教壇に立たせてもらうことにしたわ。一応、こう見えて教員免許持ってるのよ」
「……で、本当の理由は?」
「……お金がないから副業しようかな、と」
……だろうな。
「だったらコンビニかどっかでバイトでもしてろよ! なんでよりにもよって俺たちの学校に来るんだよッ!」
「嫌よ、接客業なんて性に合わないから! それに、さっき言ったのも半分は本当だし! 大体ね、研究ってお金が掛かるのよ! 分かる!? それに、うちに居候がさらに増えたおかげで……」
「それはすまないな。オレがいずれ伝説のアルバイトをして恩は返す」
“伝説”の意味は全く分からんが、一応白龍なりに義理はあるらしい。謝っている感はかなり薄いが。
「でもさ、僕は説くんが来てくれたのは嬉しいよ。毎日が楽しすぎて」
「確かに、賑やかにはなったわね」
ほう。
教師として、それは安心した。迷惑を掛けるような真似はしていないということか。
「こないだも皆でお揃いのパジャマ着て、夜中にパジャマ女子会したもんね」
「あれは伝説級に楽しかったな」
「またやろうね!」
「いや、誰一人として女子いねぇだろうがああああああああああああああああああああああッ!」
「ほほう……、黄金井くん、その喧嘩いくらで売ってくれるのかしら?」
だから黄金井。お前本当にそういうとこだぞ。
とにかく話を変えようと、俺は咳ばらいを挟んで、
「俺としてはありがたい話だ。代わりの先生が見つからずに困っていたところだったからな」
「ケッ、もういい。勝手にしろ」
「学校がまた賑やかになりそうだね!」
だといいがな。
そんなこんなで、うちの学校に通うオトメリッサ関係者が一人増えることになったわけだ。
「アンタたち、微分積分っていつ使うの? とか思っているでしょ。でもね、これって実は意外と身近なところで使われているの。たとえば分かりやすいところだと天気予報とかね。気温っていうのはその時々によって変化するものだから……」
……ほほう。
なかなか分かりやすいじゃないか。
一応初回の授業だけは俺が後ろで見ることになったのだが、予想以上に授業は上手い。口調は時々自信過剰になるが、それが逆に生徒たちにとっつきやすい感じになっている。寝ている黄金井を除いて、生徒たちは皆真面目に授業を聞いているし、これなら安泰だな。
チャイムが鳴り響き、授業は終了した。
「灰神せんせー! メッチャ分かりやすかったよ!」
「あぁいうのって何の役に立つのかよく分からなかったけど、ちゃんと勉強しようって思った!」
休み時間だというのに、生徒たちが灰神にワラワラと集まってくる。
「ふふふ、前の先生がきちんと授業してくれたおかげでやりやすかったわよ」
「茶谷先生も悪くなかったけど、灰神先生はもっと分かりやすかった!」
「最初見たときはただの冴えないオバちゃんだと思ったのにな」
……おい。
誰だ、今デリカシーのない発言をした奴? 黄金井じゃないよな?
「あらあらぁ? ちょっと今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけどぉ?」
灰神の目が笑っていない。なんとか表面だけ笑顔を取り繕おうとしている。
灰神がゆっくり振り向くと、その先に一人の男子生徒が目に留まった。
「あれぇ? もしかして地雷踏み抜いちゃった? わりぃわりぃ! 冗談だから本気にすんなって。センセー年齢の割に可愛いから!」
――お前か。
茶髪の男子生徒、山田繭人は全く反省する素振りもなくヘラヘラと愛想笑いで誤魔化している。あの台詞は怒らせた側が言ってはいけないぞ、と注意したいところだが、ここに割って入るのも難しいな。
「……あなた、顔を覚えたわよ」
「マジぃ? 覚えられちゃった? フォウ!」
――マズい。
灰神の怒りが思いっきり顔に出てる。折角授業が良かったのに、初日で問題沙汰になるのは非常にマズい。
よし、と俺は身体を灰神のほうへと向かわせて、
「さぁさ、灰神先生。次の授業がありますので……」
「ちょっと! まだ話が……」
「いきましょう。もう休み時間も終わりますので」
俺はなんとか無理矢理、灰神を廊下へ連れ出していった。
「全く、何なのあの男子! 黄金井くん以上にデリカシー皆無じゃない!」
廊下で頭から怒りの湯気をプンプンと吹かしながら、灰神は俺の横を歩いている。基準が黄金井なのはさておき、あれは確かにイカンな。
「山田なぁ……。前はあんな奴じゃなかったんだがな」
「そうなの?」
「あぁ。どちらかというとクラスの隅っこでひっそりとしている地味な印象だったんだが。夏休み明けからいきなり髪を染めて、チャラチャラした言動になってなぁ。俺も戸惑ってるんだ」
「ふぅん……」
先ほどまでの怒り心頭だった表情はどこへやら、灰神は突然黙って考え込む。
「どうかしたのか?」
「調べる必要がありそうね」
おっと――。
これは、まさか、あのパターンか?
「もしかしてだが……」
「ええ。闇乙女族の仕業って可能性もありえそうね」
やっぱり!
今に始まったことではないが、こうなったら致し方ない、か。
「だとしたら調べておく必要がありそうだな」
「勘違いだったらごめんなさい」
「はっはっは、気にするな。どちらにせよ生徒のことを知っておくのも教師の務め。山田があぁなってしまった以上、良くないことに巻き込まれている可能性もあるからな」
「とりあえずはメパーに探りを入れさせてみるわ。放課後、また連絡するから待っていて頂戴」
「おう!」
新学期早々、忙しくなりそうだな!
放課後か……。
ひとまず、灰神から連絡が来るまではジムでも行って待っているとするか。




