76話 「白龍説は新たな伝説になりたい③」
「大丈夫? 白龍くん」
「あ、あぁ……」
「イニム様! ご無事で何よりです!」
「ま、まぁ……、それはいいのだが……」
このアメジラとやら、いつまでオレをお姫様抱っこしているつもりだろうか。いい加減下ろせ。
教会の屋根からこのままずっと景色を見渡しているわけにもいくまい。とっととこの場から逃げないと、あのフェニックスアクジョが……。
――ん?
待てよ。
あの狡猾そうな鳥女があんな簡単にオレたちを逃がすと思うか?
火をぶつけて終わり、などということはあるまい。
天窓までは大した距離はない。だったら飛んで追いかければいいだけの話だ。それなのに、奴はそんな素振りを見せず、今でもオレたちをじっと睨みつけている。
まさか……。
「おい、クロー! ウイング!」
オレは天窓の真下にいる二人のオトメリッサに向けて叫んだ。
「んだよッ!?」
「そこにいる奴は本体じゃない! 恐らく奴は……」
「……でしょうね。きますよ、イニム様」
はっとしたオレは、教会の十字架を見つめた。
「いやーはっはっは! ご名答でさぁ、イニム様」
十字架に乗っかり、嫌らしく見つめるフェニックスアクジョの姿がそこにいた。
やはり、さっきまでいたのは偽物だったか。
コイツは一体いくつの分身を作れるのだ!?
「ほんっっっっと、しつこいわね」
「こんなことだろうと思いました。あれが本体でないことはなんとなく察していましたよ」
「ニッシッシ、流石に幹部やっているだけはありますねぇ。やはり腐ってもあっしの上司、目だけは鋭くていらっしゃる」
「しぶとさだけはゴキブリ並みですね。コックローチアクジョに改名したほうがいいんじゃないですか?」
「ゴキブリホイホイに捕まってた奴に言われたくありやせんねぇ。力を失った癖に、憎まれ口だけはいっちょまえですかい?」
――力を、失った?
それを言われたアメジラはぐっと下唇を噛んでいる。
「どういう、ことだ?」
「……言葉通りの意味です。それ以上は話したくありません」
――やれやれ。
だんまり、ということか。
「あっはっはっは! ま、要するにスランプってヤツでさぁ。今のあんさんは人間に毛の生えた程度の力しかございやせん。あ、人間って元々毛が生えていましたっけ? こいつぁ失敬」
どこまでも小馬鹿にしたような口調でこちらを揺さぶるフェニックスアクジョ。段々腹立たしさが増してくる。
「ぐっ、わたくしは……」
「っとまぁ、そんなこってぇ、その無能に代わってあっしが幹部になろう、ってそういうわけでさぁ」
「……馬鹿馬鹿しい」
「あん?」
オレは溜息混じりに、奴を見据えた。
「思った以上にただの小者か。上司が不調な隙をついて、自分がのし上がろう、などとはな。ま、正しいといえば正しいが、そんなスケールの小さな奴とオレは結婚などせん」
「こ、この……」
「アメジラ、オレを下ろせ」
「あ、はい……」
オレはようやく、アメジラの腕から下りて立ち上がった。
「オレと結婚したいのならば、それ相応の力と心を備えてからにするんだな、愚か者ッ!」
力強く、オレは奴に向けて言い放った。
「あっしを、愚か者、だと……」
「いいか、覚えておけッ! オレの名は白龍説。またの名を……、“伝説”だッッッッッ!」
オレがそう叫ぶと、フェニックスアクジョは
「い、い、い、い、言わしておけばあああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
突然、奴の身体が黒く変色し、そして今までよりも激しい炎を纏い始めた。
とうとう、本気を出してきた、ということか。
奴の身体は次第に大きくなっていき、鋭い嘴、大きな羽、そして刃のような鶏冠。巨大な黒い鳥となり、上空に舞い上がった。
「ちょ、ちょっと……。あれはマズいんじゃ……」
「わたくしも初めて見ました。まさか、あんな姿になるとは……」
『ケ、ケケケケケ……。そうでしょうねぇ。いざというときのために、この姿と力は隠していたんでさぁ』
「ふん、随分醜い姿になったものだな。オレはこんなのと結婚させられそうになっていたのか」
『ヘッ、ぶっちゃけた話、やることやっちまったら、あんさん方もオトメリッサも、まとめて教会ごと消し炭にしてやるつもりだったんでさぁ』
――なるほどな。
コイツらしい発想だ。効率はいいのかも知れないが、実に悪趣味極まりない。
不思議と怒りは湧かなかった。寧ろ、コイツを哀れにさえ思えてきた。
だが……。
なんだ?
この、オレの語彙力でも言い表せない、心の奥底から湧きあがる不思議な気持ちは。
恐らく教会の中では未だにオトメリッサたちが戦っているのだろう。分身や精鋭たちはまだ大勢いたのだからな。
オレはこれまで、何度も彼……、じゃなかった、彼女らの戦いをこの目で見てきた。
あの雄姿に、知らず知らずのうちに何か思うところがあったのかも知れない。
「ふっ……」
オレは思わず渇いた笑いが吹きこぼしてしまう。
「な、どうしたのです……」
「ちょっと、白龍くん……」
「ふ、ははは……、あーっはっはっはっはっは! こいつは傑作だッ!」
『おやおや、とうとう気が触れちまったんですかい?』
気が触れた、か。
それはあながち間違いではないかも知れない。
だが――。
「気持ちいいなぁ。実に、気持ちがいい!」
「ちょっと、本当におかしいわよ」
――こうなったら。
――オレが。
――本物の“伝説”になってやる!
「おい、灰神といったな」オレは彼女のほうを向いた。「オトメリッサ……、オレもなれるのか?」
「え、ええ……」
彼女が困惑した表情を浮かべていると、何かがひょっこりと顔を出した。
「メ! 待っていたメ!」
黒い目に白い羽の妙な生き物が手(?)に何か持ってきた。
これは……、
「ブレスレット?」
オトメリッサたちが着けていたものと恐らく同じであろう、金色に輝くブレスレットに白いハートマークがあしらわれている。
「やり方は分かるわよね?」
「あぁ……」
アイツらが使っている姿を、しかとこの目で見させてもらったからな。
しかしまぁ、不思議なものだ――。
これからオレは女になるというのに、どういうことだろうか。
非常に、心が高ぶっている!
――やろうじゃないかッ!
「さぁ、変身するメッ!」
「いくぞッ!」オレはブレスレットを装着した「オトメリッサチャージ・レディーゴーッ!」
オレが高らかに叫んだ瞬間――。
真っ白な淡い光がブレスレットから放たれる。妙に生暖かい感触がオレの全身に伝ってくる。
胸に少しだけ痛痒い感触が奔るが、同時にオレの胸が少しずつ膨らんでいく。尻も同様の感触が奔り、また少しだけ大きくなる。髪が伸び始めているのが分かり、段々と編みこまれていく。着させられたドレスが少しずつ短くなっていくが、安物の生地とは違い、さわっとした心地よい肌触りが身体に流れる。気が付くと、今まで来ていた物とは違う、純白のドレス――スカートは短いが――に纏われ、そして銀色のティアラが額にあしらわれた。
そして、次第に光が消えていくと――、
「新時代の伝説、オトメリッサ・レジェンド!」
完全に女性の姿となったオレは、高らかにそう叫んだのだった。
「やった、メ……。これを見るメ!」
変な生き物が、コンパクトを手に持ってオレに見せつけてきた。
なるほど、確かにオトメリッサになっている。オレの伝説級に美しい髪は更に伸びて後ろに編み込みを施されている。服も白いドレスとグローブ、そしてこれまた真っ白な靴。どこかの国の姫を思わせる姿だ。
これが、オレ……か。
「いけたわね……」
「イニム様……」
『新たな、オトメリッサ? 貴様が?』
「そういうことだ、フェニックスアクジョ。覚悟しておけ。そして、しかと刮目せよ!」オレはそのままフェニックスアクジョをきっと睨みつけ、指を差した。「オレこそが、“伝説”だッ!」