73話 「桃瀬翼は白龍説と話がしたい④」
――け?
「け……」
「けっこんんんんんんんんんッ⁉」
僕たち(アメジラ含む)の驚く声が辺りに響き渡る。
「はいでさぁ。あっしとイニム様の、それはそれはあっつい式を挙げるってなわけで」
「そ、そんなこと許しませんよ!」
「あん?」フェニックスアクジョがアメジラをギロリと睨む。「アンタ、今の自分の立場分かっているんですかい?」
「う、ぐ……」
「イシシシシ、あっしがイニム様と結婚し、このまま闇乙女族として最高位に立てば、この世界も思うがまま!」
――なんだ?
言っている意味がまるで分からなかった。
闇乙女族として、最高位? イニム、もとい説くんと結婚すれば?
「話が飛躍しすぎているよ! 一体、説くんは何者なの⁉」
「あんさんらが知る必要はありやせんぜぃ。ま、このまま大人しく去ってくれれば命だけは助けてやらんこともありませんが」
「だ、れが……」
クローがコピーと戦いながらフェニックスアクジョを睨む。
「フェニックスアクジョさん! あなたは絶対、許しませんからね! “あのお方”が蘇ったら、絶対に言いつけてやりますから!」
「あーもう! ゴチャゴチャといつまでも……」
ふぅ、とフェニックスアクジョがため息を吐く。そしてそのまま、翼をこちらに翳す。
――あれは!
フェニックスアクジョが炎の球を投げつけてきた。それも、これまでになくでかいものを。
こちらに来るかと思いきや、それは別方向に向かっていった――。
「きゃあああああああああああああッ!」
アメジラが入っているホイホイ目掛けて飛んできた。
「ひゃっはっはっはっは! バイバイ、アメジラッ! その小汚ねぇ眼鏡ごと燃えちまってくだせぇッ!」
「やめ……」
僕が呼び止める暇もなく、炎は伝説ホイホイを直撃した。一瞬のうちにホイホイは燃え上がり、煙を挙げながら黒くなっていく。
――なんて奴だ。
下克上を狙うとか言っていたけど、こうもあっさりと格上であるアメジラを葬り去れるのか。あまりにも残忍で、外道すぎる。これが闇乙女族の本当の悪意なのか。
「これでよし、と。いやはや、正直に申しますとね、コイツのことは前から大っ嫌いだったんでさぁ。まともに漢気を集めてもいない癖に、態度ばかりでかくて、おまけにストーカーでしょう? 気持ち悪くて仕方ありやせんでしたわ」
「この野郎……」
「ま、そういうわけなんで。五月蠅いのがいなくなったところで安心して……」
その時だった――。
「……まだ、終わってはいませんよ」
突如として聞こえる、アメジラの声。既に灰を覆っているだけの炎の中から響いてきた。
「まさか、いや、そんなぁ……」
「まさかではありません!」
ふん、と勢いよく踏ん張る息遣いと共に、炎の中から飛び上がってくる一人の女性。
灰になるどころか、身体のところどころに煤が付着している以外は傷一つない。
「なっ……」
「まさか……、あっしの炎が、そんな……」
よく見ると、アメジラの右手には一枚の鉄板が握られている。更には左手に銃のような物と、ずんぐりむっくりの蛇も抱えている。
これは……、
そうか! さっき麻袋に入れていた伝説のアイテムだ!
「ふっ、そういうことか。流石伝説の料理人が愛用していた鉄板だ」
「伝説の鉄板? なるほど、無我夢中で中にあったこの鉄板を被ったら、どういうわけか炎を防いでくれました」
え、ちょっと……。
あれ、まさか思った以上にチートアイテムだったッ!
確かにさっき蒼条さんが「どんな火力にも耐えうる代物」って言っていたけどさ、そんなのアリなの!? 伝説の料理人さんもこんな使い方されるのは絶対想定していないよ!
「うむ、そしてノコタロウも無事だったか!」
「無事も何も、この子がわたくしの心に語り掛けてくれたんです。『今なら飛べる! 炎の中をかいくぐれ! 君ならできる!』って、勇気を与えてくれました。おかげで燃え盛る中からなんとか脱出できました」
良い話だけど、うん。意味が全く分からないよ。
「はっはっは! 流石、伝説のツチノコだッ! 心を通わせることができるとは恐れ入った!」
「ツチノコセラピーか、新しいな。今後の研究にも取り入れてみるのも良いかも知れないな」
インセクトとマリンは何か理解したみたいだ。何かは分からないけど、まぁいっか。
「く、クククク……。いやぁ、こいつぁ想定外でさぁ」
この期に及んで不敵な笑みを浮かべるフェニックスアクジョ。
とはいえ、未だに説くんは捕まったままだ。なんとかして彼を助けないと……。
「あなた、よくもやってくれましたね」
「ええ、やらせていただきやしたが、それが何か?」
「わたくしが身動き取れなかったから調子に乗っていたようですけど、もう許しませんよ。覚悟なさい」
アメジラが静かにキレている。
「いやぁ、降参降参でさぁ……」と言いかけたところで、フッと笑みをこぼして「なぁんて、言うと思ったですかい?」
――えっ?
その刹那、アメジラと説くんの姿が一瞬にしてぼわっ、と音を立てて消える。二人がいた場所には真っ白な煙がただモクモクと上がっているだけだ。
「あの野郎……」
僕たちはようやく理解した。今まで相対していたあのフェニックスアクジョは……、
「あれもコピーだったということか」
「クソッ! いつの間に……」
「おそらくは、ゴキブリホイホイが燃えたときだ。俺たちがそれに気を取られている隙に入れ替わったのだろうな」
そんなマジシャンみたいな真似を……。
フェニックスアクジョ、僕たちが思っている以上に厄介な敵だ。
そんなことを考えていると、
「じゅで、えむ……」
「えんだ、あ……」
「うるさいうる、さい……」
――そうだ。
まだ劣化コピーたちがいるんだった。
「ひとまずコイツらを何とかしないとな」
「ここは久しぶりに、アレやっちゃいますか」
「おう! どーんとでっかいのをかましてやろう!」
――よし!
久しぶりにやりますか!
僕たちはルージュを手に、高らかに掲げた。
「「「「「漢気、超解放ッ!」」」」」
ルージュにGODMSの粒が集まっていく。まるで、太陽光がレンズに集束していくかのように。
僕たちはルージュを三体の方向へ一気に向けた。
「「「「「オトメリッサ・インフィニティゴドムスッ!」」」」」
集まったGODMSが矢のように放たれていく。
僕たちは更に力を振り絞り、漢気を解放していった。
「ぐ、ぐあああああああああああああああああッ!」
三体はけたたましい呻き声を挙げて――、
やがて、真っ白な煙へと戻っていった。
「はぁ、はぁ……」
久しぶりの感覚。前みたいに全裸になるようなことは流石になかったけど、ようやくオトメリッサが戻ってきたんだな、と痛感した。
「つ、疲れた……」
僕たちは一斉に変身を解除していく。
「流石オトメリッサさんたち……、と言いたいところですが」アメジラは労う間もなく眼鏡を直しながら、「どうやら本体には逃げられてしまったようですね」
「悔しいけど、そういうことだな」
「説くん……、大丈夫かな?」
脳裏に彼の顔が浮かび上がる。なんとか無事であることを祈るしかできない。
――フェニックスアクジョめ。
僕はなんだか可笑しくなってきた。姑息だが、強い相手だ。面白い。そうこなくっちゃな。
あんな強い奴を相手にするだなんて、楽しみが増えた。
「とにかく説さんを助けに行かないと!」
「でも、どこへ……」
「そ、それは分かりませんけど……」
僕たちが首を傾げていると、
『……教会だ』
――え?
突然、僕の心の中に誰かの声が響いてきた。
聞いたことのない、とても渋い声。凛々しい感じが伝わってくる。
『奴はおそらく、町外れの古びた教会に行くつもりだ。そこで結婚式を挙げるらしい。微かだが、奴の心から読み取れた』
「これって……」
「誰だ?」
どうやらみんなにも声が届いているらしい。けど、耳じゃない。まるで心に語り掛けてくるような……。
ふと、目の前の草むらを見る。
ずんぐりむっくりの蛇が僕たちを見つめている。キラン、と目を輝かせて時折優雅に舌を出し入れしている。
「ノコタロウ……、お前、なのか……」
『ふっ、あばよ。俺にしてやれることはここまでだ』
再びその声が聞こえてきたかと思うと、ノコタロウは茂みの中へと消えていった。
「漢だ」
「あぁ、本物だ」
「見たことがないほど、漢でした」
「世話になったな、ノコタロウ」
「……結局何だったんだ、あれは?」
やっと爪くんがツッコミを入れたけど。
――うん。
僕ももう深く考えるのはやめておこう。とりあえずノコタロウ、ありがとう。
「さぁて、そんじゃ早速助けに行きますか!」
「お前はどうする?」
海さんがアメジラのほうを見据える。
「差し支えなければわたくしもご同行させていただいてよろしいでしょうか? フェニックスアクジョさんの愚行は許すわけにはいきません」
「一時休戦、というわけか」
「てめぇ、これが罠だったら承知しねぇぞ」
「断じて、それだけは違うと誓っておきましょう」アメジラはぐっと拳を握り、「そう、断じて……」
――怒っている。
間違いなくアメジラは怒っている。表情は崩していないが、かなり激しい。
「奴を片付けたらてめぇにも聞きたいことが山ほどあるからな! 覚悟しておけよ!」
爪くんがそう言うと、アメジラは口を閉ざした。
「さて、そんじゃ……」
「行きますよ!」
「おう!」
――フェニックスアクジョ。
絶対に、倒してやる!
そして、絶対に説くんを助け出してみせる!
そう心に誓った僕たちは町外れの教会へと向かっていったのだった。




