71話 「桃瀬翼は白龍説と話がしたい②」
翌日――。
「それじゃあみんな。言われたものは持ってきてくれた?」
僕たちは影子さんに言われて学校の裏山に集まった。
とにかく広くて人気がいない場所という理由でここを選んだんだけど……。
「俺は我が家に代々伝わる伝説の鉄板料理人が愛用していた鉄板を持ってきた。どんな火力にも耐えうる代物だ」
「僕は……、かつてうちの組にいた伝説の極道が愛用していたチャカを……。あ、弾は抜いてあります」
「はっはっは! 特に何もなかったからそこらにいたツチノコを捕まえてきた」
次々と伝説の品物が取り出されていく。
いや、ちょっと待ってよ。確かに昨日影子さんに「伝説の品があったら持ってきて」って軽く言われたけどさ、そんなあっさり持っているものなの? ていうか黒塚先生に至ってはひたすらコメントに困るんだけど!
「いやぁ、俺の家は特に何もなかったぜ。スマンなアハハ……」
――あぁ、もう!
爪くんがツッコミ役を放棄しちゃってんじゃん! 死んだ魚のような目になってるし! この状況を唯一打破できると思っていたのに!
「うんうん、良い感じで集まったわね」
「それで、結局のところ何をするんだ」
「ふっふっふ、見てなさい!」影子さんは手を掲げて、「私の最高傑作にして最高の傑作! その名も、『伝説ほいほーい』!」
……。
……。
影子さんの傍らにはテント二個分くらいの、家の形を模した何かがある。しかもデザインが日曜夕方六時半から始まる某番組のエンディングに出てくるアレにそっくりだ。
「すっげー、こんなの見たことねー」
爪くんはいつもとは別ベクトルでやる気がなさそうだ。
なんだろう、今日の僕は比較的まともな気がする。冷静な自己評価できるぐらいに、僕も段々モチベーションが下がりつつある。
「それでこれをどうするんだ?」
「使い方は簡単。あなたたちが持ってきた伝説の品を、付属の麻袋に入れて天井に吊るすだけ! あとは伝説の匂いを勝手に発してくれるから、きっとそれに釣られて白龍くんはやってくるわ!」
そう上手くいくものなのだろうか、と僕は訝しく見つめる。そもそも伝説の匂いっていうのが意味不明すぎるし。
そんなことを考えながら、鉄板と拳銃とツチノコを袋に入れてホイホイを仕掛ける。世の中に袋というものはたくさんあるけど、この三つを入れた袋はここにしか存在しないんだろうな。ある意味伝説の瞬間に立ち会っている気がする。
仕掛け終えた後、僕たちは近くの茂みに隠れてじっと様子を見る。
「来るのか、来ないのか……」
「これで来たらただの馬鹿だろ」
「ノコタロウ、お前を信じているぞ」
黒塚先生、ツチノコに名前つけてた。しかもすっごく安直な。
そんなどうでもいいことに気を取られていると、
ごそっ――!
茂みから何かがおもむろに入る音と気配がした。目では捉えきれなかったけど、明らかに動物の類が掛かった感じだ。
「引っ掛かった!」
「……マジかよ。どうせ野良猫とかそのへんだろ」
「馬鹿にしないで頂戴。私の発明に不可能はないの」
どこから来るのか分からない影子さんの自信に苦笑いを浮かべながら、僕たちはそっと近寄って覗き込んだ。
……。
あ……。
「くっ、わたくしとしたことが、で、出られません」
誰かが引っ掛かっていた。
誰かって、何度か見たことのある顔だけど。
「アメジラ……」
「お前かよ!」
「なるほど、やはりあなたたちの仕業でしたか。こんな、卑怯な罠を仕掛けて我々をおびき出そうとは、見下げ果てた方々ですね!」
ベトベトの粘液に下半身を捕らえられたアメジラが、悔しそうに僕たちを睨みつけている。
「いや、これは白龍説を……」
「おだまりなさい! あなた方を少しでも好敵手と思っていたわたくしが馬鹿でした! まさかこんな伝説臭をプンプンと漂わせて、イニム様がきっと来るだろうという我々の思考を逆手に取ったのですね!」
ダメだ、まるで話を聞いていない。っていうか伝説臭って何? 本当に伝説の匂いとか出てたのコレ?
「なぁ、コイツどうしようか?」
「ちょうどいい。計画とは違うがてめぇにはじっくりと聞きたいことがある」
「ふっ、拷問というわけですか。しかし、わたくしはどれほど痛めつけられようとも口を割ることは……」
「説、じゃなかった、イニムの好きなところを五つ」
「えっとぉ、あの凛々しい眼差しとぉ、透き通った肌、それにそっけない感じがクールだし、ちょっとお茶目で可愛いところもあるしぃ、なにより全体的にカッコいいんですぅ」
――チョロっ!
「……やはりただのストーカーだったか」
「し、失礼ですね! わたくしはストーカーなどではございません!」
「だったら何なの? アンタたちがイニム君とやらを追っている理由は一体何⁉」
「それは……」
途端にアメジラが口を噤む。
彼女なりに話せない理由でもあったのだろうか。絶対に口を開かないぞと言わんばかりの顔つきで俯いている。
余程深い事情なのだろうか、それとも……。
「貴様ら、こんなところで何をしている?」
突然耳に入ってくる、クールな男子の声。
って、これは……。
「あああああああああああああああああああああああああッ! てめぇえええええええええええええええええええええええええええええええッ!」
「随分とノコノコやってきたものだな」
「い、イニムさまああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
「だからイニムなど知らん!」
「うぅ、まだ思い出さないのですか……」
なんていうか、シュールな絵面だな。ゴキブリホイホイのでっかい版に捕まった女性が泣いていて、イケメンが冷たくあしらっている。真面目な場面のはずなんだけどな。
「伝説の匂いが漂ってきたからやってきてみれば、一体全体どういう状況だこれは?」
「まず伝説の匂いが漂っているのがどういう状況なの?」
やっとツッコめた。けど、それを意に介さない様子で、
「見たところ貴様らの仕業みたいだな。まぁ、捕まったのはどこぞの馬の骨とも知れん女のようだが。これでオレをおびき出したつもりか?」
「いや、思いっきりおびき出されてんじゃん」
「まぁいい。貴様らの策略に乗ってやろう。で、何が目的だ?」
本当にこの人マイペースだなぁ。人のこと言えた義理じゃないけど。
「あなたに色々と聞きたいことがあってね」
「ほう」
「単刀直入に聞くわ。あなた、オトメリッサに入らない?」
――いきなりそれ!?
「いや、単刀直入すぎ……」
「何よ。それが一番の目的でしょうが!」
「うむ! どうだ。やらないか?」
「すまないが、話がさっぱり読めない」
そりゃあそういう反応になるよね、うん。
「それじゃあ、順を追って説明するわね。この子たちがオトメリッサだってことは知っているんだっけ?」
「あぁ、それは知っている」
「なら話が早いわ。貴方のその身体能力と漢気を生かしてオトメリッサの仲間として戦ってほしいの」
「なるほど……」
説くんは考え込む。鋭い目を、いつも以上に尖らせて、時折目を閉じては開き、を繰り返す。
僕たちはずっと、固唾を呑んで様子を見守っているしかできない。ここまできたら彼の意志をしっかりと尊重するしかないのだから。
「ど、どうかな……」
「ふぅむ……」
まだ考え込んでいる。
ちょっとだけ爪くんがイライラしているのが伝わってくるけど、彼なりに抑えているのか腕を組んで人差し指をトントンとせわしなく動かしているだけだ。
正直、この空気を早く打破したい。
「って、わたくしのことは放置ですかッ!」
――えぇ。
このタイミングで、こんな打破?
「動けないんだからせめて空気読んでくれないかしら? ゴキブリさん」
「こんな罠を仕掛けておいて、いけしゃあしゃあとゴキブリ呼ばわりですか」
「うっせぇ! 勝手に引っ掛かったのはそっちだろゴキブリ!」
――あっ。
多分、今の爪くんの言葉で一気にスイッチ入ったっぽい。
あからさまにプツン、と何かが切れる音が聞こえたよ。
「もう怒りました。ええ、それはもう、完全に……」
――あーあ。
これじゃあ話し合いどころじゃないよ。
何してくれてんの、って感じなんだけど。
「……マズくないか、これ?」
「謝ってももう遅いです!」アメジラは空を見上げて大声を張り上げ、「出てきてください! 貴方の出番ですよ! フェニックスアクジョさん!」
そう呼びかけた途端、空から一直線に何かが飛び降りてきた。
「お呼びですかい、アメジラの姐さん」
甲高い声と共に現れた、翼の生えた女。真っ赤な全身はどこまでが羽毛でどこまでが肌なのか境界の識別がつかない。そして、脚は案の定鳥のような爪になっている。
「あの子らを倒しなさい。で、銀髪の子は生け捕りにしなさい」
「合点招致でさぁ」
嘴から皮肉めいた口調で、フェニックスアクジョはけたたましく笑った。




