70話 「桃瀬翼は白龍説と話がしたい①」
「白龍説? ってあの、水着大会のときに解説やってた子?」
「メ! 彼はきっと凄い漢気を秘めているメ!」
意気揚々としたメパーの提案に対して、影子さんはかなり考え込んでいる。
無理もないよね。あまり関わったわけじゃないし、僕だって未だに彼のことはよく分からないからね。
ただ、漢気かどうかは分からないけど、彼はなんだか凄くやってくれそうな気がする。何をやるのかはと聞かれても具体的に答えられないけど。でもなんだか凄くやってはくれそう。
「それ……」影子さんが少し言い淀んだ後、親指を立てて「大、賛成ですッ!」
……。
あっさりオッケーだったみたい。
「おい……マジかよ。俺は反対だ! あんな得体の知れない奴と組めるかよ!」
「はっはっは! 俺は賛成だぞッ!」
「俺は保留だ。どうも奴は胡散臭すぎる」
「僕も……、まだ何とも言えないです」
皆が口々に意見を述べていく。
「桃瀬くんはどうなの? 彼がオトメリッサになるのは賛成? 反対?」
「えっ?」
僕は一瞬戸惑ってしまう。これは難しい問題だ。オトメリッサの新戦力としては申し分ないポテンシャルな気がするけど……。
「どうなんだ? 男ならはっきりさせろよ」
爪くんが圧を掛けてくる。僕は今女の子なんだけどな。
「微妙、かな。彼についてはよく分からないから……」
そう答えるしかなかった。
「なんだよ、お前も保留かよ」
「はっはっは! 無理もないだろう」
「そうね。まだ彼についてはあまりにも分からないことが多すぎるから」
ホントだよね。
最初に出会った時、説くんは僕のことを探しているようだった。しかもその後で説くんのことを探す幹部、アメジラが現れた。彼女の目的も一体何なのだろうか。
「ここで一度色んなことを整理したほうが良いと思うメ!」
「確かに、事態が思った以上にややこしいことになりつつあるものね」
コホン、と影子さんは咳ばらいをしてホワイトボードを持ってきた。
「やれやれ、話が長くなりそうだ」
「まぁそう言うな」
「そういうわけで……、ねぇねぇ黄金井ぃ」
「あん?」
急に苗字で呼び捨てにされる爪くん。っていうか、心なしか影子さんが二頭身でやたら頭がでかくなっているように見えるんだけど……。何だろ、固有結界?
「この中で一番、生物に詳しい知的な大人ってだぁれ?」
「そりゃ……、蒼条さんじゃねぇの?」
爪くんが答えると、影子さんはくるっと蒼条さんのほうを向いて、
「それじゃあ蒼条ぉ。私たちは今、闇乙女族と戦っているわけだけど……」
「あぁ」
「闇乙女族って、なぁに?」
……。
え?
「いや、人々の漢気を奪い取る連中だと……」
「うん。だから、そもそも闇乙女族って、どういう存在なの?」
質問の意味が良く分からない。
「ん……、確かに具体的なことをあまり考えたことはなかったが、あれか? 吸血鬼みたいに漢気を吸い取って生命力に代える存在、とかか?」
「んー、吸血鬼みたいなもの。確かにそんな感じもあるけど……」影子さんは一気に顔を膨らませて、「ヴォーーーーーーーッと生きてんじゃねぇよッ!」
「おわああああああああああああああッ!」
叱られた。頭から蒸気が沸騰するかのように。影子さんのギミックが一番の謎な気がする。
なんて冗談はさておき、言われてみると僕たちは確かに闇乙女族に対しての認識が甘い部分はあったかも知れない。
そういうわけで――、
今こそ全ての読者に問います。「闇乙女族ってなに?」
闇乙女族が何なのかも知らずに、次はどんな変な闇乙女族が出てくるのかなぁ、とか毎回気にしていて、毎回なんか良く分からない奴が出てきてガッカリしている読者のなんと多いことか。作者さんだってネタを考えるのが大変なんです。
しかしカゲちゃんは知っています。
「闇乙女族とは……」カゲちゃんは得意げな表情で、「古代に生きていたよく分からない連中ぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
……。
……。
嘘、知らなかったみたいです。
ここまで散々パロディで無理矢理引っ張っておいて、結論がそれです。
黄金井くんに至っては「ナメとんのかてめぇッ!」と叫びたそうな気持ちを明らかにグッと堪えています。怒りが爆発寸前です。
「……叱られ損だ」
「へっ、ドンマイだぜ、蒼条さん」
「ふぅむ。だが、闇乙女族の目的がイマイチ不明だということは同意だな」
黒塚先生がうまく纏めてくれた。
「漢気を単なる生命力として奪っていくだけなら分かるけど、近頃は愛とか欲望とか、人の心まで集めだしているのが更に謎なのよねぇ」
それは僕も不思議に思っている。主にサファイラとトパーラがその役目を担っているみたいで、二人はまるで遊び半分みたいにさえ見える。とてもじゃないけど彼女らが生きるため、とは思えない。
「謎といえば……」葉くんが口を挟んできた。「パールラは一体、何をするつもりなんだろう?」
――そうだ。
パールラのことも忘れてはならない。
彼女のせいで、柳田さんは小さな女の子になってしまった。なんとしても元に戻してあげたいところだ。
「彼女は時間を集めているって言っていたけど……」
「こないだの祭りでも何か企んでいやがる感じだったしな」
やはり謎が多いな。
「……絶対、許さないからな」
葉くんは拳を握って小声で呟いた。弱々しい、というよりもおどろおどろしい、と言った方が正解かもしれない。
僕は葉くんのことが少し心配になる。このまま何もなければいいけど。
「そんで、今一番気になるのが白龍説のことだ」
「ええ。彼は一体何者なのか、そして何故桃瀬君のことを探していたのか」
影子さんの視線が一気に僕に向かう。
睨んでいるわけではないけど、どこか鋭い目付き。つられてなのか爪くんも葉くんも、海さんも黒塚先生も僕をじっと見てくる。
そりゃあそうだよね。僕も早く記憶を取り戻したいとは思っているし、なんなら男の子に戻りたいとも思っている。
その上僕は宝石泥棒をしていたみたいだし。断片的にだけど、その記憶はうっすらと残っているんだよね。で、それを行なっていたのは他にもう一人、所謂共犯者がいたことも覚えている。
――まさか、ね。
ひとつの仮説が浮かび上がる。
「もしかして、あの説くんが……」
と言いかけたところで、僕は首を横に振った。こればかりは口に出すのはやめておこう。人様にあらぬ疑いを掛けてはいけないって、誰かから教わったような気がする。誰かは覚えていないけど。
「あのアメジラも白龍説のことをストーカー……、じゃなくて探していたような感じだったな」
「うむ。奴はこれまでの闇乙女族とはどこか違う気がするぞ」
「あまり漢気を集めることに興味がない、というか、白龍さんのことばかりで漢気集めはついでみたいにやっていましたよね」
「彼女もまた、別の目的があるってことよね」
皆が一斉に思案を巡らせる。
――あぁ、もう。
考えても良く分かんないや。謎だらけのことばかりで、頭がパンクしそうになる。そういう僕自身も謎めいた存在なんだけど、自分でそういうことを言うのはやめておこう。
「まずは白龍と話を付けた方がよさそうね」
影子さんが眼鏡を直しながらボソリと呟く。
「うむ。それが一番手っ取り早いだろう」
「だが、どうやって奴を見つける? 今のところ奴は神出鬼没だ。運良く出くわすなど非合理的すぎる」
「俺、その運に三度も当たっちまったんだが」
冷や汗を垂らす爪くん。腐れ縁ってやつだよね。三度出会ったのは僕もなんだけどね。
「ふっふっふ……」
いきなりあからさまに嫌らしい笑い声を挙げる影子さん。正直言って気持ちが悪い。
「な、なんだよ……」
「こんなこともあろうかと、私は特別なアイテムを発明してあるのよ!」
影子さんは腕を組みながら高らかに笑う。
「へぇ」
「それは凄いな」
「だったらとっとと出せよ!」
それで、みんなはやっぱりこんな反応。
「ふっ、私をナメるのも今のうちよ。いい? 明日、その特別兵器を見せてあげるから! 絶対、忘れるんじゃないわよ!」
自信満々に影子さんは力説するけど。
さてはて……、
本当に大丈夫かな?




