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89話 幸福の食卓

投稿が遅れて大変申し訳ありません!

「んっ……あれ? 私、眠って……」


 目を擦りながら窓の外を見ると茜色に染まっていた。どうやら私は夕方までぐっすりと眠ってたみたい。


「あれ? 瑠璃華は?」


 膝枕されていたはずなのに見回しても瑠璃華の姿は無く、代わりに枕が置かれていて、私の身体にはブランケットが掛けられていることに気付いた。


 瑠璃華はどこ? そんな私の疑問を解決するかのようにキッチンの方から美味しそうな香りが漂って来ていた。


 私はその漂ってくる香りに誘われてキッチンへと向かうと案の定、瑠璃華が調理をしていた。


 メイド服を着て調理をしている瑠璃華の姿はとても絵になっていて、このまま眺めているのも良いかなと思った私だったが、流石に無言でそんなことをする訳にもいかないので声を掛けた。


「瑠璃華」


 私が声を掛けると瑠璃華は調理の手を止めて私の方を向く。


「あっ! 起きたんですね。もう少しで出来るので待っていて下さい」


 笑顔でそう私に話しかけて来る瑠璃華。


「美味しそうないい香りがしたので来てしまいました。それで一体何を作っているんですか?」


 何を作っているのか気になった私は瑠璃華に話しかけながら鍋に目を向けた。


「あっ、まだ見ちゃダメですよ」


 瑠璃華はそう言いながら鍋の中身を見られないように、自分の身体を壁にして私の視線を遮った。


「あっ、ごめんなさい。あまりに美味しそうな香りでしたので気になってしまいました」


「あはは、謝ることじゃないですよ。遥の気になる気持ちはわかりますが、今はダイニングで待ってて下さいね」


 そう話した後、瑠璃華は私から視線を外すと調理を再開した。


 瑠璃華の言う通り大人しく待っていよう。


 私はキッチンを出ると瑠璃華に言われた通り、ダイニングにある椅子に座って瑠璃華の調理が終わるのを大人しく待った。



 ◆◆◆



「お待たせしました」


 しばらく待っていると料理を持った瑠璃華がやって来て、テーブルに料理を並べ始める。


 サラダにスープ、それにリゾット。それらに加えて少し焼き過ぎたのかちょっと焦げている白身魚のムニエルなどが並べられた。


 ここに並べられた料理が私のために作られた物だと思うと嬉しくて顔が緩んでしまう。


「とても美味しそう。私が眠っている間にこれだけの物をよく作れましたね」


「昨日の内に準備してましたからね。あっ、となり失礼します」


 そう言って瑠璃華は何故か私の隣にある椅子に座った。


「えっ?」


 どうして私の隣に座るんだろう? それに今更気づいたけど、瑠璃華の分の料理も隣の席に並べてある。どうして向かいに座らないの?


「あの、どうしてそこに座るんですか?」


「それはもちろん遥に食べさせてあげるためにですよ。どう考えても向かいからでは無理ですから」


 そう言いながら瑠璃華はリゾットの入った器を手に取ると、スプーンでリゾットを掬った。


 こういう場面は何度もあったけど、やっぱりドキドキする。しかも今回はメイド姿の瑠璃華が食べさせてくれると言うのだから猶更だ。


「熱いので冷ましますね。ふぅー、ふぅー。はい、口を開けて下さい。あーん」


 瑠璃華はリゾットの乗ったスプーンを私の口元まで運んでくる。


「あ、あーん。んっ」


 食べた瞬間、口の中に広がる濃厚なチーズの味わい。「美味しい……」そんな言葉が私の口から無意識にこぼれる。


「本当ですか! 良かった~。遥の口に合うか不安だったので安心しました」


「ふふ、こんなに美味しい料理を瑠璃華に食べさせて貰えるなんて、やっぱり私は幸せ者ですね」


「あはは、それならこのままわたしが食べさせてあげましょうか?」


「えっ?」


 な、なんて魅力的な提案なの!? そんな提案されたら断るなんて絶対にムリ!


「ほ、本当に良いんですか?」


「もちろん。但し一つだけわたしのお願いを聞いてくれたらですけどね」


 お願い? どんなお願いか知らないけど、瑠璃華のお願いならいくらだって聞いてあげられる。


「ええ、聞きます! 瑠璃華のお願いなら私はいくらだって聞いてあげます!」


 私の態度に驚いたような表情の瑠璃華が口を開く。


「お、お願いとは言ったんですけど、大したことじゃないんですよ。わたしも遥に食べさせて貰いたいなぁーって思っただけです。そうしないとわたしが遥を待たせて一人で食べることになりますから。そうするくらいなら食べさせ合った方が良いかなぁ~って。わたしのお願い聞いてくれますか?」


 私は瑠璃華が食事しているところなんて飽きずにいつまでも見ていられるけど、見られる側の瑠璃華からしたら気まずいよね。


「もちろん良いですよ。その方が私も楽しいですからね」


 そうなると今度は私が瑠璃華に食べさせてあげる番だ。


「先ほど食べさせて貰いましたから、今度は私が食べさせてあげます」


「はい。お願いしまーす」


 瑠璃華は期待した表情でわたしを見ている。


「それじゃあ、食べさせてあげますね」


 私はリゾットの入った器を手に取るとスプーンでリゾットを掬う。


「ふぅ、ふぅー。はい、口を開けて下さい。あーん……」


「あーん。んっ……」


「どうですか?」


「どうですかと聞かれても自分で作った物ですし、味見もちゃんとしてますから。でもそうですね……

 遥に食べさせて貰ったからでしょうか。味見した時よりも美味しくなったかも知れません」


「ふふ、それは私の愛情が含まれていたからかも知れませんね」


「あはは、スプーンで掬っただけで味が良くなるなんて凄い愛情ですね」


「当たり前じゃないですか。だって私は瑠璃華のことが大好きですから」


 私がそう言うと瑠璃華は恥ずかしそうに私から視線を反らす。


「も、もう……は、早く食べましょう。こ、今度はわたしの番ですよ」


 瑠璃華は強引に話を切り上げると、器用に魚のムニエルを一口大に切り分けて私の口元まで運んでくる。


「ふふ、照れてて可愛いですね。はむ。んっ、これも美味しい……」


 その後も私と瑠璃華は交互に食べさせ合った。



 ◆◆◆



「はぁ~。美味しかった……」


 瑠璃華の手作り料理を堪能して満足した私はそう呟いた。


 そんな私の呟きを聞いてくれる人はこの場に居ない。何故なら瑠璃華は片付けのためにキッチンに行っているからである。


 しばらく瑠璃華が片づけを終えて戻って来るのを座って待っていると、急にダイニングの照明が消えてしまった。


「な、なに!?」


「あっ、驚かせてごめんなさい遥」


 声が聞こえた方を見ると火のついたロウソクが刺さったケーキを持った瑠璃華が視界に入る。


 そのロウソクの火のお陰で瑠璃華の用意したケーキが生クリームたっぷりの苺ケーキであることがわかった。


「よいしょっと。ふぅ……」


 瑠璃華はケーキを慎重にテーブルに置くと一息ついた。


「誕生日ケーキ、ですか?」


「はい。流石にケーキは作れないのでバイト先で買ってきました。さぁ、一気に吹き消して下さい」


 そう瑠璃華に促された私はテーブルに置かれたケーキの前まで移動する。


「そ、それじゃあ行きますね」


 私は大きく息を吸うと、ケーキに刺さっているロウソクに向って息を吹きかけてロウソクの火を吹き消した。


 ロウソクの火が消えた瞬間、ダイニングが真っ暗になる。


「遥! 誕生日おめでとう!」


 瑠璃華がそう言った直後、ダイニングの照明が付いて明るくなる。


「ありがとう瑠璃華。私のためにこんなに立派なケーキを用意してくれて」


「誕生日なんですから当たり前じゃないですか。あっ、わたしが切り分けるので少し待ってて下さい」


 瑠璃華は包丁を手に持つと器用にケーキを切り分けてそれぞれの皿にのせた。


「はい。これがわたしの分です」


 そう言いながら瑠璃華は私の前に皿を置く。


 瑠璃華はわたしの分だと言って私の前に置いた……ということはやっぱり、そういうことだよね?


「えっと、これも?」


「もちろんです。という訳でちょっと待ってて下さいね~」


 そう言うと瑠璃華はケーキをフォークで一口大に切り分ける。


「はい。口を開けて下さいね。あーん」


 瑠璃華はケーキをのせたフォークを私の口元へと近づけて来る。


「あ、あーん。んっ……」


 流石、人気店。私じゃ太刀打ち出来ないくらい美味しい。まぁ、趣味で作っている私とプロでは経験値に差があるのだから仕方が無いんだけど。ちょっと悔しい。


「どうですか?」


「とっても美味しいです。流石、人気店ですね」


「それは良かったです。あっ、クリームが……」


 瑠璃華は私の口元についているクリームを人差し指で掬い取る。そして瑠璃華は私の口元から掬い取ったクリームを自分の口まで運ぶと……。


「んっ。美味しい……」


 なんと瑠璃華は指についたクリームをペロッと舐めてしまったのだ。


 そんな瑠璃華の行動を見た私はドキッとしてしまう。指についたクリームを舐めた時の瑠璃華の表情が色っぽく見えてしまったからだ。


「ん? わたしのことをジッと見てどうしたんですか?」


「えっ!? そ、それはその……瑠璃華が指についたクリームを舐めたのを見て、その、ドキッとしたといいますか……」


 わ、私は一体なにを言っているんだ! 馬鹿正直にそんなことを言ったら瑠璃華に引かれちゃうかも知れないのに! 私の馬鹿!


「なるほど、そういうことですか。確か文化祭の時にも……」


 私の発言に全く引くような素振りを見せない瑠璃華は何やら考え事を始めた。


「あの、瑠璃華?」


 急に黙り込んだ瑠璃華を心配した私が名前を呼んだ直後に瑠璃華は口を開いた。


「それじゃあ、こうすればもっとドキッとするかも知れないってことですよね?」


 そういうと瑠璃華は人差し指でケーキのクリームを掬い取り、なんと私の口元へと向けてきたのだ。


「はぇ?」


 瑠璃華の突然の行動に私はなんとも間抜けな声を出してしまった。


 もしかしなくてもこのクリームのついた瑠璃華の指を舐めろと? えっ、本当に?


「き、今日のわたしは遥が喜んでくれると思うことをするって決めているので……」


 そう話す瑠璃華の顔が徐々に赤くなっていることに私は気づいた。


 どうやら瑠璃華は思いついた勢いで行動したみたいだけど、本当に良いのかな?


「ほ、本当に良いんですか?」


「ど、どうぞ。もし嫌なら自分で食べるんで……えっと、どうしますか?」


「そ、それじゃあ、いただきます……」


 私は恐る恐る瑠璃華の差し出したクリームの付いた人差し指に口を近づけて……瑠璃華の指を咥えた……。そう、舐めるのではなく、咥えてしまったのだ。


 私自身もどうすれば良いのか分からずに勢いのままに行動した結果がこれである。


 クリームの甘さと瑠璃華の指の柔らかさを口の中で感じて初めて私は自分のやらかしに気付いたのだ。


 それに気付いた私は慌てて咥えていた瑠璃華の指を離す。


「は、遥はとてもだ、大胆ですね……」


 瑠璃華は更に顔を赤らめてとても恥ずかしそうにそう言った。


「ご、ごめんなさい! 何と言うかその、気付いたら瑠璃華の指を咥えていたと言いますか。私自身もどうしてこんな行動をしてしまったのかと思っているくらいでして……」


 一切言い訳になっていない弁解をする私に対して瑠璃華は……。


「む、無意識にそうしてしまったのなら仕方がないですね。それにわたしの指を咥えている時の遥はとても幸せそうでした」


「えっ!? 私そんな表情してたんですか!?」


「はい。だから……」


 そういうと瑠璃華は人差し指でクリームを掬い取って、その指を私の方へと向ける。


「ど、どうぞ……は、恥ずかしいですけど。もう一回だけなら、良いですよ」


 私は差し出された指を見て息を呑む。


 る、瑠璃華が良いって言っているんだから、お言葉に甘えて良いよね? むしろここでやりませんなんて言ったら瑠璃華の優しさを無下にしてしまうんだから。


 そんな言い訳を心で呟いてはいるが、本心では嬉し過ぎて気が狂いそうな状態である。


「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて失礼します……。はむ……」


 再度訪れるクリームの甘さと瑠璃華の柔らかい指の感触。


 指を咥えた状態で瑠璃華の方を見れば、顔を真っ赤にした瑠璃華が目を泳がせながらも仕切りに私を見ている。


 ど、どうしよう……もう少しだけこうしていたいけど、瑠璃華の様子がかなりおかしい。もう離れた方が良いかも知れない。


 そう思い私は咥えていた瑠璃華の指を離した。


 そうすると瑠璃華は人差し指を少しの間、見つめた後にティッシュで拭いた。


「あ、あの、やっぱり嫌だったんじゃ? 様子がおかしかったですし……」


「ふぇ!? そ、そんなことは無いですよ! ただわたしには少しだけ刺激が強すぎたと言いますか。わたしもやりたいと思ったと言うか……あっ」


 その瞬間、瑠璃華が口を自身の手で押さえた。


 今、瑠璃華がわたしもやりたいって言ってたよね? それってつまり私の指を?


「今、私もやりたいって言いましたよね?」


「えっと、それは……あれ? は、遥。な、なにをしているんですか?」


 瑠璃華が驚くのも無理もない。私は自身の人差し指でケーキのクリームを掬い取ると、その指を瑠璃華の方へと差し出した。


「瑠璃華もやりたかったんですよね? さあ、どうぞ。今度は瑠璃華の番です」


 私がそう言うと瑠璃華は私の顔と差し出した人差し指を交互に何度も見ている。


 何処からどう見ても葛藤している。先ほどの発言といい、こんな態度を取ると言うことは瑠璃華は私のことを……。


「い、いいんですよね?」


「はい。私が嫌がると思いますか? 瑠璃華のことが大好きな私が」


 私がそういうと瑠璃華は私の差し出した人差し指へと自身の口を近付け、そして……。


「はむ……」


 私の人差し指を咥えて直ぐに瑠璃華は私の指をその小さくて柔らかい舌で舐めてきた。


 その姿はあまりにも愛らしくて、まるで餌を頬張る小動物のようだ。


 その上、恥ずかしそうに上目遣いで私の方を見てくるのだから堪らない。


 もう少しこのままでいて欲しいと思っていた私だったが、その願いは通じることはなく、瑠璃華は私の指を離した。


「もう良いんですか?」


「は、はぃ……。これ以上やるとどうにかなって仕舞いそうですから……。も、もうこれぐらいにしてケーキを食べちゃいましょう」


「名残惜しいですが、瑠璃華がそういうのなら仕方がありませんね」


 その後、私と瑠璃華は食べさせ合いながら、切り分けられたケーキを完食した。



 ◆◆◆



 ケーキを食べ終えた私は現在、リビングのソファーでくつろぎながら、キッチンで片付けをしている瑠璃華を待っているところだ。


 待っている間に私が考えることと言えば、一つしかない。それはいつ瑠璃華が私の告白の返事をしてくれるのかということだ。


 今のところ、そのような素振りは一切見られない。


 流石にそろそろなんじゃないかとは思っているんけど……。


「それにしても遅いな……」


 普通に片付けをしていたら、とっくに終わってリビングに来てもおかしくないほどの時間が経っているのだが一向に戻ってこない。


 少し不安に思いながらしばらく待っていると……。


「お、お待たせしました……」


 瑠璃華の声がする方を見ると、瑠璃華の姿が見えた。


 しかしその姿はメイド服ではなく、バッチリとコーデされた服装で、首には私が瑠璃華の誕生日にプレゼントしたネックレスを身に着けていた。


 緊張した面持ちの瑠璃華はソファーまでやって来ると私の隣に静かに座った。


「メイド服じゃないんですね」


「は、はい……流石にあれでは雰囲気が台無しになるんじゃないかと思ったので着替えてきました。それで遅れちゃって……」


 今の瑠璃華の話で私は確信する。ついにこの時が来たんだと。


 その瞬間、私の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


 私は必死に平静を保ちながら、瑠璃華に問いかける。


「なるほど……。今、なんですね?」


 私のその問いに対して瑠璃華は真っ直ぐ私の目を見て答えた。


「はい。長く待たせてしまってごめんなさい。これからわたしの答えを遥に伝えます」

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