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78話 男装喫茶【FULL MOON】

 スマホのマップアプリを頼りに男装喫茶を目指していたわたしはついに目的地に到着した。


「着いたのは良いけど……」


 わたしの目の前には男装喫茶目当てと思われる列が見える。これは一体どれくらいの時間並べば入店出来るんだろう?


 そう思いながらも並ばない事には始まらないのでわたしは列の最後尾に並ぶ。


 それからわたしはスマホでゲームをしたり、動画を観ながら順番が回って来るの待つこと約40分……ようやくわたしの順番がやって来た。


 シックな装いの扉を開けるとそこには……。


「「お帰りなさいませ。お嬢様」」


 わたしを出迎えてくれたのは執事服を着たイケメン女子。しかし、その出迎えてくれた店員の中に遥の姿は無かった。


 ここに居ないってことはたぶんホールに居るのかな? ああ、早く執事服姿の遥が見たい。


「お嬢様。お席にご案内致します」


 出迎えてくれた店員の一人に案内されて、わたしは店の奥へと進んでいく。


 進んだ先のホールは多くのお客さんで賑わっていて、執事服姿の店員が魅力的な笑顔を振り撒きながら店内を優雅に歩き回っている。


 ここが男装喫茶……初めて来たけどかなり良い雰囲気のお店だなぁ。執事服デーだから店内もそれに合わた装いにしているんだろうな。もしかしてこれも葵さんの手が入っていたりするのかな?


 席に案内してくれる店員の後を付いていきながら、わたしはそんなことを考えていた。


 そんな時、一際目を引く人物がわたしの目に入った。


 その人物は綺麗な長い黒髪を後ろでまとめていて、キリッとした目元が魅力的な……遥だった。


 メイド服姿や普段の装いとはかけ離れたイケメン女子な遥がそこに居たのだ。あまりの変貌っぷりにわたしの足が止まり、その場で遥を凝視してしまう。


「あっ……」


 そんなわたしの視線に気付いたのか遥がわたしの方を向いたことにより目が合ってしまった。わたしと目が合った遥は目を見開いて驚いたような表情をしたけど、直ぐに元の表情に戻りわたしに笑みを向けると仕事に戻って行った。


 わたしは執事服姿の遥に笑いかけられたせいで、その場から動けないほどの衝撃を受けていた。


 し、執事服姿の遥、カッコ良すぎでは!? それにわたしに向けてきたあの笑みは反則だ! あの顔でそれをされてしまったら惚れるに決まって……違うな。この場合は惚れ直すの方が正しい気がする……って! こんな下らないことを冷静に分析している場合じゃない!


 ああ、遥カッコいい! 遥最高! 遥大好き!!!


 わたし、執事服姿の遥の笑顔1つで動揺しておかしなテンションになってしまう。


「お嬢様。如何なさいましたか?」


 わたしを席まで案内していた店員が立ち止まって固まっているわたしに気が付いて話しかけて来たことでわたしは現実へと引き戻された。


「だ、大丈夫です。せ、席に案内して下さい」


 その後、無事に席へと案内されたわたしは気を取り直して店内を改めて見渡した。列に並んでいる時も思ったが、このお店のお客さんは女性客ばかりで男性客が見当たらない。


 わたしはそう疑問に思ったが直ぐにその理由を思い出した。


 えっと、確か男装喫茶って女性客がメインターゲットだったはずだよね? しかもお店によっては男性は入店出来なかったり、女性同伴でないと入店出来ないお店もあるって聞いたことがある。このお店がそうなのかはわからないけど。


 そんなことを考えながらもわたしは遥のことが気になって仕方が無い。実際、無意識の内に遥の姿を目で追ってしまっているのだから。


 そんな遥はお客さんに笑顔を振り撒きながら、華麗な動きで席の間を移動しながら働いている。


 ああ……本当に男装した遥はカッコいい……。遥はどんな姿でも素敵なのだと改めて思い知らされた。もっと、もっと近くであの執事服姿の遥が見たい……。


 そんなわたしの思いが通じたのか、なんと遥がわたしの居る席の方までやって来た。


「お嬢様。ご注文はお決まりでしょうか?」


 普段の遥からは想像できない、やや低めで甘さを感じる魅力的な声でわたしにそう聞いて来た。


「ちょ、ちょっとだけ待ってて下さい」


 遥に見惚れていてメニューを全く見ていなかったわたしは慌ててメニューに目を通して目に付いた物を注文することにした。


「え、えっと……あ、アッサムティーとクリームたっぷりパンケーキを……く、下さい……」


「アッサムティーとクリームたっぷりパンケーキですね。承りました。少々お待ち下さい」


 注文を受けた遥は去り際にわたしに向ってウィンクをしてから離れて行った。


「あ、あれは反則だよ遥……」


 誰にも聞こえないほどの小さな声でわたしはそう呟いた。


 執事姿の遥を間近で見られた上にウィンクまでしてくれるなんて……。ああ、どうしよう……すっごく顔は熱いし表情筋が物凄く緩んでいる気がするよ……。


 こんな顔、誰かに見られる訳にはいかない。


 わたしはメニューを手に取ると見ているように装いながら顔を隠し、注文した品が来るのを待った。



 ◆◆◆



 わたしの気持ちが落ち着いてきた頃、遥が注文した品を持ってやって来た。


「お待たせ致しました。こちらアッサムティーとクリームたっぷりパンケーキで御座います」


 遥はテーブルにわたしが注文した品を並べる。


「ご注文は以上で宜しかったでしょうか?」


「は、はい。大丈夫です。えっと、その……」


「お嬢様。如何なさいました?」


 遥はそう言って、わたしに顔を近づけて来る。


 ち、ちかいぃ……。


 遥に男装姿が似合っているとさり気なく伝えようとしたのはいいものの、いざイケメン女子と化した遥と向き合うと緊張して言葉に詰まってしまう。


 だからわたしは遥を直視しないようにうつむきながら、今のわたしの素直な感想を遥にだけ聞こえるように伝える。


「えっと、凄く……に、似合ってるよ……。カッコいい、です……」


 そう言った後、直ぐに遥からの返事がないことに不安を覚えたのも束の間……。


「そう言って貰えて嬉しいよ。私だけのお嬢様……」


「っ!?」


 まさかそんなことを耳元で囁かれるとは思っていなかったわたしは思わず顔を上げて遥の方を見る。


 わたしの目に映る遥の表情は先程と変わらないように見えるが、よくよく見ると遥の頬がほんのり赤くなっているのに気が付いた。


 見た目や雰囲気が変わっても遥はわたしの知っている大好きな遥なんだ……そう思うと少しだけ緊張がほぐれた気がした。


「それではお嬢様。私はこれにて失礼致します」


「は、はい。お仕事頑張って下さい」


「ふふ、お気遣いありがとうございます。それではごゆるりとお寛ぎ下さい」


 そう言って遥はわたしの席から離れていく。


 離れていく遥を見送ったわたしはパンケーキと紅茶に手を付ける。


 働いている遥を見ながらの優雅なティータイムは最高の物になるだろうと思っていたわたしだったがそうはならなかった。


 何故なら遥がお客さんに笑顔を振り撒きながら接客しているからである。


 そういうお仕事なんだから仕方がないとわかっているんだけど、なんかモヤモヤするのだ。


 お客さんに振り撒いている笑顔をわたしだけに見せて欲しい。そう思ってしまう。


 これが独占欲ってモノなのかな? もしそうなら、わたしって結構めんどくさい子なのかも知れないなぁ……。


 そう思いながらわたしは働いている遥を眺めながら食事を進めた……。



 ◆◆◆



 瑠璃華の姿をこの男装喫茶【FULL MOON】で見た時、私はとても驚いた。


 だって私は瑠璃華にこのお店で2日間だけ働くことを教えていなかったからだ。


 思い返すとお母さんが今朝、私の所までやって来て2日間だけ男装喫茶で働いて欲しいとお願いされたのが始まりだ。


 私は最初、バイトもあるし他のお店の接客の仕方なんてわからないから無理だと断ったんだけど、お母さんは「大丈夫! 遥ちゃんなら出来る! だって私の賢くて可愛い娘なんだから!」と根拠の無い強引な説得をされ。


 話を近くで聞いていた奏には「お姉ちゃんなら絶対に大丈夫だよ。それに瑠璃華ちゃんが見たらきっと喜ぶよ」と言われてしまい。結局私は男装喫茶で2日間だけ働くことを了承したのだ。


 その際、私の代わりにバイトに出て欲しいと怜に頼んだところまでは良かったんだけど。その後、男装喫茶に行った私は接客などの仕事を覚えることに必死で、肝心の瑠璃華にそのことを伝えることが出来ずに営業時間を向かえてしまったのだ。


 PRイベントの時に私が執事服を着たらカッコいいと思いますと瑠璃華が言ってくれたから見せてあげたかったのに……。


 そう残念に思いながら接客していた時、誰かの視線を感じて見てみると、なんと視線の先に私が今一番会いたかった瑠璃華が居たのだから驚いた。


 どうして瑠璃華がここに居るんだろうかと疑問に思ったけど、恐らく怜から聞いたのだろうと予想できた。だって私は怜にしかこの事を伝えて居なかったから。たぶん、Stellaにやって来た瑠璃華に怜が私の居場所を教えてあげたのだろう。


 はぁ~。それにしてもさっき私の執事服姿を瑠璃華にカッコいいと褒められて本当に嬉しかった……。うつむいて私の方を見ようとしない瑠璃華には最初、不安を覚えたけどその後に私にだけ聞こえる声で「えっと、凄く……に、似合ってるよ……。カッコいい、です……」と私の大好きな人に褒められたのは本当に嬉しかった。これは私がこの仕事を頑張った結果のご褒美と言っても良いだろう。


 今日と明日はバイトがあるから無理だけど。来週にでもじっくりとこの姿を瑠璃華に見せてあげたいな。そうだ、お母さんに頼んでこの服を貸して貰えるように頼んでみよう。半ば強引にこのバイトを押し付けて来たんだから、これくらいの我が儘は許してくれるよね?


 そう考えながら仕事をこなしている間も瑠璃華からであろう視線を感じている。私も瑠璃華のことが気になるのでチラリと様子を見てみる。


 あれ? 瑠璃華の表情が心なしかムスッとしていて不機嫌になっている気がする……。一体どうしたんだろう? もしかして食事が口に合わなかったとか、何か不満なことがあるの?


 瑠璃華の様子がおかしい原因を考えたり、直接瑠璃華本人に聞いてみようにも今の私は仕事中なのでそんな暇はない。


 私は瑠璃華の様子がおかしいことに不安を抱きながらも仕事を続けた……。



 ◆◆◆



 わたしの方を遥がチラチラと見ている……。心なしか不安そうな表情が見え隠れしているように感じる。もしかして今のわたしの心境が表情に出ていたのかも知れない……。


 もしそうだったら遥に余計な不安を与えてしまっていることになる。ど、どうしよう……遥の仕事の邪魔をしているようなものじゃないか。どうにかして遥の不安を取り除くべきでは? でもどうやって……そ、そうだ! 紅茶のおかわりを頼もう。遥が来たら言葉では無く、このスマホを使って……。


 わたしはスマホのメモアプリを起動して文字を入力した後、紅茶を飲み干すと遥にアイコンタクトと紅茶の入っていた空のカップを遥に見せつけるように持つなどして、遥にこっちに来て欲しいということを必死にアピールする。


 するとわたしのアピールが通じたのか、遥がわたしの方にやって来た。


「お嬢様。私に何か御用でしょうか?」


 にこやかに私にそう聞いて来る遥だったが、やっぱり不安な気持ちを隠しきれていないように感じる。


「あの、えっと……こ、紅茶のおかわりが欲しくて……」


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 そう言ってこの場から去ろうとする遥。


「あっ、あの……」


「お嬢様、他に何かご注文が?」


 わたしはメモアプリを起動した状態のスマホをテーブルに置くとスマホの画面をトントンと軽く指で叩いた。


「えっ?」


 わたしの突然の行動に驚いた遥が素の声を発しながら、わたしのスマホを覗き見た。


 わたしがスマホに入力したのは遥がわたし以外に笑顔を振り撒いていることに少しだけ不満を感じているという内容だ。流石にこれくらいなら、わたしの本心は遥に悟られないだろう……たぶん……そうであって欲しい。


 無言でわたしのスマホを見ていた遥の表情を見てみれば、一目でわかるほどに機嫌が良くなっているのがわかった。恐らく今日一番の機嫌の良さだ。


 遥は私の耳元に顔を近づけると……。


「本当に愛らしいお嬢様だ。大丈夫、安心していいよ。私の笑顔はお嬢様だけの物だからね」


「ひ、ひゃい……」


 まさか少女漫画のヒーローが言いそうな言い回しを耳元で囁かれることになるなんて思いもしなかった。


 こ、これが男装した遥の実力か……。


 嬉しいけど、聞いているこっちが恥ずかしくなるようなセリフにわたしの顔がまたしても熱くなっていくのを感じた。


 今のわたしの表情を遥に見せまいとわたしはメニューを手に取るとそれで顔を隠した。


「ふふ、ただ今おかわりをお持ち致しますので少々お待ち下さい」


 そう言い残して上機嫌な遥は席から去って行った。


 ああ、本当にこの男装した遥はわたしを狂わせる。このお店に来てどれだけ心を揺さぶれたか。これ以上、男装遥を摂取してしまうとうっかり本音がこぼれてしまいそうだ。遥が戻って来るまでに心を落ち着かせないと……。


 遥が紅茶のおかわりを持って戻って来た頃にはわたしの心も落ち着いていて、その後は何事もなく食事を終えたわたしは会計を済ませてお店を後にした。


 お店からの帰り道、わたしは今日起こったことを振り返る。


 今日は本当に濃い一日だった。怜先輩と偶然出会ってお茶をしたことに始まり、男装喫茶で執事服姿のカッコいい遥を堪能することが出来た。


 男装した遥を見られるなんて今後はないだろうなぁ~と思ったが、遥はわたしが気に入るとやってくれるだろうし、もしかしたら近い内にまた見ることが出来るかも知れない。けど、もしそんな日が来たらわたしは耐えられるんだろうか? 今日は人が多いお店だったけど、もしわたしの家だったら……たぶん無理かも知れない……。


 そんな一抹の不安を抱きながらわたしは家へと帰った……。

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