77話 怜先輩と喫茶店にて
七菜香先輩と話をした日から数日経った土曜日。わたしはStellaに向かうために繁華街の大通りを歩いていた。
「おーい。瑠璃華ちゃん」
「んっ?」
突然、後ろから誰かに声を掛けられたわたしはその場で立ち止まり、振り返るとその声の主は怜先輩だった。
「あっ、怜先輩。こんにちは」
「こんにちは瑠璃華ちゃん。もしかして、Stellaに行くところだったのかな?」
「はい。そうなんですよ」
「やっぱり。瑠璃華ちゃんは本当にStellaが好きだね。いや、本命は遥かな?」
これはもしかしなくてもわかってて言っているよね? わたしって本当にわかりやすいんだな。もしかしたら恵梨香や凛子にもバレてるかも知れない……。
「そ、そうですね。怜先輩の言う通りです……」
「あはは、瑠璃華ちゃんに好かれて遥も幸せ者だね。あっ、そうだそうだ。ねぇ、瑠璃華ちゃん」
「は、はい。何ですか?」
「実は瑠璃華ちゃんに話したいことがあるんだ。それで立ち話もなんだから向こうの喫茶店で少し話さない?」
怜先輩は近くにある喫茶店を指さしながらわたしにそう提案してきた。
「わたしは別に良いですけど。怜先輩は良いんですか? 何か用事があるからここにいるんじゃ?」
「大丈夫だよ。バイトの時間まで余裕があるからね。それにStellaに着いてからじゃ遅いんだ。それじゃあ、行こうか」
わたしと怜先輩は喫茶店に入ると窓側の席に向かい合って座った。
「さて、取り敢えず何か注文すると良い。私の奢りだよ」
「い、いえ。奢って貰うなんてそんな……」
「いいんだ。これは私から瑠璃華ちゃんに対するちょっとしたお礼みたいなモノだからね」
お礼? 別にわたしは怜先輩にお礼されるようなことをした覚えは無いと思うんだけど?
「お礼ですか? わたし、怜先輩にお礼をされるようなことしてましたっけ? 全く心当たりがないんですが?」
「そうだね。私自身は瑠璃華ちゃんにお礼をされるようなことはされてないよ。でも、何日か前に荷物を運んでいた七菜香を手伝ってくれただろ? そのことを七菜香から聞いてね。瑠璃華ちゃんに何かお礼をしたいなと思っていたんだ」
確かにそうだけど。怜先輩がわざわざ、わたしにお礼をするほどのことでは無い気がするんだけどな。
「確かに七菜香先輩のお手伝いはしましたけど。そのお礼を怜先輩がすることは無いですよ。わたしは七菜香先輩の持っていた荷物を半分持っただけですから」
「あはは、本当に瑠璃華ちゃんが良い子だね。遥が好きになる訳だ。私の大切な人が困っているところを瑠璃華ちゃんは手伝ってくれた。私はそれを聞いてお礼がしたいと思ったからお礼をする。ただそれだけなんだよ。ここは私に奢らせてはくれないだろうか?」
そこまで言われると怜先輩の好意を断るのは失礼だ。ここは怜先輩の好意に甘えよう。
「わかりました。ご馳走になります」
「それは良かった。遠慮なく注文してくれ。例えばこの喫茶店名物の特大パフェなんてどうだい?」
怜先輩はメニューを指さしながらわたしに見せて来る。そのメニューにはこんなのどうやって一人で食べれば良いのかわからないような大きさのパフェの写真が載っていた。
いやいや、流石にこんな大きなパフェをわたしが食べられる訳が無い。それにこの後、Stellaに行くんだから、ここでお腹一杯になる訳にはいかない。
「流石にこれはわたしには無理ですよ。それにこの後、わたしはStellaに行くんですから飲み物だけで充分です。このパフェは七菜香先輩と一緒に来た時にでも食べて下さい」
「あはは、確かにそうだね。それじゃあ、瑠璃華ちゃんの飲みたい物を注文するといい」
その後、直ぐに注文する品を決めたわたしと怜先輩は店員を呼んで注文をした。
注文を聞いた店員が席から離れていくと怜先輩は思い出したかのように楽しそうに話し始めた。
「あっ、そうそう。実はもう既に私と七菜香はここの特大パフェを食べているんだ。七菜香が口にクリームを付けながら美味しそうに食べていてね。私が七菜香に食べさせてあげた時なんて、真っ赤な顔をしていたよ。ふふっ、本当に可愛いお姫様みたいな子だよ七菜香は……」
まさか怜先輩の口から七菜香先輩との惚気話を聞くとは思わなかった。前に七菜香先輩のことをどう思っているのか聞いた時には意味有り気にはぐらかしていたのに自分からこんな話をするなんて……。
「まさか怜先輩の口から惚気話を聞くとは思いませんでした。てっきりそういうプライベートな話はしたがらない人だと思ってましたよ」
「そうだね。確かに私は自分からこんな話をするタイプじゃないよ。でも、私だってそんな話をしたい時はあるさ」
やっぱり、怜先輩って七菜香先輩のことが好きだよね? 七菜香先輩の話をする怜先輩の表情が完全に恋する乙女だったんだから。
「やっぱり、怜先輩って七菜香先輩のことが好きなんですか?」
「あはは、まさかこんなにストレートに聞かれるなんて思わなかったよ。まぁ、瑠璃華ちゃんの想像している通りとでも言っておこうかな。さて、この話はもうやめにして、そろそろ本題に入ろうか」
怜先輩は強引に話を終わらせて本題に入ってしまった。気になるけどこれ以上聞いても答えてくれそうにないので、わたしはその本題について聞くことにした。
「そうでした。それで話ってなんですか?」
「実は今日、遥はStellaには居ないんだ。だから瑠璃華ちゃんとここで会えてよかったよ。もし会えて無かったらStellaでそのこと知ることになっていたんだから、瑠璃華ちゃんは運が良いよ」
「えっ?」
遥が居ない? どうして? 今日は確かに遥がシフトの日だって遥本人から聞いてるから間違いないはず。もしかして体調が悪いから休んでいるのかな?
「今日は遥のシフトが入っていたと思うんですけど? もしかして体調が悪くて休んでるんですか?」
「違う違う。体調は悪くないよ。ただ急に葵さんにヘルプに行って欲しい店があるって半ば強引に連行されたみたいなんだよね。それで私が遥とシフトを交換したんだ」
そんなことが……。でも、メイド喫茶で働いている遥が他のお店のヘルプが出来るのかな? 葵さんの会社が運営しているのはコンセプト喫茶な訳だから、何かしらの特徴がある。例えば奏ちゃんが働いている妹喫茶とか……。
ま、まさか!? 遥が連れていかれたのは妹喫茶じゃないよね? 確か七菜香先輩の話では今妹喫茶は妹アニメとコラボしてるって言っていたし、ファンが大勢来て忙しいから遥に頼んだって可能性が……。
もしそうだったら、お帰りなさいお姉ちゃんとか遥に言われたりするのかな? それはそれで最高かも知れない……へへっ……。
「お~い、瑠璃華ちゃん。大丈夫かい? 顔がとても蕩けているよ」
怜先輩に声を掛けられてわたしは妄想の世界から現実へと引き戻された。
「えっ!? い、いや……何でもないです」
「本当かい? 何か想像していたように見えたけど。あっ、もしかして連れていかれた先の店で働いている遥でも想像しちゃったのかな? 葵さんに連れていかれたのだからコンセプト喫茶なのは確定だからね。それでどんな店を想像したんだい?」
怜先輩は悪戯っぽくわたしにそう聞いて来る。
そんなにわたしの顔はあからさまに蕩けていたのか……。すっごく恥ずかしいし、わたしの妄想については口が裂けても言えない、言える訳がない。
「えっと……それ以上は聞かないで下さい……は、恥ずかしいので……」
「あはは、ごめんごめん。瑠璃華ちゃんがどんな店を想像したのかは知らないが、恐らく瑠璃華ちゃんなら大喜びする店だと私は思うよ」
怜先輩がそこまで言うお店って一体どんなお店だろう? 気になって仕方がない。たぶん聞いたら直ぐにでもそのお店に向かうことは確実だ。
「そ、それで遥が連れていかれたのはどんなお店なんですか?」
「その店はね……FULL MOONて店なんだけど瑠璃華ちゃんは知ってるかな?」
FULL MOON? 何だろう……そのお店の名前を何処かで聞いたというか見たことがある気がするんだけど。何処でだっけ? う~ん……思い出せそうで思い出せない……。
「ごめんなさい。聞いたことがあるような気はするんですけど、ど忘れしちゃったみたいで……」
「それも仕方ないさ。それでFULL MOONって店はね……男装喫茶なんだ……」
ダンソウキッサ? だんそうきっさ……男装喫茶!?
「だ、男装喫茶ってあの女性が男性の格好をして接客する喫茶店ってことですよね!?」
「あはは、面白い質問だね。それ以外に何があるって言うんだい? ちなみに今は9月限定の執事服デー開催中だよ。だから葵さんがヘルプを欲するくらいには忙しいみたいなんだよねぇ~」
男装喫茶な上に、し、執事服デーだって!? そ、そうだった……PRイベントでそんな話を遥としたんだった。
まさか執事服姿の遥を見れる機会が来るなんて……絶対に行かないと! で、でも、執事服姿の遥なんて見ちゃったらわたしの精神が持つの?
いや、それでもわたしは遥の執事服姿を見届けないといけない義務がある。だって執事服姿の遥なんてカッコいいに決まっているんだから!
「怜先輩。わたしその男装喫茶に行くことにしました」
「そう言うと思ったよ。場所はまぁ、スマホで調べれば直ぐにわかるよね? 流石に瑠璃華ちゃんなら間違えないとは思うけど。執事喫茶と間違えないようにね。あそこは従業員全員男だから」
「もちろんです。わたしはそんな間違いはしません!」
「そ、そうかい? それなら安心だ。おっと、そろそろ行かないといけない時間だ。支払いは私がしておくから」
怜先輩はそう言った後。紅茶を飲み干すと席から立ち上がった。
「怜先輩、今日はありがとうございました。バイト頑張って下さい」
「瑠璃華ちゃんも男装喫茶を楽しんで来るといい。それじゃあまたね瑠璃華ちゃん」
怜先輩はそう言い残してレジへと向かい。会計を終えると喫茶店から出て行った。その際、怜先輩は窓の向こうからわたしに向って軽く手を振った。
わたしもそれに釣られて怜先輩に手を振り返して見送った。
その後、注文したジュースを飲み終えたわたしは喫茶店を後にして、スマホのマップアプリを頼りに男装喫茶【FULL MOON】へと期待に胸を躍らせながら向かった。




